新作バッグに出店攻勢~ファン急増のブランド店
500人とオンラインでつながったマザーハウスのファン感謝イベント。社長の山口絵理子(39)が出てきた途端、ネットの書き込みが熱くなった。
マザーハウスは「途上国から世界に通用するブランドを作る」とうたう製造販売の会社。バッグを中心に、ストールやジュエリーなどを手掛けている。
山口はまず新作のバッグをアピール。続いてバッグを作っているバングラデシュの工場と中継。バングラデシュの職人が特殊なミシンを駆使し、鮮やかな技を披露していく。画面がパリに切り替わった。ハイブランドが並ぶブランド・ストリート。その先にあったのが、去年出店した「マザーハウス フランス」だ。
マザーハウスはコロナの中にあって出店攻勢をかけている。今年8月には銀座の一等地にもオープン。明るい店内にはバングラデシュで作られている50種類ものバッグが並ぶ。
財布の「イロドリ ラウンド ロング ウォレット」(1万9800円)は季節で変わってゆく日本の四季の美しさをグラデーションで表現。「キリン ペンケース」(6050円)、「カバさん マルチケース」(6600円)、「パンダ ポーチ」(7700円)といったかわいい動物の小物入れも。ネックレスや指輪などジュエリーのラインナップも豊富。色とりどりの石はスリランカ産だ。洋服はインドで製造している。
マザーハウスの商品は全て途上国で作り、デザインは全て山口1人で行っている。
女性の3人組が来店。1人がマザーハウスのファンで友達2人を連れてきたと言う。お目当ては山口がオンライン・イベントで紹介していた新作バッグ「レイ2ウェイバックパック」(4万7300円)。カラーは3色あり、連れてこられた友達は2人とも買っていった。商品を手にし、ものの良さにほれ込み買っていくのだ。
コロナの中で、山口はリュックの新作を出した。超薄型で600グラムという軽さが自慢の「ミニマトウ バックパックL」(3万800円)。
「その名の通り、身にまとっているような感覚の衣服のようなバッグを作りたいと思い、かなり薄型のリュックを作ってみました。私自身が使っていて、電車で下ろすことを忘れるぐらい薄いです」(山口)
この商品のためにイメージキャラクターも発掘した。パリオリンピックで競技候補にもなっているパルクール、そのトップアスリートの泉ひかり選手だ。イメージビデオでは「ミニマトウ」を背負った泉選手が街をジャンプしながら駆け抜けていく。
今年だけで8店舗を増やしたマザーハウス。東京・立川市の人気スポット、「グリーンスプリングス」の中にはマザーハウス最大の店舗をオープンした。
途上国から世界ブランドを~女性リーダーの挑戦
山口は2017年にもカンブリア宮殿に出演。最貧国バングラデシュでの起業について、「着いた瞬間、『まいったな』という感じでした。検品している時にパスポートを盗まれたり、いろいろなトラブルがあって諦めようと思ったのですが、最後に『持っているカードを全部出し切ったかな』という瞬間があって、最後のカードは『自分で工場を持ってみよう』と。それでダメだったら諦めようと思いました」と語っていた。
バングラデシュの国土は日本の半分以下。人口1億6000万人のうち75%は1日2ドル未満で暮らす。
安い労働力を世界が求め、アパレルの縫製工場が密集。しかし賃金は安く環境も劣悪。蒸し風呂のような工場も少なくなかった。そんな現状を山口は変えてきた。
「バングラデシュ製といえば『安い』『早い』。それだけでは絶対に競争に負けてしまう。その国なりのゴールや輝き方があるのだから、それを一緒に見つけるのは使命だと思っています」(山口)
首都ダッカから車でおよそ2時間で自社工場に到着する。バングラデシュの工場のほとんどは製造委託。マザーハウスのような自社工場は異例だ。ここで山口は200人の雇用を作った。
その現場は職人との二人三脚。試作品作りでは、社長なのに助手のような仕事もこなす。 「自分のポジションとか、何も関係ないです。ゴールが達成できれば何だっていい」(山口)
マザーハウスで働くと従業員の生活は変わるという。その一人、ジャハンギの家を見せてもらった。アパートで家族4人暮らし。以前はハウスキーパーの仕事をしていたが、待遇の良さからマザーハウスに移った。家には立派な冷蔵庫も。ハウスキーパー時代の月収は5000円。それがマザーハウスに移って3倍になったという。
「ビジネスを成り立たせつつ、みんながハッピーである。それができたら社会が変わるのではないかと思います」(山口))
途上国でのものづくりはバングラデシュにとどまらない。次に進出したネパールは養蚕業が盛んなシルクの産地。昔ながらの機織りから生まれる生地に山口はほれ込んだ。
ネパール伝統の草木染めに。自然な染料を使ったその仕上がりは優しい色味と肌触り。これがバッグに続く人気商品、シルク100%の「シルクストール」(1万5400円~)となった。
さらに、インド南部の島国スリランカにも進出。紅茶で有名だが、サファイアやトパーズなどカラーストーンの原石の一大産地でもある。以前は原石を輸出するだけだったが、山口は雇用を作ろうと、現地で商品化する形をとった。
このデザインも山口が担当。普通、違う石を1つにすることはないが、おきて破りの2個合わせにした「Day&Night Shizuku」(3万6300円~)。自由な発想で、これまでなかったジュエリーを生み出している。
14年前にバングラデシュで始めた途上国でのものづくりは広がり続け、現在、生産拠点はアジア6ヵ国となった。一方で販売店も年々増加、国内外46店舗まで拡大している。
山口は11月に出産予定。ガムシャラに仕事に打ち込んできた彼女も節目を迎えていた。
「今まで仕事を取ったら家庭はできないと思っていましたが、今は2つのいいバランスが自分の中で作れたら、と。新しい夢です」(山口)
手洗い、マスク、検温…バングラデシュでコロナ対策
「今まではひと月に1回以上行っていたのに、もう半年以上行っていません」(山口)
バングラデシュは現在、コロナで大変なことになっている。10月の時点で感染者は40万人、死者は6000人に。アジアではインドに次ぐ数となっている。
マスクの人がほとんどいない行列。始まったのは貧困層向けの炊き出しだ。配給が始まると怒号が飛び交った。これが最貧国の現状だ。
バングラデシュでは3月末からロックダウンが実施され、経済活動はストップ。4000以上のアパレル工場が一時閉鎖となり、400万人が働けなくなったと言われている。
そんな中、山口は6月に工場を再開させ、現地と毎日、連絡を取っている。工場の様子をたずねる山口に、「今は安全のためにシフト制にしてみんなで交代しながら仕事をしています」という答えが返ってきた。
現地に日本人スタッフはいないが、260人のバングラデシュ人が働いている。従業員を山口は1人も解雇していない。現在の稼働率は7割だが、閉鎖中から以前と同じ額の給料を払い続けている。
「初めて途上国に行った時に、仕事に就けない人や失業者があまりにも溢れているので、雇用をつくる、雇用を守り続けることはどんな社会貢献よりも大きいと感じました。業績が悪くなったから解雇するというのは絶対やりたくないと決めていました」(山口)
工場を再開するにあたって、山口はコロナ対策を徹底させた。朝8時、出勤してきた従業員たちがソーシャルディスタンスを保ちながら列を作った。その先でやっていたのは手洗い。建物の入り口の手前にわざわざ水道を引いて手洗い所を設けたのだ。ハンドソープも完備した。
工場の入り口には職員が立ち一人一人検温。コロナを警戒し、真剣に取り組んでいるのが伝わってくる。工場内ではみんながマスクを着用している。
問題はお昼の時間。バングラデシュではカレーは手で食べるもの。習慣だけに変えるのは難しい。だが山口はバングラデシュの従業員たちにカレーはスプーンで食べるようにと指示した。
「LINEとか映像で公衆衛生とは何かと一生懸命伝えました」(山口)
現在ではみんな、スプーンを使ってカレーを食べている。
現地の従業員は「1日働いていると、手にウイルスがたくさん付いてしまうことを知りました。スプーンで食事をした方が安全でいいですよね」「マザーハウスのおかげで僕たちは元気に働けているんです」などと語っている。
こうした努力で、コロナが拡大する現地で感染者を二人だけに押さえ込んでいる。
「環境や時代のせいで何かができないと言ってしまうと、いつでもギブアップできる。ネバーギブアップの精神をすごく大事にしている会社だと思っています」(山口)
バッグが輪廻転生?~コロナで生まれた新商品
3年前にマザーハウスを取材した際、横浜元町店で熱烈なファンだというカップルに出会った。持っているバッグを見せてもらうと合計24個。全てマザーハウスだ。
あれから3年、再びあのカップルを訪ねると、バッグは39個に増えていた。新作が出ると、ついつい買ってしまうのだと言う。今のお気に入りとして2人が紹介してくれたのは、コロナ禍の7月に登場した「リンネ」という名前の新商品。なかなか物が売れなくなった時期の発売にもかかわらず、大ヒットしている。
マザーハウス本社の一角に積み上げられた段ボールに入っていたのが「リンネ」の材料だ。客から回収したマザーハウスの古くなったバッグ。出してくれた人には1500円分のポイントを送った。
「コロナの時代になって、資源を大事に活用していく流れの中でファッションブランドとして何をすべきか、毎日悩んでいて、回収サービスはどうかなと思って始めました」(山口)
埼玉・草加市にある、ブランドバッグの修理などを手掛けてきた「鬼燈屋」と言う会社に依頼した。
「社員を休ませなければならない深刻な事態になりました」と言うのは同社の佐藤輝男取締役だ。取引先だった百貨店などがコロナで休業し、仕事がなくなってしまった。そんな時にマザーハウスから依頼があり、渡りに船と引き受けた。
しかし、やってみると大変な仕事だったと言う。まず古いバッグを解体し、使える革を取っていく。革はバッグのパーツの形に。ここからが職人の腕の見せどころ。関和弘美さんはこの道24年だが、リンネ作りはいつもの修理よりはるかに難しいと言う。
「やはり一個一個の革の質が違う。質によって具合が変わったりします」(関和さん)
厚さやへたり具合が違う革を縫い合わせ、きれいなフォルムを生み出すのは至難の技。腕のいい熟練工だからこそ作ることができたのだ。
バッグが生まれ変わる。「輪廻転生」だから「リンネ」と名付けられた。
「チャンスをいただいて形にできたのはありがたい。マザーハウスさんに感謝しています」(佐藤取締役)
実は客から回収する際、多くの古いバッグには手紙が添えられていた。「愛着もあり、ただ捨てるのは嫌だった」「再利用されるのなら、と思い切って手放すことができました」とあった。客の思い、そのストーリーも商品の一部なのだ。
10月のバングラデシュ。マザーハウスの工場では日本から送られてきた古いバッグを解体していた。バングラデシュでリンネの生産が始まった。日本の修理工場には仕事が戻ったので、これからはバングラデシュで一貫生産することにしたのだ。
「正直言うと、日本とバングラデシュの品質の差は心配でした。けれども、出来上がった時に2つの画像が送られてきて、『どっちがバングラデシュ製だと思う?』と聞かれて、『こっち』と思ったのが日本製で、間違えました。それぐらい品質に関して日本と遜色のないものをバングラデシュのみんなが仕上げてくれました」(山口)
創業から14年、バングラデシュの職人たちは腕を磨き続けその技術を発揮。リンネを立派に作り上げた。
マザーハウスは、家族が力を合わせるようにこれからも歩んでいく。
~村上龍の編集後記~
よく笑う人だ。だが、わたしは彼女が「笑わないとき」「笑えないとき」のことを考える。不登校、柔道部のころ、そしてバングラデシュを初めて訪れたとき、工場に行ってみたら誰もいなかったとき、デザインを考えるとき、銀座に出店すると決めたとき、そしてコロナ、番組では何とかなっている感が出ているが、ダッカのロックダウンは参ったはずだ。
それでも山口絵理子さんは、解決の糸口を何とかして見つけだし、いつの間にか、笑っている。これまでもそうやって自然な笑顔を得てきた。確証のある、強い笑顔なのだ。
<出演者略歴>
山口絵理子(やまぐち・えりこ)1981年、埼玉県生まれ。2004年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。バングラデシュの大学院で2年間学んだ後、2006年、マザーハウス設立。
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