(本記事は、川越 雄一氏の著書『スグできる!人材定着25の実践 -もう誰も潰さない!辞めさせない!ー』=労働調査会、2020年10月1日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
「新卒の3割が3年以内に離職する」といわれていますが、中途採用の場合はそれ以上です。もちろん、3年目にいきなり辞めるわけではなく3年間を積み重ねた数字ですから、3年目離職対策としては1、2年目が重要になります。特に中途採用の場合はそれぞれの抱える事情もあり、個別・迅速な対応が必要です。
退職を切り出される前に手を打つ
入社1、2年で退職する理由としては、目標と責任の重さ、家庭での立場、そして他社の引き抜きなどが考えられます。ポイントは退職を切り出される前に手を打つことです。駆け引きではなく、本気で退職を申し出た人に引き留め策を打ったところで、退職を思い留まる可能性は低いからです。
目標や責任を負わせるのはほどほどにしておく
入社1、2年になりますと目標や責任も徐々に大きくなります。しかし、個人として目標や責任を負わせるのは、ほどほどにしておきます。もちろん、小さな会社で中途採用だと、入社直後から既存の従業員並みに目標や責任を負わされるかもしれません。しかし、これも度を過ぎると会社への帰属意識が薄れて個人プレーに走りやすくなります。また、人によってはそれを重圧と感じて心身を病んだり、辞められてしまうこともあります。ですから、3年目くらいまでは、主に先輩社員の後方支援をさせます。急ぐときこそ「急がば回れ」です。
家庭での立場を優位にさせる
従業員に自社を優先してほしいなら、家庭内で優位に立てる賃金を払う必要があります。中途採用の場合は、既婚者も多いのでなおさらです。一般的に家庭内での力関係は経済力に比例します。平たく言えば、夫婦で収入の高い人が家庭内の主導権を握るのです。普通の家庭は賃金で生活しているわけですから仕方ありません。家庭内のバランスは、良くも悪くも夫婦間の収入差により保たれます。夫婦間の収入が拮抗(きっこう)していると不安定になりがちです。1年、2年と勤務してきたとしても、今後も働き続けるかどうかは、家庭内で優位に立つ人の意向が強いのです。
他社からの引き抜き
引き抜きを防ぐには、引き抜かれる会社より少しでも自社に魅力があることが必要です。賃金だけでなく社内の雰囲気の良さも影響します。本当に優秀な人は、どこに行っても優秀ですから他社からの引き抜きもあります。これが同業者だと、どういうことになるかは言わずとも知れたことです。勤続3年を目前にして引き抜かれたら、自社で働き続けてくれたら稼いでくれたであろう利益と、引き抜いた同業者が自社に代わって獲得する利益、それに、ここまで育成のための投資費用など、その損失は計り知れません。
先輩社員は良くも悪くもお手本
3年目離職対策に特効薬があるわけではありませんが、身近にいる先輩社員は良くも悪くもお手本です。中途採用の場合、年齢はまちまちですが1年、2年後の自分の姿を映し出す存在ですから、ここで辞めるか働き続けるかを判断する場合に重要です。
自分の将来や会社・業界の先行き
ちょうど入社1、2年というのはある程度会社に慣れてくる頃で、気持ちにも余裕が出てくるぶん、自分の将来や会社・業界の先行きが気になりだします。もちろん、そのようなことは、会社の公式アナウンスも重要ですが、身近にいる先輩社員の背中はもっと重要です。最近の若い人はある意味堅実です。それは、イケイケどんどんの昭和も、バブルの平成も知らないぶん、「今」を確実にしておきたいという意識が強いからかもしれません。そして、その先にある自分の将来や会社・業界の先行きを先輩社員に見出そうとしているのです。
先輩社員に明日の自分を見る
先輩社員というのは、新入社員にとって1、2年後の自分です。たとえ会社から立派な青写真を見せられても、日常的に接する先輩社員を見れば明日の自分が見えます。例えば営業車で移動中に聞かされる先輩社員の愚痴です。「うちって残業代ないよ」「最近、ボーナスは年々減っている」などと。聞かされる側も「そんなに嫌な会社ならさっさと辞めれば良いのに」と思うも、取りあえずは相づちを打って無難にその場を乗り切ります。しかし、いつもこのような愚痴を聞かされては、働き続けようという意欲もなくなります。
頻繁に離職する先輩社員
先輩社員が頻繁に離職していたらどうでしょう。「このまま会社にいても大丈夫だろうか?」ということになるのではないでしょうか。1、2年前に入社し、まだまだ新人のつもりでいたら、いつの間にか先輩社員のほとんどがいなくなり「課長抜擢!」という笑い話に近いこともあります。そのような会社では従業員のほとんどが管理職という、いわゆるブラック企業だったりします。こうなりますと、定着がどうのこうのというより、従業員同士がいつどのタイミングで辞めようかという腹の探り合いになります。
30代半ば中途採用者の抱える家庭事情
新入社員とはいえ、中途採用30代半ばくらいになりますと、本人の事情もさることながら家族、とりわけ子の小学校入学も転職のきっかけになりやすくなります。小学校の校区の関係で「この際に」と、転居のために離職を決断するケースが多いからです。
心が揺れる子の小学校入学
30代半ば過ぎといえば、年齢的に会社では貴重な存在です。家庭においても、子が小学校入学を迎える時期です。また、そろそろマイホームのことも気になりだします。小学校には校区がありますので、家をどこに建てるかは大きなポイントになります。家を建てなくてもどこに住むかは重要です。中学校卒業まで考えると9年間は転校を避けたいからです。同じ市町村内であれば通勤は可能ですが、遠隔地だと無理です。先輩社員から見える自分の将来や会社・業界の先行きを考え、このまま働き続けるのか心が揺れます。
家庭内の力関係で決まる
前述しましたように、家庭内での力関係は経済力に比例します。経済力というのは賃金だけではありません。例えば、配偶者の実家が資産家で、「そろそろ家でも建てないか。近くに土地はあるし頭金くらいは出すよ」という話が来たらどうでしょう。仮に共働きの配偶者と賃金額はあまり変わらないとすれば、転職に関して家庭内の決定権をどちらが握るかは言わずとも分かります。配偶者からは、「どうせなら今のうちに」と決断を迫られるのは自然な流れです。その圧倒的に違う力関係を逆転させるのは至難の業です。
働きやすさ、子育てしやすさを前面に出す
配偶者の実家から土地と資金援助では、よほど会社に魅力がないと話になりません。どう考えても会社に分が悪いのです。そこで、考えられるのが働きやすさ、子育てしやすさを前面に出すことです。具体的には、厚生労働省の「くるみん認定」を受けるのも一つの手です。くるみん認定というのは、子育て支援に積極的に取り組む企業に対し厚生労働大臣が認定する制度です。認定基準は、働きやすさ、子育てしやすさを後押しする内容ですから、子を持つ人には安心感があります。
川越社会保険労務士事務所所長。
小さい頃より一人で静かに遊ぶのが好きで、大きくなったら警察の鑑識係のような仕事に就きたかった。しかし、20歳前につまずき、今でいうところのニート状態に。その間、もっぱらパチンコ生活。どうやらこのとき一生分やったようで、今はまったく関心がない。その後立ち直り、役所の臨時勤務などを経て、宮崎の中小企業(建設資材 卸売業・総務職)に約11年間勤務。そのとき中小企業における雇用の実態を肌で感じ、その経験が今の労務指導に活かされている。
平成3年に社会保険労務士を開業し、現在宮崎県内を中心に130社を超える企業の労務指導に携わる。「人を大切にする経営学会会員」。
平成16年1月から月に2本のペースで始めた経営者向けメールマガジン「割烹着社労士・川越雄一・労務のかくし味」は現在までに380号を超え、その切り口が中小企業にぴったりと全国の経営者に愛読されている。
◇著書・執筆:
『小さくてもパートさんがグッとくる会社』労働調査会(2015/10/30)ISBN978-4-86319-508-0
『ベテラン社員さんがグッとくる“終わった人”にさせない会社』 労働調査会(2016/11/8) ISBN 978-4-86319-581-3
『欲しい人材がグッとくる 求人・面接・採用のかくし味』 労働調査会(2018/11/27) ISBN 978-4863196711
『65歳超入門~隠居するにはまだ早い!』産業能率大学出版部 (2019/6/29) ISBN 978-4382057722
◇雑誌:企業実務、エルダー、月刊人事マネジメントなど
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