(本記事は、川越 雄一氏の著書『スグできる!人材定着25の実践 -もう誰も潰さない!辞めさせない!ー』=労働調査会、2020年10月1日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
元・東北楽天ゴールデンイーグルス監督の故・野村克也さんは「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」と言っていましたが、定着の悪さにも不思議はありません。つまり、定着の悪い会社は定着が悪くなるようなことをやっているのです。
場当たり的な採用手続き
人材を採用する場合、雇用契約書の締結など多くの手続きが必要ですが、これらの手続きが場当たり的だと、真面目な人ほど不安がります。また、社会保険などの手続きは採用後も関わってきますので既存の従業員にとっても同様です。
雇用契約書の締結手順が甘い
雇用契約書は雇用関係の入口である採用時に結ぶべきものですが、この締結手順が甘い会社も少なくありません。手順が甘いというのは、雇用契約書作成までの打ち合わせが不十分だったり、採用後しばらくして、内容説明もしないまま締結させるような場合です。例えば、いきなり「これにサインして」ということになりますが、このような対応は真面目な人からは不安・不信感を持たれやすいものです。逆に、そうでもない人からは「脇の甘い会社」という印象を持たれ、トラブルのネタにされやすくなります。
提出書類の依頼が場当たり的
採用時には年金手帳、扶養控除申告書、マイナンバーなど多くの書類が必要です。これらの書類を採用後に「あれ出して、これ出して」などと、場当たり的な依頼をしている会社もあります。新入社員はその都度書類を準備しますが、口頭だとモレもあるし提出もずるずるとなります。結果として、社会保険などの手続きも遅れることになります。また、「何で一度に言ってくれないのか」と、不信感を持たれやすくなります。逆に、書類を提出したくない人にとっては書類の提出がうやむやにできて好都合です。
社会保険などの手続きが遅い
確かに、採用後早々に辞めてしまう人が多いと、社会保険などの手続きはしばらく様子を見ようか、ということにもなります。例えば、たまに試用期間中は社会保険に加入させていない会社もあるようですが、これでは新入社員も会社の様子を見るようになります。ですから、このような関係では、いつまでも信頼関係は築けません。また、社会保険などの手続きは、在職中、何らかの場面で関わってきますので、新入社員だけでなく既存の従業員にとっても重要です。子など扶養家族のある従業員であればなおさらです。
受け入れ体制の問題
早々に辞めてしまう新入社員にも問題はありますが、会社の受け入れ体制にも問題があります。特に、最初から期待をかけ過ぎるなど、会社が良かれと思ってやっていることが大きな問題であったりします。
最初から「できるだろう」が前提になっている
前任者の離職による補充採用の場合は、どうしても経験者優遇の採用になりがちです。そして、今日からでも前任者同様に仕事をしてもらえそうな錯覚を起こしてしまいます。というよりも、そうあってほしいという願望かもしれません。そして、前任者と引継ぎができていることを前提に、これくらいは「できるだろう」と、入社直後から矢のような電話やメールで業務依頼をして、過大なプレッシャーを掛けてしまいます。耐性の弱い人は、これに震えあがってしまいます。
小さな組織に船頭が多い
「船頭多くして船山に上る」という諺があります。指図する人が多くて物事がまとまらず、とんでもない方向に進んでゆくことのたとえです。会社でも会長と社長、社長と専務など、指揮命令系統が複数あると「いったい誰の言うことを聞けば良いのか」と新入社員は混乱するばかりです。同族会社では、親子、夫婦、兄弟がそれぞれ社長、専務だったりし、家庭内の争いまで会社内に持ち込まれやすいものです。そうなりますと、新入社員ばかりでなく、会社全体が混乱してしまいます。
アドバイスの押し売り
入社したばかりのころは不安なものです。そのようなときに、「これは、こうしたらいいよ」などと声をかけていただくのはありがたいことです。しかし、新入社員の担当する仕事を十分理解しておらず、ただ単に激励の意味を込めて自分の感覚で好き勝手にアドバイスするのは考えものです。いわばアドバイスの押し売りともいえます。もちろん、アドバイスしたことに最後まで面倒を見てくれるなら良いのですが、多くの場合はその場限りだから困るのです。親切なアドバイスも度を過ぎればお節介となります。
やるべきときに、やるべきことがやられていない
ありそうでないのが会社への信頼です。それなのに、信頼されているつもりで対応したり、3年勤続後はどうなるかという青写真が示せていないので、せっかく採用しても早々に見切られます。
採用がゴールとなっている
今は、求人を出してもなかなか応募もなく、採用活動にはひと苦労もふた苦労もします。前任者の離職による補充採用の場合は、採用まで待ったなしです。そのような厳しい状況のなかで、何とか採用までこぎつけると、採用担当者の達成感なり解放感は半端ないと思います。もちろん、採用活動は終了したわけですが、本来はここからが重要になります。採用で従業員の頭数は揃えられたとしても、実際に仕事をしてもらうには育成が必要になります。つまり、月並みな言葉ですが採用はゴールではなくスタートなのです。
信頼関係ができているつもりで業界事情を押しつける
会社に対しての信頼はあると思いたいのですがどうなのでしょうか。中小企業は外から見えにくく、分かりにくいので会社自身が考えているほど信頼はありません。仮に、業界では有名であったとしても、新入社員の多くは業界通ではないのです。にもかかわらず、信頼してくれているつもりで業界事情を押しつけ、会社の至らないことを正当化しようとするものだから、さらに人心は離れていきます。つまり、信頼関係を築くべきときに、信頼関係を損ねることをしているのです。
将来の青写真が示せていない
新入社員もしばらく勤めていると会社にも慣れ、先行きが気になりだします。「隣の芝生は青く見える」といいますが、友だちの勤める会社が良く見えたりして、「ここにいても大丈夫だろうか」などと不安になるのです。そのようなときに、ただ「頑張れ、頑張れ」と根拠のない掛け声だけではさらに不安になります。「石の上にも三年」とはいいますが、3年間辛抱強く我慢したものの、結局何もなかったでは浮かばれません。堅実な人ほど、ある程度は将来の青写真が見えないと、勤め続ける意欲も褪(あ)せてしまいます。
川越社会保険労務士事務所所長。
小さい頃より一人で静かに遊ぶのが好きで、大きくなったら警察の鑑識係のような仕事に就きたかった。しかし、20歳前につまずき、今でいうところのニート状態に。その間、もっぱらパチンコ生活。どうやらこのとき一生分やったようで、今はまったく関心がない。その後立ち直り、役所の臨時勤務などを経て、宮崎の中小企業(建設資材 卸売業・総務職)に約11年間勤務。そのとき中小企業における雇用の実態を肌で感じ、その経験が今の労務指導に活かされている。
平成3年に社会保険労務士を開業し、現在宮崎県内を中心に130社を超える企業の労務指導に携わる。「人を大切にする経営学会会員」。
平成16年1月から月に2本のペースで始めた経営者向けメールマガジン「割烹着社労士・川越雄一・労務のかくし味」は現在までに380号を超え、その切り口が中小企業にぴったりと全国の経営者に愛読されている。
◇著書・執筆:
『小さくてもパートさんがグッとくる会社』労働調査会(2015/10/30)ISBN978-4-86319-508-0
『ベテラン社員さんがグッとくる“終わった人”にさせない会社』 労働調査会(2016/11/8) ISBN 978-4-86319-581-3
『欲しい人材がグッとくる 求人・面接・採用のかくし味』 労働調査会(2018/11/27) ISBN 978-4863196711
『65歳超入門~隠居するにはまだ早い!』産業能率大学出版部 (2019/6/29) ISBN 978-4382057722
◇雑誌:企業実務、エルダー、月刊人事マネジメントなど
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