1 はじめに
日本在住の日本人が遺言を書く際、日本で遺言を書いているのだから大丈夫だろうと考えてしまいがちです。ただ、海外資産を保有しているのであれば、当該海外資産の所在国で有効な遺言も作成しておく方が望ましいといえます。
海外資産を保有する場合の遺言作成について、以下で簡単に説明いたします。
2 日本の遺言制度
日本には主に3つの遺言の方式があります(特別の方式を除く)。
①自筆証書遺言
②公正証書遺言
③秘密証書遺言
①自筆証書遺言とは、全文を遺言者が自書する必要があります。遺言者自身が遺言内容、日付、氏名を自書し、押印することで作成できます。紙と筆記用具があれば、遺言者がいつでも作成することができるという気軽さがあり、費用もかかりませんが、遺言書の全文を自書する必要がある点(ただし、財産目録については後述のように民法改正あり※)では面倒ですし、また、相続発生時に、家庭裁判所での検認の手続きを経る必要があるところが煩雑でデメリットとされています。
※2019年1月13日より、自筆証書遺言の方式が緩和されました。具体的には、財産目録部分については、自書によらず、パソコンで作成することも可能となりました。また、不動産登記事項証明書の写しを不動産目録としたり、通帳の写しを預貯金目録とすること等も可能となり、自筆証書遺言の活用の促進を図るべく民法が改正されました。
※また、2020年7月10日より、遺言書保管制度がスタートすることになります。具体的には、遺言書保管所として指定された法務局のうち、遺言者の住所地を管轄する法務局において、遺言者は自筆証書遺言の保管申請を行うことができることになりました。これにより、自筆証書遺言の保管場所が確保され、検認手続きも不要となることから、今後、自筆証書遺言の利用促進が大きく期待されることとなります。
②公正証書遺言とは、2人以上の証人の立会の下で、遺言者の口授に基づき公証人が遺言書を作成するもので、遺言の存在と内容が明確であり、検認の手続きが必要ないというメリットがありますが、遺言書の内容や存在を秘密にできないということと、作成手続きが複雑であり費用がかかるというデメリットがあります。
③秘密証書遺言とは、遺言書(自筆でなくてもよい)を自身で作成・封印の上、証人2人以上の立会の下で公証人に遺言書であることを公証してもらうもので、遺言書の内容を秘密にすることができます。なお、公正証書遺言ほど作成費用はかかりませんが、検認手続きは必要となります。
3 日本在住の米国人の遺言書
では、日本在住の米国人が日本の民法上の遺言書を作成した場合、その効力はどうなるか、以下で簡単に説明します。
日本は「遺言の方式に関する法律の抵触に関する条約」を批准し、その後、「遺言の方式の準拠法に関する法律」が制定されました。よって、遺言の方式については、この法律を検討することになります。
遺言の方式の準拠法2条1項に次のように定めています。
遺言は、その方式が次に掲げる法のいずれかに適合するときは、方式に関し有効とする
1 行為地法
2 遺言者が遺言の成立又は死亡の当時国籍を有した国の法
3 遺言者が遺言の成立又は死亡の当時住所を有した地の法
4 遺言者が遺言の成立又は死亡の当時常居所を有した地の法
5 不動産に関する遺言について、その不動産の所在地法
この規定によると、日本在住の米国人が日本の民法上の遺言書を作成した場合、日本の法律の方式に従った方式で遺言書を作成しているのであれば、その遺言書は日本では有効となります。
もっとも、その遺言書に海外資産について記載していたとしても、その遺言に基づいた遺言執行が可能かどうかについては、その財産が所在する国の法律によることになります。
4 プロベート手続き
米国や多くの英米法の国々では、亡くなった人の財産は、いったん遺産財団に帰属します。日本のように、亡くなった人の死亡と同時に、亡くなった人の財産が相続人や受遺者に帰属するわけではありません。
遺言がない場合には、プロベート裁判所が選任した遺産管理人(administrator)が、裁判所の監督の下、相続財産を把握し、その中から債務や管理費用、米国遺産税等の費用を差し引き、その残りについて各相続人に分配することになります。
他方、遺言がある場合には、その遺言で指定された遺言執行人(executor)が、裁判所の監督の下、相続財産を把握し、その中から債務や管理費用、米国遺産税等の費用を差し引き、その残りについて各相続人に分配することになります。
このように遺言があってもプロベート手続きは必要になります。
5 海外資産について、日本での遺言とは別に海外で遺言を作成する際の注意点
①遺言内容は同じにすること
遺言内容は同じにしておかないと、一方の遺言を撤回したことになったりしますし、後々、紛争に発展しかねません。
②遺留分
日本と外国では遺留分に関する考え方が違う可能性もあることから、外国籍の相続人がいる場合には、その国の遺留分の取扱いについて確認が必要です。
③遺言書によって相続させる人を決められない財産がある
遺言書に共同口座(Joint account)を記載して、生存者受取権(survivorship)を持つ人以外に相続させることはできません。
ここで、共同口座とは、2人以上の氏名で開設した銀行口座のことです。プロベート制度のある国々では、面倒なプロベート手続きを回避するため、このような共同口座を開設し、共同口座の名義人の一人が死亡した場合には、他の名義人のうち生存者受取権を持つ人に財産を帰属させることとすることがあります。ただ、上記のように、遺言書に共同口座を記載し、生存者受取権を保有しない人に相続させることはできません。
6 参考判決(東京地判平成26年7月8日)
《事例》
被相続人Xは、生前、ハワイで妻Yと共同口座を開設していました。Xは日本において公正証書遺言を作成しており、「金融資産等については遺言執行者が必要に応じて換価換金の上、10分の4を妻に、10分の6を子Aに相続させる」と遺言していました。
当初の相続税申告の際にはハワイの預金は申告されていませんでしたが、妻Yは、遺言執行財産目録に記載されていなかった上記のハワイの預金についても被相続人Xの相続財産に含める旨の修正申告をしました。
《子Aの主張》
本件ハワイの預金に関して、子Aは、「遺言作成前のハワイの預金口座設定契約による死因贈与又は生存者への権利帰属の予約」と、その後にされた「本件遺言による遺贈」とのいずれが優先するかについては、相続準拠法である日本法により決定されるべき問題である。よって、後からされた本件遺言による遺贈が効力を生じるため、本件預金の10分の6は、執行者から子Aに交付されるべきであると主張しました。
《妻Yの主張》
本件預金は、そもそも相続財産を構成しないため、生存者受取権を有する、共同口座名義人である妻Yに全額帰属すると主張しました。
《裁判所の判断》
〇本件預金は、ハワイの銀行との契約であり、口座の所在地の法律が適用されることになっているため、準拠法はハワイ州法である。ハワイ州法で、本件預金が相続財産を構成しないのであれば、日本において、被相続人Xの相続財産を構成しないとしました。
〇被相続人Xは妻Yと一緒にハワイの預金を開設しており、自己の死亡により預金の全額が妻Yの保有となることを認識していたので、それを公正証書遺言に記載して、妻Yと子Aに分けたいのであれば、共同口座のままにせず、別途、単独名義の預金にすればよかったのに、そのようにしていない。
〇よって、本件遺言に記載の預貯金債権には、ハワイの預金は含まれないとする。
〇なお、本件預金が相続財産を構成しないとしても、死亡を原因とする財産移転であるという性質を捉えて、日本において、課税上死因贈与(遺贈)による取得であると評価することはあり得るのであり、妻Yが修正申告をしたことは、認定を左右するものではないとする。
以上から、共同口座の預金については、分割対象である相続財産を構成しないという判断がされています。
よって、これと同様に、その他にもプロベート手続きを回避するために利用される「ジョイント・テナンシーの財産」や「リビングトラストに入れた財産で相続発生時に渡す相手が決まっている財産」についても、遺言に記載し他の相続人等に遺贈することができないと考えられます。(提供:チェスターNEWS)