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大地震や風水害、パンデミックなど、企業経営を揺るがす事態がいつ起きるのか予測するのは困難です。大きな災害などに見舞われた際、事業の継続に向けて速やかに復旧しなければ、会社そのものの存続が危ういものになりかねません。
今回は、万が一の事態に備えるための事業継続に向けた計画(BCP)の意味や近年の動向、中小企業における重要性についてわかりやすく解説します。中小企業がBCPを策定することで得られるメリットや、実際にBCPを策定する際の手順もまとめていますので、ぜひ参考にしてください。
BCP(事業継続計画)とは
はじめに、BCPに関する基礎知識を整理します。BCMやBCMSとの違いや、BCP策定によって得られる主な効果について確認しておきましょう。
危機的状況下での事業継続に向けた計画 |
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BCPとは、大規模災害などが発生した際に従業員の生命と会社の財産を守り、事業を継続できるよう、あらかじめ策定しておく計画のことを指します。中小企業庁が公表している資料によれば、BCPのポイントは次の5点です。
- 中核事業を特定すること
- 復旧する目標時間を設定すること
- 取引先とあらかじめ協議しておくこと
- 代替案を用意・検討しておくこと
- 従業員とBCPの方針や内容について共通認識を形成しておくこと
出典:中小企業庁|中小企業BCPガイド〜緊急事態を生き抜くために〜
このように、いつ起きるか予測できない災害の影響を最小限に留め、速やかな事業の復旧を目指すことがBCPの趣旨といえます。
防災計画との違い |
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防災計画は災害に対する備えという点で、BCPと共通する部分があります。一方、防災計画は災害の被害を最小限に抑えることを主な目的としているのに対して、BCPでは事業の早期復旧や継続が主要な目的となっている点が大きな違いです。
共通点 | 相違点 | |
防災計画 | 災害発生時の被害を最小限に抑えることを目指している。 | 被害の最小化が主な目的。 |
BCP | 事業の早期復旧・継続が主な目的。 |
つまり、BCPは防災計画よりも広い範囲を含む概念といえます。
BCM・BCMSとの違い |
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BCPに関連する用語として「BCM」や「BCMS」が挙げられます。
- BCM(Business Continuity Management:事業継続マネジメント)
→BCPを計画・実行し、結果を検証するプロセス全体を指す。 - BCMS(Business Continuity Management System:事業継続マネジメントシステム)
→BCMを運用していくための仕組み。
つまり、BCPが事業継続計画そのものを指すのに対して、BCMやBCMSは計画の策定や実行といった具体的な手段を表している点が大きな違いです。
BCP策定によって得られる効果 |
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BCPを策定することで得られる効果として、危機的状況下においても中核事業の操業を止めないようにし、事業の復旧が遅れるのを防げる点が挙げられます。優先して復旧すべき事業をあらかじめ絞り込んでおき、その事業を復旧するまでの期日目標を決めておくことにより、万が一の事態が発生しても復旧に向けて的確な対応をしやすくなる点が大きなメリットです。
【BCP策定効果のイメージ】

出典:中小企業庁|中小企業BCPガイド〜緊急事態を生き抜くために〜
中核事業の復旧が遅れれば、企業は売上や利益の面で大きなダメージを受けることになります。大規模災害が発生した際に取るべき行動を事前に決めておくことで、事業の縮小や廃業といった事態を回避できる可能性を高められるでしょう。
日本国内におけるBCP策定の動向

日本国内において、BCP策定はどの程度進んでいるのでしょうか。全体の傾向と企業規模別に見た場合の2つの観点から解説します。
策定中・検討中も含めると策定率は48.6% |
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帝国データバンクが公表した資料によれば、2023年5月末の時点でBCPを「策定している」「現在策定中」「策定を検討している」の企業は全体の48.6%にのぼります。反対に「策定していない」と回答した企業は43.0%だったことから、多くの企業はBCP策定に向けて何らかの対策を講じつつあるのが実情です。
また、BCP策定の意向を示している企業のうち、地震や風水害、噴火といった自然災害による被害を想定している企業の割合がもっとも高く、71.8%を占めていました。大災害への備えを重要視している企業が多いことが見て取れます。
※出典:帝国データバンク|事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2023年)
大企業の策定率は35.5%、中小企業は15.3% |
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BCP策定率を企業規模別に見ると、2023年5月末の時点で大企業のうち35.5%がBCPを策定しているのに対して、中小企業の策定率は15.3%に留まっています。大企業ではBCP策定が着実に進んでいる一方で、中小企業での取り組みはやや遅れている感が否めないのが実情です。
では、中小企業にとってBCP策定は優先順位の低い取り組みといえるのでしょうか。自然災害をはじめとするリスクは、企業規模を問わず等しく抱えているものです。後述するように、中小企業においてもBCP策定は必須の取り組みといえます。
※出典:帝国データバンク|事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2023年)
中小企業にもBCPが求められている4つの理由

なぜ中小企業にとってBCPが必要なのでしょうか。それには以下のような理由があります。
理由1:災害などの発生リスクが増加している |
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BCP策定が中小企業にとって必要な理由として、災害発生リスクの高まりが挙げられます。国連大学の調査によると、日本は先進国の中でもっとも自然災害のリスクが高い国です。世界171カ国中、リスクが高い順で17位になっています。欧米の先進国の多くは100位以下です。いかに日本が自然災害のリスクにさらされているかがわかります。
【参考】『日本経済新聞』2016年8月25日記事「自然災害リスク、日本17位と高く 国連大学が171カ国調査」
災害にはさまざまな種類があり、そのレベルも軽微なものから甚大なものまであり得ます。さらに、地震と津波など、複数の災害が重なる可能性も否定できません。すべての災害やそのレベルに対応することが理想ですが、現実的には困難といわざるを得ないでしょう。 企業の立地や規模、業界特性に応じて、可能性の高い災害を特定・想定してBCPを策定するのが現実的です。限りある経営資源を可能な限り有効に活用し、中核事業の早期復旧を目指すための計画が求められています。
理由2:取引先からの信頼の確保 |
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災害時に製品や部品などの供給を止めないための対策・準備を実施していることが、取引先からの信頼獲得につながることも大きな理由の1つです。災害発生時に製品や部品などの供給がストップするようなことがあれば、取引先の信用を失いかねません。とくにサプライチェーンによって成り立っている製造業のような業界においては、災害への備えが非常に重要な要素となります。 もちろんBCPを策定していたとしても、想定外の不可抗力により操業が困難になることはあり得るでしょう。しかし、事前にBCPを策定し、災害時にも事業継続ができる準備を整えておくことによって、リスクを軽減させることは可能です。このような対策・準備を実施していること自体が、取引先からの信頼につながります。
理由3:安定した雇用の確保 |
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BCPは被災時に安定した雇用を確保する意味においても重要です。災害によって事業が長期間ストップするようなことがあれば、従業員を雇用し続けるのも難しくなってしまいます。事業が再開できる状況になったとしても、従業員がいなければ事業を従来どおり存続するのは困難です。再び人材を探し、採用するのも容易なことではありません。 たとえば、平時からテレワークが可能な環境を整えておくことによって、一時的にオフィスを使用できない状況に陥ったとしても事業を継続できる可能性が高まります。こうした取り組みは、遠隔地勤務など平時においても多様で柔軟な雇用形態を実現する上で有効です。
理由4:地域や産業への影響 |
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BCPを策定しておくことは、地域や産業全体に貢献する意味においても重要です。個々の企業がBCPをしっかりと策定していれば、広範囲におよぶ大規模な災害が発生した場合も地域産業を立て直せる可能性が高まります。結果として地域経済や地域住民の生活が守られるほか、産業サプライチェーンの維持にも寄与するでしょう。
中小企業がBCPを策定することで得られる3つのメリット

BCPは「有事の際にマイナスをできるだけ少なくするもの」といったイメージを抱いている方も多いのではないでしょうか。実は、BCPの策定プロセスを通じて平時の経営にも良い影響をもたらす効果が期待できます。中小企業がBCP策定によって得られる主なメリットは次のとおりです。
メリット1:長期的に企業体質の強化が図れる |
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BCP策定に伴い、業務プロセスや経営資源の配分を見直すことになるため、長期的に見ると経営体質の強化につながります。限られた経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を最大限有効に活用するには、企業体質の強化が欠かせません。 BCPを策定する際には、まず現状における事業上の優先順位やリスクを洗い出し、分析します。各工程の業務手順をあらためて点検することで、重複や無駄が見出されたり、業務の属人化が懸念される箇所が見つかったりすることもめずらしくありません。こうしたプロセスを通じて、従来の仕事の進め方を見直すことにつながるでしょう。
メリット2:働き方改革やDXへの対応を進めやすくなる |
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BCP策定の取り組みが、働き方改革やDX推進を後押しすることも考えられます。現状の業務におけるリスクの見直しや、災害時における業務の代替手段を検討していく中で、業務プロセス自体を新しい技術や手法によって改善する選択肢が浮上する可能性があるからです。
たとえばAIやRPAの活用など、デジタルトランスフォーメーション(DX)が促進されることも十分にあり得ます。また、災害時の出勤困難者に関してはクラウドサービスを利用してもらうことで、テレワークによる業務継続が可能になる場合もあるでしょう。工場での製造工程においても、AIやセンサリング技術、3Dプリンタなどによるオンデマンド生産や無人生産、遠隔操業といったDXの可能性を見出すことにもつながります。
メリット3:事業継続力強化計画を受ければさまざまな特典が得られる |
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BCPを策定することによって、事業継続力強化計画の制度を活用できる場合があります。国は中小企業のBCP導入を推進するため、中小企業強化法にもとづき「事業継続力強化計画」(一社単独)、「連携事業継続力強化計画」(複数社連携)の制度を設けているからです。
中小企業がBCPを策定し認定を受けると、特典としてさまざまな支援施策が受けられます。
【参考】中小企業庁Webサイト「事業継続力強化計画」
・認定マーク取得によるビジネス開拓の可能性
事業継続力強化計画の認定を受けた企業(計画認定企業)は、中小企業庁のホームページで企業名が公開されるとともに、認定ロゴマークを使用できるようになります。 たとえば、サプライチェーンの継続性を重視する企業にとっては、発注先の企業がこの認定を受けていれば、被災時の事業継続性が高いと判断できるため、認定を受けていない企業よりも発注しやすくなります。新規取引先の開拓にも、既存取引先との関係強化にも、直接役立ちます。
・BCP策定に対する金融支援、税制措置、補助金の優先採択等の支援施策
【融資】
認定を受けている企業は、日本政策信用金庫の低利融資を受けられます(要審査)。また、銀行などの民間金融機関から融資を受ける際の信用保証協会による信用保証のうち、普通保険等(通常枠)とは別枠での追加保証や保証枠の拡大が受けられます。
【税制】
中小企業防災・減災投資促進税制により、認定計画に記載された対象設備(自家発電設備など)を、取得等をして事業の用に供した場合に、特別償却20%(令和5年4月1日以後に取得等をする対象設備は特別償却18%)が適用できます。通常の定額法による償却よりも早期に、多額の減価償却費を計上できることとなります。
【補助金の加点】
認定を受けた事業者は、「ものづくり補助金」等の一部の補助金において、審査の時に、加点を受けられます。そのため、補助金の交付審査に採択されやすくなります。
中小企業がBCPを策定する手順

中小企業がBCPを策定するにあたって、まず何から着手すればよいのか迷ってしまう場合もあるでしょう。BCP策定の手順を紹介しますので、全体の流れをつかむ上で役立ててください。
手順1:BCP策定の基本方針を決める |
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はじめにBCPを策定する目的を明確にし、基本方針を決めることが重要です。自社が直面する可能性のあるリスクを洗い出し、社内で共有しましょう。各々の従業員に共通認識を形成し、BCPを策定する必要性を認識することが第一歩です。 事業所が複数ある場合は、各地の災害リスクをそれぞれ把握しておく必要があります。自治体が公表しているハザードマップなども活用しながら、具体的なリスクを洗い出していくことが大切です。 また、災害発生時に優先的に復旧を目指すべき中核事業を見極めるプロセスも欠かせません。備えるべきリスク、復旧を優先する事業を明確にし、BCP策定の基本方針としてまとめていきます。
手順2:BCPの運用体制を整備する |
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次に、BCPの運用体制を整えていきましょう。BCPの運用方針は基本的にトップダウンです。はじめにBCPの運用責任者を決め、各部門のBCP担当者を選出していきます。 BCPが適切に機能する状態にするには、指示系統を明確に定めておくことも重要なポイントです。責任者から現場まで指示が行きわたるよう、連絡の経路や手段を決めておく必要があります。また、責任者や各部門の担当者自身が被災することも想定し、指示を出す人員は複数名選出しておくのが得策です。
手順3:マニュアルを作成する |
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実際に災害が発生した場合に、対応すべき手順や方法をマニュアルにまとめていきましょう。マニュアル作成時には、内閣府が公開している「企業防災のページ」や、中小企業庁が公開している「BCP策定運用指針」が役立ちます。 また、過去に発生した災害への対応事例や、地域企業が講じている対策が参考になるケースも少なくありません。一方で、他社や他地域の事例はあくまでも一般的なケースとして捉える視点が求められます。さまざまな事例を踏まえつつ、自社の実態に即したマニュアルを作成することが大切です。
手順4:訓練と見直しを繰り返す |
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実際に災害が発生した場合を想定して、BCPマニュアルにもとづく訓練を実施します。訓練を通じてあぶり出された課題を整理し、マニュアルに反映させることでブラッシュアップしていきましょう。 訓練と見直しのプロセスを繰り返すことは、有事の際に取るべき行動について従業員に周知する意味においても効果的です。BCPマニュアルを作成したものの、「存在を知られていない」「災害発生時に役立たない」といった事態に陥ることがないよう、定期的に訓練と見直しを実践していく必要があります。
BCPは中小企業にとって多くのメリットを得られる取り組み
中小企業にとってBCPの策定は防災対策に留まらず、業務の見直しを通じた企業体質の強化や働き方改革、DX推進、さらにはステークホルダーの信頼獲得など、平時におけるメリットも多くある取り組みです。BCP策定のハードルは決して低くはないものの、事業継続力強化計画に認定されれば優遇融資などの特典も受けられます。
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