
生成AIはすでに単なるトレンドではなく、事務作業の効率化やプログラミング、カスタマーサポートの自動化など、さまざまな業務において実務で活用されています。無料でも使えるサービスが多く登場し、手軽に使えるようになる一方で、業務で使うときには注意点もあります。そこで、生成AIの基本からビジネスへの応用、導入におけるメリットや課題について解説します。
生成AIの基本
従来のAIは、与えられたデータを分類したり、未来を予測したりするために使われることが一般的でした。しかし、生成AIは与えられたデータから特徴を学習し、新たなコンテンツを生成できます。
生成AIとは何か |
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これまでに蓄積されたデータを使って学習させたAI(人工知能)によって、新しいコンテンツを生成する技術を生成AI(Generative AI)といいます。文章や画像、音声、動画など学習させるデータの種類によって、さまざまな形式のコンテンツを自動的に生成できるため、プライベートからビジネスまで幅広く使えることが特徴です。
たとえば、文章を生成するAIであれば、テキストデータを学習し、そのスタイルや内容をもとに新しい文章を生成します。一般的には、新聞やWikipediaのようにある程度の量があり、信頼できる文章を使って学習することで、自然な文章を生成できます。
同様に、画像を生成するAIは、写真やイラストなど既存の画像データを学習し、その特徴を持った新しい画像を創り出します。音声を生成するAIも、人物の音声データなどを学習し、その人物が話しているような音声を作り出せます。
生成AIが登場した背景 |
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生成AIの考え方は最近になって突然生まれたわけではありません。人工知能(AI)の研究は1950年頃から進められており、その歴史は数十年にわたります。そして、その間もさまざまな生成AIが開発されてきました。
たとえば、チャットのようにコンピュータとやり取りして、人間のように振る舞えるかを調べる「チューリングテスト」という実験は1950年に提唱されています。また、1950年代後半には音声合成システムが登場し、1980年には「音声電卓」と呼ばれる「しゃべる電卓」が発売されました。
それ以降も、よりスムーズな読みやすい文章を生成したり、人と比べても遜色ない音声や画像を生成したりする技術は少しずつ進化してきました。2000年代に入り、計算能力の向上とデータ量の爆発的な増加により、生成AIは急速に進化しました。特に、深層学習(ディープラーニング)と呼ばれる技術の登場により、圧倒的に自然な文章や音声、画像などを生成できるようになったのです。
生成AIがビジネスで使われる場面
生成AIは個人の趣味として使われるだけでなく、ビジネスでも使われています。たとえば、業務の効率化やプログラミング、コンテンツの生成、マーケティングなど、幅広い分野で使われています。
業務の効率化 |
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OpenAIのChatGPTやGoogleのGemini、MicrosoftのCopilotなどでは、チャット形式でAIと対話することでさまざまな指示ができます。たとえば、案内状や報告書などのビジネス文書の文面を作る、メールに返信する、といったテキストの生成はゼロから書くよりも手間を削減できます。
文章を与えて、それを要約したり翻訳したりすることもできます。これまでも翻訳サービスは数多く提供されていましたが、1つのサービスで指示を変えるだけでさまざまなことができるのは便利です。
顧客が回答したアンケートを分析するような使い方もできます。文章で回答された内容を1つずつ人間が解釈するのは大変ですが、AIを使うとその文面から好意的なものなのか、否定的なものなのかを自動的に判定できます。
プログラミング |
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対話形式で入力するのではなく、人間が途中まで入力した内容をもとに、続く文章などを推測して出力することもできます。この使い方が便利なものとしてプログラミングがあります。
一般的なプログラミングでは、開発者(プログラマ)がソースコードを記述します。その中身はプログラムによって異なりますが、プログラミング言語という言語で記述されており、ある程度の決まりがあります。そして、さまざまなプログラムに共通するソースコードや、よく使われる記述などもあります。このため、ある程度は決まった内容で一部だけを書き換えることも多いものです。
生成AIによって、人間が書いたソースコードに続く部分を補完して表示してくれると、人間はその補完された内容が正しいかを判断するだけです。正しければ、プログラマはそれを選択するだけなので、入力が非常に楽になり、開発スピードが上がります。
カスタマーサポートの自動化 |
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Webサイトでの問い合わせ対応などカスタマーサポートの分野でも、生成AIが使われ始めており、代表的な例としてチャットボットがあります。これまでは「FAQ(よくある質問)」のような決められた質問に対する回答を用意しておき、それを検索できる程度でした。
生成AIを使うと、利用者が入力した問い合わせ内容を解釈し、リアルタイムに回答を生成できます。これにより、事前に回答内容を用意する必要がなくなり、マニュアルなどを整備しておけば、自動的に的確な回答を返せるようになります。欲しい回答を速やかに得られることで顧客満足度が向上するだけでなく、サポートチームの負担も軽減できます。
画像や音声、動画の生成 |
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Web上の記事に使う画像などを生成するときも、日本語や英語で指示を出すだけで、それなりの精度の画像を出力できるようになりました。それに加え、音声や動画を生成することもでき、テレビCMなどでも生成AIを活用する例が増えています。
たとえば、日本マクドナルドが公開したCMでは、AIによって作成された少女が登場しました。また、米コカコーラが公開したCMではクリスマスを表現する内容をすべてAIで作成されたとされています。
このようなAIが作成した人物や映像を不自然だと感じる人もいますが、AIが作成したと言われないと気づかないと感じる人もいるでしょう。それくらい精度が高くなってきたと考えられます。
生成AIを導入するメリット
生成AIを導入することで、ビジネスのさまざまな場面で使えることがわかりました。ここでは、具体的な例を挙げながら、生成AIの導入によって得られる主なメリットを紹介します。
生産性の向上と意識改革 |
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これまでもIT化や自動化といった言葉が使われていたように、業務を効率化する取り組みは多くの企業で実施されてきました。しかし、その対象は、毎日実施するような定型的な業務が中心でした。このように何度も繰り返し実施する作業は、プログラムを作ることで高速かつ正確に実施できます。
一方で、定型でない業務については、毎回作業内容が異なるため、プログラムによる自動化は難しいものです。結果として、人間が工夫して業務に取り組んできました。
このようなプログラムによる自動化が難しい業務でも、生成AIを活用すると効率よく作業できる可能性がありますし、生成AIへの指示の出し方を考えることでクリエイティブな視点から捉えられるようになります。
つまり、これまではプログラマなどに依頼するハードルが高く、効率化ができていなかった部分が減り、従業員のモチベーションアップにつながるかもしれません。
コスト削減 |
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チャットボットの導入によって、サポートチームの負担を軽減できることを紹介しましたが、生成AIを社内のみで使うだけでなく顧客が使うことでコスト削減につながります。従業員の作業量が減ると、これまで担当していた従業員に別の業務を割り当てられ、経営者の視点では人件費の削減を実現できます。
文章や画像などのコンテンツを生成するときも、これまでは専門のライターやデザイナー、イラストレーターに依頼していました。この作業を生成AIに任せることで、迅速かつ安価にコンテンツを作成できます。
会議などでさまざまな意見を持ち寄っていたような作業も、生成AIとの対話によって1人で多数のアイデアを出すことができます。これにより会議などの時間を短縮できると、コストの削減につながります。
新たなアイデアの生成 |
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企画部門であれば、ゼロから企画を考えるのは大変です。書籍やWebサイト、過去の企画などを参考にして新しい企画を考えていたものが、生成AIを使うと考え方が変わります。案を出してもらうように指示を出すだけでさまざまなアイデアが出力されるため、そこから選んだり、組み合わせて発想したりできます。
生成AIを使うと、圧倒的な速度で膨大な量を出力できるため、従来では考えられなかった視点で考えられます。これにより、新たなインスピレーションを生み出せる可能性があります。また、生成AIによって提案されたアイデアを参考にすることで、独自の作品を生み出すこともできます。
データによる意思決定 |
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データを見て行動を決定するとき、人間は数値だけで判断することは少なく、過去の人間関係やその時点の感情などによって左右されることがあります。これにより判断が遅れたり誤ったりする可能性がありますが、生成AIは大量のデータが与えられても迅速に答えを出力できます。
他社が生成AIを使って判断するようになったとき、自社が使っていないと市場の変化に迅速に対応できなくなる可能性があります。このため、他社よりも少しでも早く、より精度の高い生成AIを使うことが求められています。
生成AIの課題
生成AIは便利でメリットも多い一方で、導入・使用するときには以下のような課題があります。これらの課題を理解したうえで、組織として使用時のルールを定めるなど、適切な対策を講じなければなりません。
ハルシネーションへの対応 |
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生成AIが出力する内容の精度は、学習に使われているデータの質と量に大きく依存します。このため、一般的な業務では問題なくても、特定の業界やニッチな分野では、データが少ないことから、高い精度が得られない可能性があります。
また、生成AIは統計的に処理をしているだけであり、誤った答えを返す可能性もあります。このような現状で、生成AIが出力した内容をそのまま使ってしまうことが誤った判断や行動につながり、企業のブランドイメージに悪い影響を及ぼすことも考えられます。
情報漏洩への対応 |
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最近は「ローカルLLM」など手元の環境で動作する生成AIが使われることもありますが、一般の利用者が使う生成AIはクラウド上で動作するものが多いものです。この場合、利用者が入力したデータはクラウド上で処理され、その結果が返されます。
このとき、利用者が入力した内容がクラウド上に保存される可能性があります。単に履歴として保存されるだけであればそれほど問題にはならないかもしれませんが、入力した内容がサーバー上に保存され、他の利用者への応答に使われると問題になります。
顧客から預かった個人情報であれば、プライバシーポリシーの範囲内で使う必要がありますが、生成AIへの利用は記載されていないことが多いでしょう。また、社内の機密情報などを入力すると、情報漏洩として問題になります。このため、生成AIを利用するときには、機密情報などを入力しないように注意しなければなりません。
倫理的、法的な問題 |
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生成AIが出力する内容は学習に使ったデータに依存するため、そのデータに不適切な内容が含まれると、そのまま反映されます。たとえば、チャットボットでの応答に偏見や差別的な内容が含まれたり、同業他社などライバル企業の情報を不公平に扱ったりする可能性があります。このため、どのような内容が出力されるのかを倫理的な観点からも検証する作業が必要です。
生成AIによって生成された文章などが正しいものなのかは利用者が判断しなければなりません。「フェイクニュース」という言葉が使われることもありますが、生成AIから生成された文章を信用するのではなく、根拠となる1次情報を確認する癖をつけます。
さらに、著作権などの知的財産権の問題も考慮しなければなりません。たとえば、人間が作成したデータを学習に使われることに批判的な考えを持っている人もいますし、生成AIによって出力されたコンテンツが他の作品に似ていると、それが著作権侵害と見なされる可能性があります。
生成AIの進化は日進月歩のため、法律などの制定が間に合っていません。このため、生成AIを利用するときにはガイドラインや倫理基準を確認します。
導入コストと運用コスト |
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生成AIを導入するときの費用も課題です。最近はクラウドで利用することが多いため、初期費用はあまりかかりませんが、サブスクリプション型の契約では使った量に応じて利用料金がかかります。どのくらい使うとどのくらいの支払いになるのか、利用者が把握していないと、発生したコストが大きな負担となることがあります。
このような支払いが発生する費用のほか、従業員の教育コストも問題になります。生成AIの技術は急速に進化しているため、次から次へと使い方が変わります。このとき、新しい技術を使いこなすためどのようにして情報を収集するのか、そして社内の他の従業員に伝えていくのかは大きな課題です。
ビジネスに活かすための工夫
生成AIを最大限活用するためには、導入から運用まで含めて計画的に進めていく必要があります。
社内教育とスキルアップ |
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生成AIを最大限に活用しようと考えると、従業員のスキルアップも必要です。最新の生成AIについてのセミナーを開催するなど、世の中の変化に対応しながら生成AIを活用していくことが求められます。
基本的な知識や使い方を学ぶだけでなく、専門家を招いてワークショップを実施することも効果的です。また、実際に業務で生成AIを使うことで、実践的なスキルを身につけられます。最初から大規模に導入するのではなく、小規模な作業で効果を確認しながら、徐々に規模を拡大していく方法がおすすめです。
成果の測定と改善 |
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社内に生成AIを導入しても、それが使われないと意味がありません。また、使われていても、使う前と比べて作業効率が落ちているのであれば使わないほうがよいものです。
このため、使用状況と導入の効果を測定し、必要に応じて改善しなければなりません。難しいのは、数値で評価できる指標をどのように選定するかです。数値として評価するためには、コンテンツの生成であれば作業時間の短縮率などが考えられますし、チャットボットであれば顧客満足度を調査する方法などが考えられます。
それに加えて、従業員がどのように感じているかについてアンケートを実施する方法も有効です。単に作業を効率化するだけでなく、よりクリエイティブな作業に取り組めていると感じていると、働くモチベーションも変わります。
まとめ
生成AIは革新的な技術としてニュースなどで取り上げられるだけでなく、その汎用性の高さから多くの企業が注目しています。今後はさまざまな業務で生成AIを使うことが日常になるかもしれません。使い方に慣れることも必要なため、課題を認識したうえで、積極的に試していくことが求められています。

増井 敏克