
人件費というと、給与のことだと思っている人も多いのではないだろうか。しかし、経理上の人件費には、給与手当以外にもさまざまな科目が含まれる。このことは、経営者でも間違って認識している人もいるようだ。ほとんどの会社では、人件費が会社の経費の多くを占める。そのため、人件費を使った財務分析の手法を知ることは経営者にとって大切である。今回は、人件費とはなにか、人件費を使った分析法を紹介しよう。
目次
人件費とは?
経理に詳しい人でないと、人件費とは何かと聞かれても意外に正しく答えられないものである。では、人件費の種類や概要について解説しよう。
「人件費」とは、従業員に支払われる給与だけではなく、企業の経費の中で「人の労働」に関われる費用全般のことである。
人件費の種類にはどんなものがある?
人件費とは、経理上の代表的な勘定科目であり、その項目には次のものがあげられる。
給与手当
「給与手当」は、雇用契約に基づいて従業員に支払われる給与や報酬、諸手当の事である。従業員には、正社員だけでなくアルバイトやパートも含む。給与には、基本給はもちろん、役職手当や通勤手当、残業手当、住宅手当などの諸手当も含まれる。
なお住宅手当は、給与手当ではなく福利厚生費で計上されることもある。住宅手当の名目で、定額を給与に加算して支給するような場合は、給与手当の勘定科目が使用される。一方、会社が借りているマンションやアパートを従業員に貸しているような場合には、会社が負担している費用に関して福利厚生費とすることがある。
賞与
「賞与」は、ボーナス、一時金、夏季手当や冬季手当、年末手当、期末手当など会社によって名称はさまざまあるが、名称に関わらず定期の給与とは別に、役員と従業員に対して支払われる臨時の給与のことである。給与の後払いと考えて、給与手当の勘定科目をケースもある。
役員報酬
「役員報酬」とは、取締役や監査役などの会社の役員に対して、支払われる役員給与のうち、定期同額給与、事前確定届出給与、利益連動給与のいずれかに該当するものをいう。これに該当しないものは、役員賞与等として取り扱われる。
法定福利費
「法定福利費」は、健康保険や厚生年金保険、介護保険の社会保険料や労災保険や雇用保険といった労働保険料のうち会社が負担すべき費用のことである。
福利厚生費
「福利厚生費」は、従業員の福利厚生のために支出される費用のことである。具体的な費用としては、社員旅行費や会社負担の忘年会費用、健康診断の費用などがある。福利厚生費は、すべての従業員に平等に支出するということが条件となっている。したがって、特定の従業員に支出したものは給与とみなされる。また、福利厚生費に計上するには、常識的に妥当な金額であることも必要である。
退職金
「退職金」は、役員や従業員が退職する際に支払われるお金で、今までの勤務に対する対価や功労金としての意味合いを持つ退職一時金と、企業年金制度から給付される退職年金とがある。
重要な経営指標である人件費率とは?
人件費の数字を使った経営指標に、人件費率と労働分配率がある。それぞれの言葉の内容と計算方法について解説する。
自社の売上に対する人件費の割合を示す数字で、売上高人件費率ともいわれる。人件費率は、売上に対する人件費バランスを示す経営指標であり、会社の経費の多くを占めるのは人件費であるため、人件費率は最も重要な経営指標と考えることができる。
人件費率の計算方法
売上人件費率は、「売上人件費率=(人件費÷売上高)×100」で計算される。なお人件費には、先に解説した通り給与や役員報酬、賞与、退職金だけでなく、法定福利費や厚生福利費なども含まれる。
人件費率の適正な目安
人件費率を経営指標として見る場合は、(1)事業における人件費の割合が適正かどうかと(2)従業員への還元度が適正かどうかの2つを知ることができる。
人件費率が高い場合、会社の人件費に対する負担割合が大きいことを示し、反対に低い場合には、会社の人件費に対する負担割合が小さいことを示す。人件費率が高すぎる場合には、売上高が少ない、人的コストが多すぎのいずれかが原因か、または両方が原因であることが考えられる。
人件費率が低くければ生産性が高いとも言えるが、低ければよいというものでもなく、社員の還元が適正ではない可能もある。社員への還元が十分に行われていない場合には、社員のモチベーションが下がることにより、サービスの質の低下や業務効率の低下が起こる、離職者が増え人手不足になる、会社の評判が落ちて優秀な人材を採用できなくなるなど経営へ悪影響を及ぼすことが懸念される。
産業別・業種別人件費率
人件費率は、産業や業種によって大きな違いがある。人件費率の適正な目安を知るのは、自社の業態の平均的な人件費率を把握しておくとよいだろう。中小企業庁が発表している「中小企業の経営指標(概要)~中小企業経営調査結果~」では、主な産業別の人件費率は以下の通りである。
卸売業総平均(売上高対人件費率)7.2%
小売業総平均(売上高対人件費率)14.47%
飲食店平均(売上高対人件費率)33.1%
旅館業平均(粗収入高対人件費率) 37.5%
なお、同じ産業内でも業種によって人件費率は多少異なる。例えば、小売業であるスーパーマーケットの売上高対人件費は10.7%であるが、コンビニエンスストアは9.6%である。自社の業種に合わせて参考にするとよいだろう。
参考:中小企業庁 「中小企業の経営指標(概要)~中小企業経営調査結果~」
労働分配率とは?
人件費率と並び、人件費に関わる経営指標で重要なのが労働分配率である。
「労働分配率」とは、付加価値に対する人件費の割合を示し、生産性を測る指標として財務分析に使われる。簡単に言うと、会社が稼いだお金をどのくらい従業員に分配しているかを数字にしたものである。人件費率との違いは、人件費率が売上高に対する人件費の割合であるのに対し、労働分配率とは利益に対する人件費の割合だということである。
労働分配率の計算方法
「労働分配率」は、次の計算式で求められる。
労働分配率(%)=人件費÷付加価値×100
ここで分かりにくいのが「付加価値」である。付加価値とは、労働によって付け加えられた価値を数値化したもので、算出方法は、売上から原材料費や外注費用などを差し引いて計算する控除法(中小企業庁方式)と、人件費や減価償却費などを加えて計算する加算法(日銀方式)の2つの方法がある。ほかにも便宜的に売上総利益を付加価値とする考え方もある。
控除法の計算式
付加価値=売上高−外部購入価値(材料費、購入部品費、運送費、外注加工費など)
加算法の計算式
付加価値=経常利益 + 人件費 + 賃借料 + 減価償却費 + 金融費用 + 租税公課
労働分配率の適正な目安
単純に労働分配率の数字だけを見て利益が大きくて人件費が少ない状態、つまり労働分配率が低い状態は人的生産性が高いといえる。しかし、人件費率でも解説した通り、人件費を抑えすぎると社員のモチベーションが下がり、サービスの質の低下や業務効率の低下が起こる可能性が高まり、離職者が増えて人手不足になることが考えられるので、一概に低ければ良いとも言えない。
経済産業省が発表している「平成30年企業活動基本調査速報-平成29年度実績-」の産業別労働分配率は以下の通りである。
製造業:46.1%
卸売業:48.4%
小売業:49.5%
労働分配率は、企業規模や業種によって異なるが、特に最新の生産設備を備える大企業と、そうではない中小企業では大きな差がある。そのため、自社の労働分配率が、時系列で高くなっているのか低くなっているのかによって対応を考える必要がある。したがって、上記の産業別労働分配率については、あくまで目安として参考にするとよいだろう。
参考:経済産業省 「平成30年企業活動基本調査速報-平成29年度実績-」
人件費率や労働分配率を下げるには?
解説してきた通り人件費率も労働分配率も、生産性を示す数字で財務分析では重要な指標である。人件費率、労働分配率のいずれも数値が低い方が、生産性が高いことを表しているため、効率的な経営ができているといえる。では人件費率や労働分配率を下げるには、どのようにしたらよいのだろうか。
人件費率、労働分配率とも計算式の分子は人件費となるため、人件費を減らせば人件費率も労働分配率も下がることになる。この場合、単純に給与を下げると社員のモチベーションが下がってサービスの質や仕事の効率が低下するばかりか、最悪の場合には離職者が増えて人手不足となることが考えられる。もし、人件費を減らす場合には、無駄な業務を見直したり、事務作業をアウトソーシングしたりすることで、残業を減らすなどの方法をとると良いだろう。
逆に人件費を下げることなく、人件費率や労働分配率を改善する方法もある。それぞれの計算式で分母にあたる、売上高や付加価値を上げることだ。
人件費率や労働分配率を意識した企業経営を
会社の利益を上げるために、経営者は人件費を下げることを考えがちである。しかし、従業員の給与を削ることは人件費を下げるが、かえって会社の経営に悪影響を及ぼしてしまう。人件費の削減がやむを得ない場合を除き、人件費を下げるのではく売上高や付加価値を上げることで、人的生産性を高めることに最優先で取り組むべきである。経営者は、人件費率や労働分配率を指標として経営分析を行うようにしよう。
文・小塚信夫(ビジネスライター)