
目次
- 戦後の独禁法施行を機に通運会社としてスタート 「特積み事業」で成長を牽引
- 山梨県内の大手企業からの貸切便事業が拡大「地域のお客様に愛され、今日まで事業を継続拡大してくることができました」
- 顧客のニーズに対応して物流倉庫事業開始、新たな柱に 地価の高い首都圏から山梨へ物流拠点移動の流れを読み、大型倉庫の新設計画
- 経営方針は「安全第一」と「業界平均以上の待遇」 女性従業員で構成する「女性委員会」では、女性目線で様々な話し合い、改善の提案
- BCPの一環としてビジネスチャット活用 マーキングスキャンシステムによる文書保管導入でリネーミング作業の簡素化等積極的にICT化を進める
- 積極的にICT化を進めるが、業務改革のキーを握るのは一人ひとりの従業員 それぞれの自主性を尊重しながら進めていく
- AIの活用にも取り組み、2025年施行の「改正貨物自動車運送事業法」に対応した管理簿作成にAIを使用し成功のめど、新たな戦力に
2025年10月に創立75周年を迎える甲府通運株式会社(代表取締役社長・早野史師氏)は、その名の通り鉄道貨物輸送のユーザー接点を担う通運事業からスタートし、北は北海道から南は沖縄までの路線便事業や特定顧客のチャーターによる貸切便事業、さらには物流倉庫事業へと業容を拡大してきた。山梨県甲府市を中心に形成する早野グループの一員として、地域密着型の事業展開を心がけており、「安全第一」を経営方針に掲げている。ICTを駆使した業務改革に積極的に取り組み、最近はAIアシスタントの活用にも乗り出している。(TOP写真:甲府通運のホームページ)
戦後の独禁法施行を機に通運会社としてスタート 「特積み事業」で成長を牽引

甲府通運は、戦前から戦中にかけて日本通運の下請け会社だった「甲府小運送自動車株式会社」が前身。当時の甲府貨物駅に貨車で運ばれて来た荷物をトラックで近隣の商店に配送し、集荷した柿やブドウを貨車に積み込む仕事を請け負っていた。戦後間もない1950年に独占禁止法が施行され、日本通運の独占状態だった通運市場が開放されたのを機に、現社名に変更。甲府貨物駅に加え、南甲府、酒折、石和の各駅の通運事業免許を取得し、通運会社として新たなスタートを切った。
1952年には蘇東運輸(現在の名鉄NX運輸)と業務提携し、長距離トラックによる路線便事業にも乗り出した。「特積み(特別積み合わせ貨物輸送)事業」と呼ぶ、不特定多数の荷主の商品を到着地の方面別に仕分けして、それぞれの幹線輸送のトラックに混載して運ぶ運送形態だ。甲府通運のトラックターミナルである田富営業所(山梨県中央市)は「名鉄NX運輸(株)甲府営業所」として、名鉄NX運輸の全国幹線輸送ネットワークの一翼を担っている。現在、田富営業所では17台の直行便が稼働している。
山梨県内の大手企業からの貸切便事業が拡大「地域のお客様に愛され、今日まで事業を継続拡大してくることができました」

1995年以降、田富営業所の敷地内に順次、物流倉庫を建設し、配送センターの役割を持たせるとともに、山梨県内の大手企業と契約して「区域事業」と呼ぶ貸切便事業も拡大してきた。主に固定客の配送ルートを周回運送する仕事だ。現在の主要顧客は住宅メーカーのトヨタホーム、自動車部品卸売のトヨタモビリティパーツ、飲料メーカーのライフドリンクカンパニー、半導体製造装置メーカーの東京エレクトロンBP、鉄道信号保安用機器などのメーカーである三工社、みりん、ウィスキー、焼酎メーカーのサン.フーズ、ミネラルウォーターなどを扱うミツウロコビバレッジなど多岐にわたる。引っ越しなどスポットの輸送も積極的に引き受けており、約50社に上る協力会社の車両も含めて、1日当たり延べ約100台を配車している。
貨物駅の集約化に伴い、通運事業(鉄道コンテナ貨物)が横ばいで推移する中、長期にわたり売上の半分以上を占めてきた特積み事業が甲府通運の成長を牽引(けんいん)してきたが、近年は区域事業の成長が著しく、特積み事業の売上を上回るようになったという。甲府通運の井口章彦取締役業務部長は「創業年数からもわかる通り、地域のお客様に愛され、今日まで事業を継続拡大してくることができました。地域に根差した会社だからこそ、信頼と実績を積み重ねることができたのだと思います」と語る。
顧客のニーズに対応して物流倉庫事業開始、新たな柱に 地価の高い首都圏から山梨へ物流拠点移動の流れを読み、大型倉庫の新設計画

新たな柱として期待しているのが物流倉庫事業だ。現在、田富営業所の敷地内に3棟の倉庫を保有しているのに加え、2022年に田富営業所に近い市川三郷町に床面積1,000坪強の「大塚倉庫」を新設。トータルで約2,000坪の自社倉庫と、他社から賃貸している倉庫約4,000坪と合わせ、全部で約6,000坪の倉庫を運営している。さらに、数年後をめどに、中部横断自動車道が通る南アルプス市に約2,000坪規模の倉庫を新設する計画を進めている。
「山梨県は(中央道につながる)圏央道の完成に続いて中部横断道もでき、いずれリニア新幹線も通ります。このため、地価の高い首都圏にある物流拠点がどんどん外側の山梨県へと移っているようです」と井口取締役は説明。倉庫を求める顧客の問い合わせが増え、県内の倉庫保管料の坪単価も上昇傾向にあるなど、物流倉庫に対する需要拡大を肌で感じているようだ。
甲府通運のグループ会社である早野組は、1887(明治20)年創業という地元では名門の総合建設会社だ。甲府通運に続いて、1973年に道路標識など交通安全関連施設施工業のロード(甲府市)、1979年に自動車販売業のネッツトヨタ甲斐(甲府市)、1999年に在宅介護事業のやさしい手甲府(甲府市)、2000年に介護・医療関係に特化した人材派遣業のハートフルスタッフ(甲府市)を設立。異業種6社による「早野グループ」を形成しており、総従業員数は約1,800人に及ぶ。
「地域に根差した企業グループなので、シナジー効果を期待できるのは同業他社にはない強みです」と井口取締役。現在、早野組が中心となってグループのシンボルマークを制作中であるなど、今後も、早野グループとしての求心力を一層強めていく方向にある。
経営方針は「安全第一」と「業界平均以上の待遇」 女性従業員で構成する「女性委員会」では、女性目線で様々な話し合い、改善の提案

甲府通運の経営方針は「安全第一」。「運輸業という社会的インフラの一つを担う上で、我々は社会に対して何よりも『安全』を担保しなければなりません。また、お客様の商品を無事に運ぶという『安全』、従業員が健康で『安全』に働く職場を提供するという意味もあります」。井口取締役はこう強調する。
社内では事故撲滅会議や運輸安全衛生会議の開催を通じて、事故防止や危険の抑止、法令順守などの意識付けが行われている。ユニークな活動としては女性従業員で構成する「女性委員会」がある。女性の目線から社会人としての心得や業務に取り組む姿勢などについて話し合い、改善提案を行っている。
デジタルタコグラフと連携した運行管理システムやIT点呼システムによるドライバーの交通安全管理も徹底。ヒヤリハットの発生状況など運行記録を把握した上で、ドライバーにはあえて自己採点させて毎月の手当に反映させることで安全運転意識を高めている。道路で行き交う一般人から同社のトラックに対する苦情が寄せられた場合には、運行管理システムの記録やドライブレコーダーの映像でファクトチェックをした上で、当該ドライバーを指導したり、法人向けコミュニケーションツールビジネスチャットの掲示板で警告したりする。

甲府通運のもう一つの経営方針は「すべての待遇を平均以上にする」ことだ。従業員の給料を業界平均以上に保つように努めるとともに、働きやすく、健康に配慮した職場づくりを目指している。その一環として、ドライバーの職場環境改善を見える化するために国土交通省が創設した「働きやすい職場認証制度」や山梨県の「やまなし健康経営優良企業」、全国健康保険協会の「健康事業所 宣言証」、環境保全の取り組みを評価する「グリーン経営認証」などを取得している。
また、2017年度に経済産業省が創設した「地域未来牽引企業」の1社にも選ばれている。企業側から申請して取得する認証制度とは異なり、国が地域を牽引する企業を選び、地域の未来を託すとのお墨付きを与えたものだ。井口取締役は「長年、地域に根差した会社として存在し続け、これからも存続し続けることが期待され、評価されたのだと思います」と胸を張る。
トラック運送業界では時間外労働規制の強化に伴い、ドライバー不足に陥る「2024年問題」が懸念されたが、甲府通運は早くから運行管理システムや勤怠管理システムを導入して、ドライバーを含む全従業員の労働時間を管理し、それらのデータに基づいて改善箇所などを可視化していたことから、「それほど苦労することなく対応できました」(井口取締役)という。
BCPの一環としてビジネスチャット活用 マーキングスキャンシステムによる文書保管導入でリネーミング作業の簡素化等積極的にICT化を進める
甲府通運が社内コミュニケーションにビジネスチャットを活用しているのは2011年の東日本大震災を機にBCP(事業継続計画)を推進してきたのがきっかけ。災害発生時に電話回線を使った音声通話による連絡網が機能しなくなる事態に備えて、全社員の安否を確認する手段として、当初は携帯電話の個人用メールを利用。井口取締役が月1回、全従業員にテスト用の一斉メールを送信して連絡網としての機能を確認していた。それが数年前に使い勝手の良いビジネスチャットに切り替わり、遠隔地にいるドライバーの点呼など日常的に使用されるようになった。
井口取締役が「長時間労働が顕在化している運輸業にはICT化が必須」と強調するように、甲府通運はICTシステムの導入に積極的で、最近はオフィス業務の効率化にも役立てている。その一つが2022年頃に導入した、複合機でスキャンするだけで文書ファイルに自動的にタイトル(ファイル名)をつけて保管するシステム。同じ形式の文書を複数スキャンする際に1枚目の文書のタイトル(例えば「記録表」と「4月度」)を蛍光ペンでマークしておくと、スキャンした後のすべての文書ファイルにそのタイトル+日付や通し番号が自動的に付与される仕組みだ。

トラック運送業は荷主とのやり取りを紙の書類で行っており、毎月大量の書類をさばく必要がある。甲府通運の大口顧客であるトヨタホームを担当している社員には月3回に分けて約2,000枚の書類が送られてくるという。ドライバーに渡す配送指示書や住宅ユニットの建物構造書などだ。それを担当社員は、事後に何かあった時に備えるため配送終了後に複合機でスキャンしてパソコンに保存していた。1回に500~600枚の書類を保存するので、スキャンした後でパソコン上のファイル名を変更するのに多くの時間をとられていた。それがこのマーキングスキャンシステムを導入したことで自動的にリネーミングされるようになり、作業時間を半分以下に短縮できたという。
マーキングスキャンシステムと同時期に文書を保管するためのクラウドストレージも導入。こちらは多くの従業員が活用しているという。井口取締役は「本社、田富営業所、大塚倉庫のそれぞれで業務を行っているので、クラウド管理によるファイルの共有は業務の効率化に役立っています。ファイルの訂正・更新が効率化できるし、ペーパーレス化も進みます。また、BCPとしてのデータ保全も担っています」と話す。
積極的にICT化を進めるが、業務改革のキーを握るのは一人ひとりの従業員 それぞれの自主性を尊重しながら進めていく
井口取締役は「今後は、トヨタホーム以外の他のお客様の文書管理にも広げるのが課題」と話す。ただし、「いかに業務改革を進めるかは、すべてそれらのシステムを利用する従業員にかかっている」というのが井口取締役の持論。自身は「常に新しいアイデアやアイテム、新しい技術を職場に提供し続ける」のが役割と考えており、それをいかに活用するかについては従業員の自主性を尊重するという姿勢だ。
AIの活用にも取り組み、2025年施行の「改正貨物自動車運送事業法」に対応した管理簿作成にAIを使用し成功のめど、新たな戦力に
甲府通運では2025年の年初からAIアシスタントを本格的に活用し始めた。井口取締役と業務部の課長の2人が2024年後半から無料版で試してから、有料版に切り替えて実際の業務に使い始めたのだ。具体的には、2025年4月施行の改正貨物自動車運送事業法により、トラック運送事業者に「実運送体制管理簿」の作成が義務づけられたことに対応するため、AIアシスタントに同管理簿のテンプレートを作らせてみた。同管理簿は、運賃適正化に向けてトラック運送業界の多重下請け構造を可視化するのが狙いで、日々の①運送区間②貨物の内容③実際に運送した事業者の会社名④請負階層(元請け、一次請け、二次請けなど)⑤車番⑥ドライバーの氏名などを一覧表にしたものだ。テンプレートに必要な大まかな要件だけを示してエクセル関数など細かい部分はAIアシスタントに任せたところ、「なるほどと納得できるものができた」(井口取締役)という。
今後、会社の決算データの分析や各種文書の作成などにAIアシスタントを活用していくとともに、他の従業員にも活用を促していく考え。井口取締役はAIアシスタントについて「部下が1人増えたみたいに思えます。特に、人に頼みづらいような仕事や、他人に知られたくない内容について相談したり、調べてもらったりするのに良いですね」と感想を述べる。
最後に、井口取締役に甲府通運の経営陣の一人としての抱負を問うと、「企業は日々成長していかなければなりません。停滞はマイナス成長であり、常に成長することに意味があります。これまで積み上げてきた地域や顧客からの信頼と実績を基に、『安全第一』を貫き、地域を牽引する企業として成長し続けていきます」と力強く応えてくれた。
企業概要
会社名 | 甲府通運株式会社 |
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本社 | 山梨県中央市山之神流通団地3329-9 |
HP | http://kofutuuun.com |
電話 | 055-273-0611 |
設立 | 1950年10月 |
従業員数 | 109人 |
事業内容 | 路線便(混載便)、貸切便、鉄道コンテナ貨物、流通倉庫、引越輸送、事務所・倉庫等移転業務、保険代理業務 |