
「日本的経営」が効果的に機能したことにより、戦後日本は目覚ましい発展を遂げ、世界有数の経済大国になった。
日本的経営は長期的視点に立ち、人間を中心に考えられており、価値ある経営手法といえる。しかし、時代の変化と共にデメリットが浮き彫りになりつつあるのも事実だ。
日本的経営が生まれた背景やその特徴、メリット・デメリットを理解し、新時代の「日本的経営」と比較しながら、良い部分を経営に取り入れてみてはどうだろうか。
目次
日本的経営とは?
「日本的経営」と呼ばれ、昭和の高度経済成長期を支えた経営手法の特徴を見ていこう。これらは、「企業別労働組合」、「年功序列」、「終身雇用」という3つをキーワードで語られることが多い。これらは、主に企業の採用や賃金など人事労務管理の分野における慣行を指す。
日本的経営が誕生した背景には、戦後の日本に駐留したGHQや日本政府の政策、そして日本人特有の価値観や民族性が反映されているといえるだろう。日本的経営は、組織における人の存在や価値を優先することで、企業利益を向上させる手法である。
日本的経営という概念は、アメリカの経営学者ジェームズ・アベグレンの著書「日本の経営」で世界に紹介された。1955年から約1年間、アベグレン自身が日本の工場を現地調査して書かれたこの文献は、後の日本的経営に関する多くの海外文献で引用されている。
アベグレンの著書では、日本的経営の3つの特徴を「三種の神器」と呼んでいる。
日本的経営の特徴「三種の神器・メインバンク制・株式持ち合い」

まずは日本的経営の特徴としてアベグレンが著書の中で紹介した「三種の神器」を、そしてこれも日本的経営の特徴といわれる、メインバンク制や株式の持ち合いについて解説していく。
企業別労働組(三種の神器)
欧米の労働組合が職業別・産業別に企業横断的に形成される場合が多いのに対し、日本の労働組合は企業や事業所ごとに形成されることが多い(同じ企業内でも職種別に労働組合が結成される場合や、欧米のような形態の労働組合も存在する)。
企業別労働組合の場合、企業や事業所の従業員であることが構成員の条件であり、ブルーカラーやホワイトカラーといった職種で区別されることはほぼない。また、日本では企業と組合が「ユニオンショップ協定」を結んでいるケースが多く、この協定により雇用された時点で組合へと自動的に加入し、退職や解雇の場合には組合を脱退することになる。
労働組合を企業や事業所ごとに形成することで、組織運営の独立性が強まるほか、企業の実態に即した労使交渉を行えるというメリットが生まれる。企業と労働組合は運命共同体のような関係で生産性の向上や待遇の改善に取り組み、戦後の日本経済の発展を支える源泉となってきたのだ。
年功序列制(三種の神器)
年齢を重ねるにつれて企業内での序列が上がっていく年功序列制は、日本的経営を特徴付ける要素のひとつといえるだろう。年功序列制により、原則として賃金も勤続年数の増加に伴って加算されていく。
年功序列制が生まれた背景には、日本人の思想や生活に古くから馴染んでいる儒教の教えがあるといわれている。儒教によって日本人には年長者を敬う国民性があるため、企業において年長者が自分より上のポストに就いていることは、当然のこととして受け入れられてきたと思われる。
年功序列制のメリットとしては、企業への帰属意識が高まることや従業員の連帯感が強固になること、組織内の教育システムを構築しやすいことなどが挙げられる。一方で、人件費の高騰やぶら下がり社員の増加、若年層における労働意欲の低下などは、発生しやすいデメリットといえる。
終身雇用(三種の神器)
終身雇用とは、企業が定めた定年を迎えるまで社員がその企業で働き続けられるシステムである。これは法律や条例で定められているものではなく(ただし社内規定では定年が定義されていることが多い)、あくまでも日本独自の慣習として認識されているものだ。
終身雇用の考え方は、パナソニック(旧松下電器)の創業者である松下幸之助の経営思想から生まれたといわれている。1929年に発生した世界恐慌のあおりを受け、松下電器の工場の稼働率が低下した際、松下幸之助は「生産量が落ちても従業員は1人も解雇しない」との思いから、従業員全員の雇用を維持した。このことによって、松下電器は社員と世の中から大きな信頼を得て、その後急成長を遂げることになる。
松下電器のエピソードからもわかるように、終身雇用の下では企業と労働者の間に信頼関係が生まれやすい。また、従業員を長期的な視点で育成することができるというメリットもある。一方で雇用の流動性が乏しいため、業界全体の成長が停滞しやすくなり、従業員の労働意欲が低下することもデメリットとして挙げられるだろう。
メインバンク制
日本的な企業統治(コーポレート・ガバナンス)の代表例がメインバンク制だ。海外でも見られないわけではないが、日本の大企業のほとんどはメインバンクとの関係が非常に強固である。メインバンク制とは、企業が資金調達を株式発行による直接金融ではなく、特定の金融機関(ほとんどの場合は銀行)からの借入れによる間接金融で行うことをいう。メインバンク制のメリットは、企業にとっては厳密な審査なく即応的に融資が受けられること、銀行にとっては長期的な融資を通して安定的に利潤が得られることと、企業統治が行えることだ。企業の役員や監査役に銀行(メインバンク)出身者が就任することが多いのは、メインバンク制の特徴といえるだろう。
株式持ち合い
株式持ち合いとは、2つ以上の企業が相互認識の上、お互いの株式を保有している状態をいう。株式持ち合いは、安定株主の形成(敵対的買収の防止)、企業のグループ化、企業間取引による経営の安定化などを目的として行われてきた。
株式持ち合いのメリットは、メインバンク制のように経営に関与(介入)することや過度な利益要求などが起こりにくく、安定的に企業間の関係維持ができることにある。また株式持ち合いによる企業グループの形成は、資材の調達などにスケールメリットをもたらすことにもなり、両社の収益向上に寄与する点もメリットといえるだろう。
日本的経営の4つのメリット

では日本的経営のメリットとデメリットを整理すると、どのようになるのだろうか。まずはそのメリットから整理する。
1.経営の安定化
終身雇用による社員の定着やメインバンク制、株式の持ち合いなどはすべて経営の安定化につながる。一般的に経営資源とはヒト・モノ・カネといわれるが、上記の日本的経営の特徴は、それをすべて満足させるものだ。また海外からは市場が閉鎖的であると非難も受けるが、グループの形成などによるムラ社会的な市場形成も経営の安定にはつながる。
2.人材育成
年功序列制や終身雇用により、数十年単位のスパンで働くことが当たり前と考えられていることも、日本的経営のメリットだろう。短期間では習得しにくいような専門スキルなども時間をかけて習得させられるため、長期的な視点で人材育成プランを考えることができる。
3.社員のロイヤルティ(忠誠心)
ひとつの企業で長く働き続けられることは、従業員に安心感を与える。年功序列制と終身雇用により、自分だけでなく家族にも安心感が生まれ企業に対する忠誠心は自然と高くなる。たとえば海外では能力評価や経営悪化による従業員の解雇が比較的容易に行えるが、日本の場合、従業員は労働基準法などで固く雇用が守られている。このような法律の存在も、日本的経営を後押しする要因となっているといえるだろう。
4.組合との団体交渉
企業別労働組合は企業や事業所ごとに従業員で形成された組織であるため、組合側は企業の経営状況などをある程度把握していることが多い。したがって、組合と企業の交渉においては、無理な要求をされにくいことが企業側のメリットといえるだろう。話し合いをスムーズに進められるため交渉も現実的な着地点に落ち着きやすく、海外のような長期的なストライキなども起こりにくい。ストライキや意識的なサボタージュは、経営効率を低下させる原因となる。簡単にストライキが起こらない日本的な交渉方法は、日本的経営のメリットといえる。
日本的経営の3つのデメリット
1.組織の硬直化・業界の閉塞感
年功序列制や終身雇用により、労働者が企業に長く在籍し続けることは組織そのものを硬直化させてしまうリスクがある。業界内における労働者の流動性が乏しければ、企業内に新しいアイデアが生まれにくくなったり、事業がマンネリ化する可能性もあるだろう。企業にとっては競争力が低下するおそれがあり、時代の変化にも対応しにくい。人材が流動せず業界全体が閉塞すれば、企業としても業界としても将来の見通しが立てにくくなるのだ。
また年功序列制や終身雇用は、自分の能力や実績がすぐに賃金に反映されないという不満を若手従業員に抱かせかねない。どれだけ頑張っても年齢を重ねることでしか報われないという仕組みは、若手従業員のやる気を減退させ業務の非効率化を招く要因にもなり得る。
2.年長者の高コスト化
年功序列制のデメリットとしては、年長者の賃金の高コスト化が挙げられる。年功序列制では年齢を重ねるにつれて賃金も上昇するが、年齢に比例して個人の労働生産性が高まるわけではない。一定レベル以上の役職者であれば、長年の経験から得た判断力などで組織管理能力を発揮することも可能だ。しかし、年功序列制を採用している企業では、賃金に見合った能力を伴わない従業員が一定数生まれるリスクもある。
現在、日本では少子高齢化が問題となっているが、企業内においてもこの状況は同じだ。特に社歴の長い大企業などでは給与の高い年長者が増える傾向にあり、企業の高齢化と共に人件費の負担増大が大きな問題となりつつある。
3.経営の非効率化による競争力低下
年功序列制や終身雇用は、高コスト体質の企業を生む要因となる。イタリアの経済学者、ヴィルフレド・パレートが発見した冪乗則(べきじょうそく)、パレートの法則を経営に当てはめると、会社の売上の8割は全従業員のうちの2割が生み出しているということになる。もちろんこれは法則を当てはめた仮定の話になるが、先述したように年齢に比例して個人の労働生産性が高まるわけではない。つまり低下した生産性(効率)をカバーしているのは2割の従業員が生み出す利益であり、これは企業体質が高コストになっていくことを示唆している。
高コスト体質の企業は、市場で競争力を発揮することが難しくなる。高コストの原因が人件費の高騰にあるなら、これは固定費で簡単に削減することができない。アジアのように人件費の低い国の製品に価格競争で負けるのは、日本的経営の大きなデメリットなのだ。
日本的経営の代表3社
1.パナソニック
従業員を大切にするという考え方を貫き、現在でも日本的経営の精神を持つ代表的な企業としては、先述したパナソニックが挙げられる。創業者の松下幸之助が、世界恐慌の際に大規模なリストラを進言されながらも、従業員を1人もクビにしなかったというエピソードは現在も語り継がれている。
2.トヨタ
高度経済成長期を支えてきた大企業のひとつであるトヨタも、人を大切に育てる経営を特徴とした企業である。優秀な人材がクオリティの高い製品を作り、それによって事業がうまく進んでいくという考え方が根底にある。従業員が自主的に組織する「トヨタ生産方式自主研究会」は、トヨタの風土が企業内に浸透していることを表している。
3.キヤノン
大手電気機器メーカーのキヤノンは、日本的経営の考え方をもとに独自の経営哲学(従業員が生涯を豊かに、幸せに)と行動指針を掲げている。中でも新家族主義(互いに信頼と理解を深め、和の精神をつらぬく)と健康第一主義(健康と明朗をモットーとし、人格の涵養につとめる)は、組織における強い集団性や行動性を生み出し、従業員のロイヤルティを高めている。
新時代の「日本的経営」

少子高齢化による高齢者の増加と円高による賃金の高騰という、雇用における大きな2つの問題を解消すべく、1995年に日経連が発表した経営改革ビジョンが「新時代の日本的経営」である。
「人間中心の経営」「長期的視点に立った経営」といった従来の日本的経営がもつ良さを残しつつ、無駄な部分を徹底的にそぎ落とそうという考えから作られたビジョンだ。
その報告書では、「長期蓄積能力活用型グループ」、「高度専門能力活用型グループ」、「雇用柔軟型グループ」という3種類の雇用形態を組み合わせた、効果的な雇用ポートフォリオ概念の導入を提唱している。20年以上も前に提唱された概念ではあるが、時代の変化に対応できる雇用システムのベースとして、現在も多くの企業で活用されている。
・長期蓄積能力活用型グループ
正規雇用(期間の定めのない雇用契約)の従業員で、幹部や幹部候補生、管理職、総合職、技能部門の基幹職などがこのグループに相当する。企業にとって定着して欲しい人材のグループが長期蓄積能力活用型グループである。
・高度専門能力活用型グループ
特定分野での専門性を持ち、知識や技術で会社に貢献するグループ。契約形態は有期雇用契約の場合もあり、その専門性が不要となった場合には雇用契約を解除することもある。従来の日本的経営では存在しなかったグループともいえる。
・雇用柔軟型グループ
有期雇用契約で時間給制、パートやアルバイトと呼ばれる雇用形態の人たちのグループである。工場の期間工や繁忙期の臨時販売員、近年増えた派遣の事務職や技術職などもこのグループに含まれる。
日本的経営の本質的価値を見直そう!
日本的経営は、長期的な視点に立ち人を大切にするという、日本社会の価値観を反映した経営の考え方であり、特徴として、企業別労働組合・年功序列制・終身雇用が挙げられる。
これらの慣習が持つメリットは、日本経済の発展を支えてきた企業経営のベースであり、普遍的な価値を持つといえるだろう。効率化や合理化が求められる時代において、日本的経営の本質的な価値を見直してみてはいかがだろうか。