高等教育を受けるために奨学金を利用する学生が増加する中、JR東日本やノジマ、松屋フーズホールディングスなど大手企業が返済負担に苦しむ若手社員を支援する新たな動きが企業から始まっている。企業が従業員の奨学金返済を肩代わりする「代理返還制度」の利用企業数は前年比245%と急増し、支援を受ける従業員も4,477人に達した。なぜ企業はこの制度を積極的に導入しているのか。人材確保の競争激化、社員の定着率向上、税制優遇措置など、その背景と企業と従業員双方にもたらされるメリットを解説する。(文:日本人材ニュース編集部

JR東日本やノジマなどが奨学金の返済を支援!奨学金支援制度を導入する企業が広がる背景とメリット

目次

  1. 1. 深刻化する奨学金問題の現状
  2. 2. 奨学金返済支援制度の導入企業が急増
    1. 2.1 代理返還制度の概要
  3. 3. 企業が奨学金返済支援に乗り出す背景
    1. 3.1 人材確保の競争激化
    2. 3.2 社員の定着率向上への期待
    3. 3.3 税制優遇措置の活用
    4. 3.4 社会的責任への意識
  4. 4. 奨学金返済支援制度のメリット
    1. 4.1 企業側のメリット
    2. 4.2 従業員側のメリット
  5. 5. 今後の展望とまとめ

1. 深刻化する奨学金問題の現状

「毎月の返済額が給料の一部を確実に奪っていく」—これが奨学金を抱える多くの若手社員の実感だ。日本学生支援機構(JASSO)の最新データによれば、令和5年度の奨学金貸与者数は約96万人、要返還債権額は約7兆5,283億円に達している。高等教育機関の学生のうち、約3人に1人が奨学金を利用しており、大学生の場合、卒業時に平均で200万円から300万円以上の借金を背負って社会人生活をスタートさせている。

第二種奨学金(有利子)を利用した場合、月額8万円を4年間借りると、毎月約1万8千円を20年間返済し続けることになる。この長期にわたる返済負担は、若年層の消費行動や結婚・出産といったライフイベントの先送りにもつながっており、社会問題として注目されている。

2. 奨学金返済支援制度の導入企業が急増

このような状況を背景に、近年急速に広がりを見せているのが「企業による奨学金返済支援制度」である。JASSOが提供する代理返還制度の利用企業数は令和5年度末時点で1,798社に達し、前年度比245%という劇的な増加を見せている。支援を受ける従業員数も4,477人と前年比262%に上り、社会的関心の高まりを反映している。

2.1 代理返還制度の概要

JASSOの奨学金返還支援(代理返還)制度は、企業が従業員に代わって奨学金を返還する仕組みだ。企業は従業員の奨学金返還残額の一部または全部をJASSOに直接送金することで支援を行う。

令和6年9月末時点では、さらに増加して利用企業数は2,467社、支援対象者数は7,133人に達している。わずか半年で利用企業が約700社、支援対象者が約2,600人も増加したことになり、この制度が急速に普及していることがわかる。

導入している企業例は以下の通りだ。

企業 地域 業種 支援額/支援方法
ツルハホールディングス 北海道 卸売業・小売業 最大20,000円/毎月
ベルク 埼玉県 卸売業・小売業 最大15,000円/毎月
千葉市役所 千葉県 公務 社内規定による/12カ月ごと
ノジマ 神奈川県 卸売業・小売業 10,000円/毎月
大東建設 東京都 建設業 社内規定による/6カ月ごと
JR東日本 東京都 複合サービス事業 最大50,000円/毎年
松屋フーズホールディングス 東京都 宿泊業,飲食サービス業 月の返済額と同額/毎月
PR TIMES 東京都 情報通信業 10,000円/毎月
石川製作所 石川県 製造業 月の返済額と同額/毎月
パナソニック防災システムズ 大阪府 建設業 月の返済額と同額/毎月
中国新聞社 広島県 情報通信業 120,000円/年間
九電工 福岡県 建設業 15,000円/毎月

出典:企業等の奨学金返還支援(代理返還)制度検索結果

上記の例に加えて、2026年4月からは東証プライム上場企業の西部ガスホールディングスの傘下、西部ガスも奨学金返金制度(月額最大20,000円、最長10年、最大240万円)を新設すると発表している。

3. 企業が奨学金返済支援に乗り出す背景

企業がこの制度を急速に取り入れている背景には、複数の要因がある。

3.1 人材確保の競争激化

少子高齢化に伴う労働力人口の減少により、優秀な人材の確保は企業にとって喫緊の課題となっている。特に技術革新やグローバル化が進む中、高度な専門性を持つ人材へのニーズは高まる一方だ。

奨学金返済支援は、人材獲得競争において強力な差別化要因となる。特に初任給水準が業界内で横並びの場合、奨学金支援の有無が就職先選択の決め手になることも少なくない。

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3.2 社員の定着率向上への期待

新卒社員の早期離職は企業にとって大きな損失である。採用活動や研修にかかるコストを考えれば、優秀な人材の定着は経営上重要な課題だ。

奨学金返済支援は社員の経済的負担を軽減することで、長期的なキャリア形成を支援する効果がある。特に支援期間を複数年に設定し、段階的に支援額を増やす設計にすることで、定着率向上に寄与する。

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3.3 税制優遇措置の活用

2020年度税制改正により、企業が従業員の奨学金返済を支援する場合の税制優遇措置が拡充された。企業側は損金算入が可能となり、従業員側も一定の要件を満たせば支援額が給与所得とみなされず非課税となる。

この税制優遇措置により、企業にとっての奨学金返済支援の導入ハードルは大きく下がった。特に支援金額を給与ではなく福利厚生として扱うことができる点は、企業にとって大きなメリットとなっている。

3.4 社会的責任への意識

社会課題解決に貢献する企業活動への期待が高まる中、奨学金問題への対応は企業の社会的責任(CSR)活動の一環としても重要性を増している。若年層の経済的自立支援や将来の少子化対策にもつながるこの取り組みは、企業イメージの向上にも寄与する。

4. 奨学金返済支援制度のメリット

4.1 企業側のメリット

採用競争力の強化

奨学金を利用している学生は高等教育機関全体で約32.2%に達する。この層に対してアピールできる奨学金返済支援は、採用市場における強力な武器となる。特に新卒採用が難しい業界では、この制度が人材確保の決め手になることも少なくない。

定着率の向上

返済支援を受けている間は離職しにくいという心理的効果がある。支援期間を3~5年に設定することで、最も離職率が高い入社直後の数年間の定着率を高める効果が期待できる。離職率低下によるリクルートコスト削減も見逃せないメリットだ。

企業イメージの向上

若年層の経済的課題に積極的に取り組む企業として評価が高まり、採用ブランディングにもプラスとなる。また社内でも「社員を大切にする企業」との認識が広がり、エンゲージメント向上に寄与する。

税制上の優遇

企業は支援額を損金算入できるため、実質的なコスト負担は税制優遇により軽減される。これにより、比較的少ない実質コストで大きな効果を得られる施策として注目されている。

4.2 従業員側のメリット

経済的負担の軽減

毎月の返済額が軽減されることで、手取り収入が実質的に増加する効果がある。例えば月々2万円の返済額の半分を企業が負担すれば、年間12万円の可処分所得増加に相当する。これは若手社員にとって非常に大きな金額だ。

キャリア形成への集中

経済的不安が軽減されることで、若手社員は自身のキャリア形成に集中しやすくなる。また、副業などで返済資金を稼ぐ必要性が減り、本業への集中度が高まる効果も期待できる。

生活の質向上

奨学金返済のために我慢していた支出(住居費、結婚資金、自己投資等)に余裕が生まれ、生活の質が向上する。これは長期的には消費活性化や少子化対策にもつながり得る。

5. 今後の展望とまとめ

JASSOの最新データが示す通り、代理返還制度の利用企業数は急増しており、この傾向は今後も続くと予想される。特に中小企業においては、人材確保の強力なツールとして積極活用する動きが広がっている。

企業規模を問わず取り入れやすい制度設計も普及を後押ししている。支援対象者を全社員とするか特定の職種に限定するか、支援金額や期間をどう設定するかなど、各社の状況に応じたカスタマイズが可能な点も魅力だ。

政府も引き続き企業による奨学金返済支援を促進するため、税制優遇措置の拡充や広報活動を強化している。企業の人材戦略と国の教育政策が連携することで、奨学金問題の解決と人材育成の両立が期待される。

奨学金返済支援制度は、深刻化する奨学金問題に対する有効なアプローチとして、またビジネス面でも実効性の高い人材戦略として、今後さらに多くの企業に採用されていくだろう。企業と社員、そして社会全体にとって三方よしの取り組みとして、その重要性はますます高まっていくと考えられる。

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