企業価値を最大化させるためには、役員へのインセンティブプランを検討する必要がある。
インセンティブを与える方法としては、役員報酬の増額や賞与、自社株の譲渡等があるが、手続きとしては定款に定めることをはじめ、株主総会や取締役会での承認等が必要になる。
本稿では、その手続きや税務上の取扱い、社会保険における取扱いについて解説する。なお本稿は、2020年3月31日現在施行されている法律に基づいており、特段の記述がない場合、法人は取締役会設置会社、個人は日本居住者を想定している。
目次
役員報酬を支給する要件は?
会社法上の取扱い
役員とは、取締役、会計参与および監査役を指す。そのため、通常の従業員で執行役員として働く人は会社法上の役員には該当しない。
また取締役1に対する報酬(以下、役員報酬)の要件は会社法第361条に定められており、この規定に沿って手続が必要になる。重要な条文であるため、そのまま記載する。
(会社法361条)
取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。一 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額
二 報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法
三 報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容
ここで重要な点は、役員報酬は定款で定めている場合はそれに従い、定款で定めていない場合は株主総会の決議によって定められることだ。
定款で役員報酬を定めるケースは多くはないが、過去に定款に記載をしたままで、現在までその記載が残っていることがあるため、実際に役員報酬を支給する際は確認しておきたい。
1 監査役の報酬については会社法第387条に定められており、定款に定めがない場合は株主総会の決議によって決める点は取締役と同じだ。
その金額を超えて支払われる場合は、会社法に違反することになり、法人税法上は損金不算入として取り扱われ、税務上の経費として認められない。
なお、定款および株主総会の決議では、各人の個別報酬まで定める必要はなく、各役員の報酬の上限を決め、その内訳は取締役会や代表取締役が決めればいいことになっている。
法人税法上の取扱い
法人税法上の役員は、会社法で定めた役員のほか、使用人以外の者で法人の経営に従事している者や同族会社の使用人で一定要件を満たす者を含む(法法2十五,法令⑦,71①五)。
また、利益調整のために役員報酬の金額が決定されるおそれがあるため、それを防ぐために税務上の経費の要件が厳格に定められている(法法34①)。
・定期同額給与
定期同額給与とは支給月が1月以下の一定の期間ごとに支給される給与で、支給額が同額2であるものをいう(法法34①一)。
一般的に、金銭報酬はこの定期同額給与に従って支給されるケースが多い。
・事前確定届出給与
事前確定届出給与とは、所定の時期に確定した額の金銭および株式等を支給する給与で、定期同額給与および業績連動給与のいずれにも該当しないものをいう(法法34①二)。
役員の職務について株主総会で決議をした日から1月以内に、納税地の所轄税務署長に支給時期および支給金額を記載した届出を提出し、その提出金額に従って支給する必要がある(法法34①二,法令69③)。
事前確定届出給与は、以下の3類型を対象としている3
Ⅰ.確定した額の金銭
Ⅱ.確定した数の株式または新株予約権
Ⅲ.確定した額の金銭債権に係る特定譲渡制限付株式または特定新株予約権
なお金銭で支給を行う際、届出の金額と実際の支給額が異なる場合は、原則4としてその支給額の全額が損金不算入として扱われるため注意したい。
・業績連動給与
2 平成29年度税制改正において、定期同額として取り扱われる範囲が額面だけでなく、手取金額ベースで判定することもできるようになった(法令69②)。
3 株式報酬を支給する場合には、市場価格のある株式等や、その行使によって市場価格のある株式が交付される新株予約権で、その内国法人等が発行したものである必要がある(法法34①二ロハ)。
4 役員の職制上の地位の変更等による臨時改訂事由が生じた場合は、臨時改訂事由発生日から1月以内に、法人の経営状況が著しく悪化した場合等の業績悪化事由等が生じた場合は直前に届け出た内容を変更する株主総会等の決議日後1月以内に事前確定届出給与に関する変更届出を提出することで、その損金算入の金額を変更することができる(法令69⑤)。
業績連動給与とは、一定の会社がその業務執行役員に対して支給する、利益の状況を示す指標を基礎として算定される給与で、一定の要件を満たすものをいう(法法34①三)。
中長期の業績目標の達成度合いに応じて金銭を交付するパフォーマンスキャッシュや、株式を仮想的に交付し、一定期間後に企業価値の増減に応じて支給するファントムストック等があるが、本稿では説明は割愛する。
上記の方法で支給した場合でも、不相当に高額な部分がある場合は、当該金額については損金不算入として取り扱われる(法法②)。この「不相当に高額な部分」は、実質基準と形式基準で判定される(法令70)。
・実質基準
以下の事実に照らし、役員給与の金額が相当か否かを判定する。支給金額が高額と判断された場合、その高額とされる部分については損金不算入となる。なお、絶対的な安全基準は開示されていないので注意が必要だ。
①その役員の職務内容(役職、経験年数)
②その法人の収益の状況
③その法人の使用人に対する給料の支給の状況
④その法人と同種の事業を営む法人でその(収益状況を含む)事業規模が類似する法人の役員に対する支給状況等
・形式基準
会社法上の定めにおいて報酬限度額を定めている法人がその枠を超過して支払う場合、その超過部分については損金に算入できないことになっている。
定款の規定または株主総会等の決議により報酬の支給限度額を定めている法人が、各事業年度に実際に支給した報酬の合計額がその支給限度額を超える場合も、その超える部分の金額は損金に算入できない。
役員報酬は、原則として定期同額給与、事前確定届出給与、業績連動給与に該当するもの以外は税務上の経費として取り扱うことはできない。そのため、たとえば通年の業績が良かったことで支給されるような役員賞与は、その全額が損金不算入となる可能性がある。
次からは、非金銭報酬について説明する。
非金銭報酬の概要
役員への報酬は、金銭に限られていない。かつては新株引受権付社債を用いて非金銭報酬が支給されていたが、平成8年度税制改正においてストックオプションに関する税制が整備された(措法29の2)。また、平成28年度税制改正において特定譲渡制限付株式に関する税制が整備され、平成29年度税制改正における役員報酬に関する税制の改正により、株式交付信託等も損金算入ができるようになった。
ストックオプション
会社が役員等に対して、予め定められた価格で自社の株式(ストック)を購入できる権利(オプション)を付与するものであり、株価が上昇した時に権利を行使して低価額で株式を取得し、その株式を時価で売却して利益を得ることができる。
ストックオプションは、付与時・行使時・(株式購入後の)譲渡時に課税される。
通常は役員等へのインセンティブとして付与されるため、譲渡制限が付されたストックオプションが付与されることになる。譲渡制限が付されたストックオプションは換金性を有していないため、原則として付与時には課税されない。行使時および譲渡時は「税制非適格ストックオプション」の場合と「税制適格ストックオプション」の場合で異なる。以下で、これらに対する課税について説明する。
・(原則)税制非適格ストックオプション
行使時に「株式時価-権利行使価額」を通常給与所得として課税し5(所基通23~35共-6)、譲渡時は株式譲渡益に対して20.315%が課税される(措置法37の10,37の11)。
給与所得には所得控除があるが、その税金自体は累進課税であり、最高55.945%の税金が課される。
そのため、いわゆる1年ストックオプションのような報酬型ストックオプションを除き、付与されるケースは少ない。
・(特例)税制適格ストックオプション
以下の要件を満たすストックオプションを付与することで、行使時には課税されず(措法29の2)、株式譲渡時にその譲渡益に対して20.315%が課税される(措法37の10,37の11)。
税制適格ストックオプションは税率が20.315%に固定されるため、給与所得の税率よりも低くなるケースが多い。
対象者6 | 自社の取締役・使用人・執行役。但し大口株主等は除かれる。 |
1年間の権利行使価額の限度額 | 1,200万円 |
権利行使の期間 | 付与決議から2~10年 |
権利行使価額 | 付与契約締結時の時価相当額以上 |
権利の譲渡の可否 | 不可 |
その他 | 株式の管理に関する事項、特定新株予約権等の付与に関する調書等を提出する必要がある。 |
5 退職などをしなければ権利行使をできない場合や、退職後に極めて短期間に一括して権利行使をしなければならない場合、その所得は退職所得として取り扱われることがある(国税庁文書回答事例 「権利行使期間が退職から10日間に限定されている新株予約権の権利行使益に係る所得区分について」)。
6 令和元年度税制改正において社外人材に対しても税制適格ストックオプションを付与することができるようになった。
昨今は、M&A等で買収会社が適格ストックオプションを買い取るケースもある。適格ストックオプションには譲渡禁止の要件が付されているため、買い取られた際にその適格性は失われて非適格ストックオプションとなり、譲渡益については給与所得等として課税されることになる。
権利確定条件付き有償新株予約権(以下、有償ストックオプション)
税制非適格ストックオプションには行使時に累進課税が適用され、税制適格ストックオプションはその要件が厳しいことがある。そのため、役員等に新株予約権を有償で時価発行することがある。
有償ストックオプションが交付された時は、時価でその権利を購入しているため、特段の課税関係は生じない。また行使時においても、時価発行された新株予約権を行使した場合は課税されず、譲渡時に株式譲渡所得として20.315%の分離課税が行われる。
つまり、税制適格ストックオプションに近いメリットを受けつつ、その税制適格ストックオプションに課される要件までは求められないインセンティブプランと言える7。
株式報酬
株式による報酬は、経営陣に株主目線での経営を促すことや、中長期的な目線での経営を促すことに役立つことがある。株式報酬はその目的に応じて、職務執行開始時に交付される事前交付型と、先にポイント等を付与し、一定期間後に株式を付与する事後交付型に大別される。
事前交付型には会社が役員等へ譲渡制限等を付した株式を直接付与する譲渡制限付株式等があり、事後交付型には信託等を用いて株式を交付する株式交付信託や、業績条件に応じて株式を交付するパフォーマンスシェア等がある。本稿では、事前確定届出給与に該当する特定譲渡制限付き株式と株式交付信託について説明する。
なお、会社法上の手続としては、制度導入時において通常の金銭報酬の決議とは別枠で株主総会の決議において設定されるケースが多いと考えられる。
・特定譲渡制限付株式(いわゆるリストリクテッド・ストック)
特定譲渡制限付株式とは、一定要件を充足する譲渡制限が付された株式を付与する株式報酬のことで、譲渡制限を付すことで役員等にその期間のリテンション効果が期待できる。
法人税法上損金として取り扱うためには、以下の条件を満たす必要がある(法法54①,法令111の2)。なお、特定譲渡制限付株式8の交付は事前確定届出給与に該当するが、要件9を充足すれば税務署への届出は不要だ(法法34①二,法令69③)。
7 行使価額の算定では、モンテカルロ法などを用いることになるため、株価算定費用が通常のストックオプションよりも高くなることがある。
8 ①および②を満たすものを譲渡制限付株式といい、譲渡制限付株式であって、③を満たすものを特定譲渡制限付株式という。
9 職務執行開始日(原則、定時株主総会の日)から1月を経過する日までに、取締役会等で取締役個人に対する金銭報酬債権の付与を決議すること等が必要になる。
①譲渡等についての制限が付され、かつ譲渡制限期間が設けられていること
②株式を交付した法人等が無償で取得することが定められていること
③役務提供の対価として個人に生じる債権の給付と引き換えに交付されるもの等であること
・株式交付信託
株式交付信託とは、会社が金銭を信託に拠出し、当該信託が市場等から株式を取得後、一定期間経過後等に役員に株式を交付するものをいう。
なお、株式交付信託を用いる際の税制はその信託契約によって異なるため、本稿では事前確定届出給与に該当するものに限定をして説明する。
具体的には、以下のイメージ図を参考にしてほしい。
上記イメージ図において①10~③については役員に対して何も付与されていないため、特段の課税関係は生じない。会社から信託銀行に対して金銭の信託がされているが、法人税法上は同一法人内での資金移動として課税関係は生じない。
④の株式を交付した際、役員等は株式給付信託の受益者として確定するため、給与所得等を認識することとなる。
なお、事前確定届出給与として法人側で損金算入する場合は、特定譲渡制限付株式のような特例はなく、税務署への届出が必要であることに注意したい11。
社会保険の取扱い
社会保険において賞与とは、賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が労働の対償として受けるすべてのもののうち、3⽉を超える期間ごとに受けるものをいう(健康保険法3条6項)。そのため金銭賞与を支給した際には、当然社会保険料を納付する必要がある12。ここで、非金銭報酬について社会保険料の対象になるか否かが問題になる。
10 ①の役員報酬規程等において、確定した数の株式を交付する旨の定めをする際に、赤字決算の場合等一定の場合にはポイントをすべて没収して株式を交付しないという条件を付した場合でも、事前確定届出給与の対象になると解される。
11 特定譲渡制限付株式と株式交付信託を比較する際、信託銀行等への報酬の違いも検討する必要がある。前者は特段信託銀行等との契約はないため、費用は生じないと考えられる。株式交付信託の場合は信託銀行等と契約することになるため、費用が生じることになる。ただし株式交付信託のほうが報酬制度の選択肢が広がるため、採用されることが多い。
上記の事例で言うと、ストックオプションは社会保険料の対象にならず、それ以外の株式報酬は社会保険の対象になると考えられる。
ストックオプションが除外されている理由であるが、ストックオプションから得られる利益は、発生時期および額ともに労働者の判断に委ねられているため労働の対償ではなく、労働基準法第11条の賃⾦には当たらないものとされている(平成9.6.1基発第412号 改正商法に係るストックオプションの取扱いについて)。
一方で、その他の株式報酬については明確な取り扱いは示されていないが、労働者の判断に委ねられていないこと、賃金が支給の名称を問わずに労働の対償として支払われるものが対象となっていることから、社会保険料の対象になると考えられる。
役員報酬は会社法の規定などを横断した検討が必要
役員へのインセンティブプランは、平成29年税制改正で広く設定できるようになった。自社の企業価値を最大化するためには、その会社のステージに合ったプランを導入する必要があるだろう。
また、役員報酬は会社法の規定、法人税法・所得税法、社会保険上の規定と、各法律を横断した検討が必要になるため、その導入にあたっては各法律の影響を把握する必要があるだろう。
12 年4回支給されることが予め確定しているような賞与の場合は、社会保険において給与と同じ性質があるものとして取り扱われると考えられる。
文・森将也(税理士)