2024年の春闘で実現した大幅賃上げの実態を詳しく見ると、企業規模や労働者の年齢層によって、その恩恵に大きな差があることがわかってきた。特に注目すべきは、大企業と中小企業の間の賃上げ格差、そして若年層と中高年層の間の賃上げ配分の違いだ。本稿では、春闘の賃上げ実態を多角的に見て、その中に潜む課題や矛盾点を明らかにするとともに、政府が目指す「賃上げと経済の好循環」の実現に向けた課題について解説する。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部)
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春闘の大幅賃上げ、大企業と中小企業で大きな差
今年の春闘の大幅賃上げが話題になっている。労働組合の連合の定昇込み賃上げ率は5.08%(6月3日、第6回集計)。経団連の発表でもベースアップ(ベア)を含む賃上げ率は5.58%(5月20日発表、1次集計)と、いずれも1991年以来、33年ぶりの高い水準となっている。
ベアだけで3%を超え、誰もがインフレをカバーする賃金を受け取れそうだが、必ずしもそうではない。賃上げ率はあくまで平均であり、大企業と中小企業の規模間格差も問題になっている。
連合の集計では1000人以上の企業の定昇込みの賃上げ率は5.19%(1万6211円)、100~299人の企業は4.62%(1万2017円)、99人以下の企業は3.96%(9586円)と規模間の格差がある。
実質的な賃上げであるベアに限定すると、従業員1000人以上の企業は3.59%(1万1126円)、100~299人の企業は3.25%(8616円)、99人以下の企業は2.85%(7167円)。日本の労働者の圧倒的多数を占める99人以下の企業は、2023年の物価上昇率3%を下回っていることがわかる。
中小企業間でも労組の有無で格差拡大
一方、日本商工会議所・東京商工会議所が「中小企業の賃金改定に関する調査」集計結果(2024年6月5日)で2024年の賃上げ結果を発表している。
「賃上げを実施(予定含む)」と回答した企業は74.3%となった。従業員数20人以下の企業では63.3%と全体より11ポイント低かった。
賃上げ率は定昇込みで3.62%(9662円)。20人以下の企業では3.34%(8801円)だった。 連合が集計した300人未満の企業の賃上げ率は4.45%(1万1361円)であるが、それよりも低い賃上げにとどまっている。中小企業でも労働組合のある企業とそうでない企業の格差も拡大していることがわかる。
賃上げ原資のほとんどが若年層へ、中高年層には賃上げ効果は薄い
また、世代によっても賃上げ格差があることがわかっている。
三井住友信託銀行が「経済の動き~歴史的賃上げも40・50代は負担増で憂き目」(調査月報2024年5月号)を公表している。
それによると、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」の2023年の標準労働者各歳所定内給与額に、今年の連合の賃上げ率(5.24%=第3回集計)のベア率3.63%と賞与引上げ率を乗じ、2024年に受け取る各歳別年収を算出している。加えて、2024年のベア率を乗じた金額をベースに収入で異なる税・社会保険料制度を反映した23~24年の可処分所得を試算している。
その結果、大卒男性の2024年の定昇込み賃上げ率は、29歳までが前年比11.5%であるのに対し、30~39歳が6.7%、40~49歳4.9%、50~59歳が4.6%となっている。さらに可処分所得ベースの賃上げ率は29歳までが11.3%と、わずかに0.2%しか下がっていないのに対して、40~49歳は4.0%と0.9%も低くなっている。
2023年の賃上げも平均3%超えの賃上げ率だったが、賃金構造基本統計調査の年齢別調査では、賃上げ原資の若年層への配分が大きく、40代以降の配分が少ないことがわかる。加えて、厚生年金・健康保険料・介護保険料の算定で使われる標準報酬月額の所得幅が大きい40~50代にとっては負担も大きく、可処分所得ベースでも賃上げ効果が薄いことがわかる。
また、この調査は今年のベア率が各年齢均等であることを前提にしているが、配分によってはさらに中高年層の賃上げ率が低くなることも予想される。
就職氷河期世代、上がらない賃金・賃上げ配分少・早期退職者募集と受難続き
ところで40~50代といえば、1993年から2005年に入社した就職氷河期世代でもある。 彼ら・彼女らはなんとか就職できても入社後も賃金が上がらない生活を送ってきた。
そしてようやく大幅賃上げの時代を迎えても若年層よりも配分が小さいという憂き目にあっている。
就職氷河期世代の受難はそれだけではない。今年に入り、構造改革という名の早期退職者募集が急増している。東京商工リサーチの5月16日現在の上場企業の「早期・希望退職者募集」実施状況によると、募集した企業は27社、対象人員は4474人。前年同期の3倍を超え、2023年の1年間で実績(3161人)を1313人も上回り、年間1万人超のペースをたどっている。実はそのリストラのターゲットになっているのが就職氷河期世代だ。
大手企業では資生堂の1500人、オムロンの国内1000人、コニカミノルタが2400人のリストラに踏み切っている。また、上場を廃止した東芝も5月16日、国内グループ全体で最大4000人の早期退職を募ると発表している。
たとえばオムロンの希望退職者募集では「勤続3年以上かつ年齢40歳以上の正社員およびシニア社員」を対象にしており、東芝も50歳以上の社員を対象にしている。 リストラをする場合、相対的に賃金が高い中高年層を狙い撃ちにするのは昔も今も変わらないが、今回のリストラでは、今までは異なる事情も加味されているのではないかと推察している。
早期退職者募集は大幅賃上げ圧力への対策か
それは昨今の大幅な賃上げ圧力への対策だ。東京商工リサーチの4月24日調査でもこう述べている。
「目まぐるしく変化する経済環境のもと、上場企業は事業セグメントの見直しや祖業からの転換を迫られている。こうした動きを反映し、賃金上昇による固定費上昇を抑制するため、構造改革による『早期・希望退職者』募集をさらに加速する可能性が高い」
賃上げ圧力もリストラの要因であると指摘している。 そしてその対象になっているのが就職氷河期世代だ。たとえば東芝は今年の春闘で、昨年の7000円を大幅に上回る1万3000円のベアアップを回答したばかりである。その一方で4000人のリストラを発表している。世の中の賃上げ圧力に対して賃上げせざるを得ない状況にあるが、人件費の高騰を回避するために中高年層の人員削減に踏み切った象徴的なケースといえる。
しかし、こうした状況は政府の政策や岸田政権が目指す「賃上げと経済の好循環」と矛盾している。政府は現在「就職氷河期世代活躍支援」に注力している。ところが賃上げでは若年層に手厚くする一方で、子育て世代の中高年層の賃上げ率が物価上昇率に届かないばかりか、一部はリストラの憂き目にあっている。 日本経済にとっても中高年層の可処分所得が低い状況では消費が盛り上がることはないだろう。