矢野経済研究所
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6月4日、有権者約9億7千万人を擁するインドの総選挙が開票された。結果は与党連合「国民民主同盟(NDA)」が293議席を獲得、過半数を確保した。モディ首相は与党連合の3期連続の勝利を「歴史的偉業」と自賛、6月8日の宣誓式に臨む。とは言え、モディ氏率いるインド人民党(BJP)は2019年選挙の303議席から240議席に後退、単独過半数272議席に届かなかった。野党連合は229議席に躍進、これに対抗するうえでもNDA側の少数政党の影響力も強まる。国政におけるBJPの求心力低下は避けられまい。

一方、国際社会におけるインドの存在感は揺るがないだろう。人口は既に中国を抜き世界1位、ドイツを抜いてGDPが世界3位となるのも時間の問題だ(IMF予測では2027年)。初代首相ネルー氏から続く全方位外交も顕在だ。2022年9月、モディ氏はプーチン氏との首脳会談の席上「今は戦争の時代ではない」と直言する一方、欧米の対露制裁には加わらずロシア産原油の輸入を拡大、ロシア経済を下支えする。中国とは国境で対峙しつつ、上海協力機構(SCO)のメンバーでもある。米バイデン政権には国賓として迎えられ、2023年にはG20首脳会議で議長国を務めた。

インドの立ち位置は “グローバルサウス” の盟主である。植民地時代の負の遺産をひきずり、富の配分や国際秩序の在り方に不満を持つ新興国や途上国のリーダーとして振る舞う。そして、そのためには自由、人権、民主主義といった価値観を越えて、政治的に “中立” である必要があり、ここをカムフラージュに自国の利益を徹底追求するのがインド流と言えよう。

問題はモディ氏の極端なヒンドゥー主義化、権威主義化である。選挙期間中、氏は自身を「神に選ばれし者」と称し、イスラム教徒を「侵入者」と表現した。圧勝が予想されたBJPの苦戦は格差の拡大、失業率の高まりが主因とされるが、独立以来の国是である政教分離主義の放棄に対する批判票も少なくないだろう。ヒンドゥー原理主義にもとづく国家建設が氏の理想であれば、多様性と非同盟主義に支えられたインドの強みはやがて失われてゆくはずだ。対立と分断は停滞を招くだけである。グローバルサウスのリーダーが目指すべきは1947年に掲げられたインド独立の理想である。

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代表取締役社長 水越 孝