身体障がい者の方に寄り添ったバリアフリー情報の提供や、店舗や商業施設のバリアフリー対策のプロデュースを行う一般社団法人Ayumiの代表理事・山口広登さん。何も知識のないところから福祉事業に携わることになったきっかけや、現在の活動におけるこだわり、今後のビジョンなどを伺いました。 |
従兄弟との旅行を機に起業を決意
『一般社団法人Ayumi』では、メインの事業が2つあります。ひとつはバリアフリー情報サイトの運営です。身体障がい者向けのサイトでよくあるのが、ホテル・旅館、飲食店のみの情報が掲載されたものですが、私たちはもっと日常生活に寄り添った情報を提供しています。
具体的には、新幹線の優先席の予約方法や、障がい者年金など、障がい者の方が日常生活を送るうえで知っていた方が良い情報にフォーカスしています。さらに、バリアフリー認証店舗の情報などを載せています。
もうひとつの事業は、その調査を元に記事を作成して、その後の伴走支援も行うことで、障がい者のバリアフリー情報のアップデートをする認証サービスの運営です。
私が150人以上の身体障がい者の方々とブレストをして、85のチェック項目と26の審査項目からなるバリアフリー調査があります。店舗側はバリアフリーだと思っていても、障がい者側からするとそうではないことがあるので、障がい者の方から店舗側に直接アドバイスしてもらっています。
この2つの事業で行っている情報サイトと認証サービスが、シナジーを生む形で展開しています。
もともと起業したいと思っていませんでしたし、福祉・障がい者支援に興味があったわけではありません。月曜から金曜まで会社で働いて、土日は趣味の登山やフットサルをしたり、飲み会に行ったりという普通の会社員の生活を送っていました。
社会人としてのスタートは、東証プライム上場していて社員数1,500名規模の会社に営業職で入社して3年ほど勤務。同期の中で必ずトップになるんだと心に決めて働いていましたね。
でも、そんなタンカを切っておきながら営業成績は最下位。会社に行くと「何で会社に来ているの?」と言われる始末です。当時の上司がものすごく怖い人で、怒られたくないという感情から上司にもお客様にも嘘をついていたんです。
それを見ていた新しい上司から「まず半年間は1度も嘘をつくな」と言われました。営業成績は気にしなくていいから自分のあり方を見直すように指摘されたんです。本当に人としてダサいと強く思うようになり、決意を新たにしてガラッと変わりましたね。
そこから「もっとできることがある」と感じて当時7名ほどしかいないベンチャー企業に転職して、カスタマーサクセスやマーケティング、新規事業の立ち上げに携わっていました。
ベンチャー企業の代表や執行役員の背中を見て、漠然と「自分も起業してみたい」と考えるようになりました。そこからさらに起業を強く意識したのは、車椅子ユーザーの従兄弟と熱海へ温泉旅行に行ったことがきっかけです。
私が旅行の予約やスケジュール組みをして、旅館に問い合わせたところ、お風呂はバリアフリーになっていて車椅子でも問題ないとのことでした。実際に行ってみるとお風呂の入り口はバリアフリーだったのですが、浴室と浴槽が階段だらけだったんです。
従兄弟は「慣れているから大丈夫」と言っていましたが、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。従兄弟の発言から察するに、バリアフリーと言われていてもそうではないことがよくあるということですよね。
その慣れを当たり前にしてはいけないなと強く感じました。まず自分が着手すべきは、バリアフリーに関する情報提供だと思い起業を決意しました。
車椅子で生活することで当事者の気持ちに寄り添う
温泉施設で気がついた世の中への怒りが起業のきっかけでしたが、その時はそんなに貯金があるわけでもなく、人脈もない、特別なスキルもないとマイナスなことばかり考えていました。そもそも福祉の業界についても何も知らないけど大丈夫かなという不安がありました。
それでも続けることができた理由は3つあります。1つは始めたからにはやめたくないという思い。2つ目は利己的な考え方が元になっているということ。3つ目は車椅子の従兄弟の寂しい顔を見たくないという気持ちです。この3つがあったから、不安でも起業してやっていこうと思えました。
起業当初は悩むことばかりでしたが、その間に40〜50名くらいの車椅子ユーザーの方とディスカッションをして、どんなサービスがあったらいいかをヒアリングしました。
そこで出た課題がまだふわっとしていたので先輩に相談したところ、「実際に車椅子に乗ってみたらいい」と提案されました。当事者の理解に及ばないなら、自分が体験してみたらいいと言われて、本当にその通りだと思いました。
先輩から言われたその夜に従兄弟に連絡をして余っている車椅子を貸してもらい、次の日からすべて車椅子の生活がスタート。
それをやったからこそ、身体障がい者の方々も私が本気だと認めてくれるようになり、人を紹介していただくことが増えました。中でも車椅子トラベラーの三代達也さんや、障がい者の方にまつわるビジネスをしている方など、貴重な出会いがたくさんあります。
私が仕事をするうえで大切にしていることは「素直さ」「謙虚さ」「誠実さ」です。一緒に働くメンバーには自分の心身が健康なのは大前提で、どれだけお客様の期待を超えられるかが勝負だと話しています。
期待に応えるのは当たり前で、「どうやったら期待を超えられるか」がポイントです。“応える”と“超える”では大きな違いがあります。期待を超えようとすると自然に「誠実さ」がついてくると思います。
『令和の虎』での成功体験からより強固になったミッション
『障害者.com』というサイトを運営している会社の社長の勧めで、YouTubeチャンネル『令和の虎』に応募してみることにしました。最初の面談で捨て台詞のように「“ALL”はしないと思うけど頑張ってください」と言われたんです。その言葉が悔しくてスイッチが入りましたね。
社会貢献性が高いことだけにフォーカスされたのも悔しかったです。社会貢献だけでなく、ビジネスとして売上を上げていけることをどうやったら証明できるのか悩みましたね。
また、『令和の虎』では障がいやバリアフリーの分野で、ALL OR NOTHINGは私が初めての挑戦者。ここで、NOTHINGになってしまったら、業界全体がNGだと思われてしまうのは避けたいと思いました。
大変だったのは、事業計画書を練る時間が2週間しかなかったことです。当時1度も『令和の虎』を観たことがなくて、その2週間で番組を150本ほど観て作戦を立てました。
想定問答を60問くらい用意しましたが、自分の事業に対してそこまで数字に向き合ったのは初めての経験でした。完全ALLしたのは非常に嬉しかったのですが、徹底的に数字に向き合って事業計画を練り上げられたことが本当の財産だと思っています。
福祉関係のNPO法人は、数字に向き合いたくないという法人も多いんです。経営者として数字から逃げてはいけません。私自身は逃げているつもりはなかったですが、やっていないという事実を突きつけられたのがよかったです。
2023年9月4日に放映されてから2ヶ月ほどで、「一緒に仕事がしたい」と約20名の応募がありました。優秀な方がたくさん集まってくれて、人材に恵まれているのはありがたいです。
対外的には、ずっと連携したいと思っていた工務店、デザイン設計の会社、建築会社との提携が決まりました。また、大手不動産会社の商業施設との提携も決まるなど良い方向に進んでいます。
他には、クラウドファンディングにも挑戦しました。目標金額を達成したことはもちろん嬉しかったのですが、一緒に働く仲間の成長を見ることができた貴重な機会となりました。
私が戦略やプロジェクトの全体像の明確化・フローを立てて、右手首と首から上しか動かない身体障がい者の男性にプロジェクトリーダーを任せました。すべての動作が私たちよりも遅く、社会人経験が少ない彼が毎日Instagramでクラウドファンディングの投稿をしてくれました。
さらに、Ayumiのクラウドファンディング終了後、クラウドファンディングのコンサルをAyumi抜きで、個人で3件受けれるくらいには成長していました。
大変な思いをあえて挑戦させていく中で成長を間近で見ることができ、人材育成やマネジメントについての学びが、クラウドファンディングでの一番の収穫だと思います。
私たち『一般社団法人Ayumi』のビジョンは、障がいの有無に関係なく選択肢がある社会をつくっていくことです。障がいがあるからできないではなく、障がいがあってもできることはあります。選択肢が1つだったものが、3つ、5つと増えていって、選べることの幸せを感じてもらいたいです。
できないと思っていたことが情報や経験によって選択肢が増えて、視野が広がって人生がどんどん楽しくなっていくような社会に変えていきたいと思っています。
また、バリアフリー店舗の立ち上げと改装を進めていきたいですね。店舗の設計だけでなく、認証、アドバイスや講習もできるので、このサービスを強化していきます。