

東京証券取引所(以下、東証)に上場している企業数は、2018年12月末時点で3,655社、2019年12月末時点で3,706社であり、51社増加している。
かつて東証の市場は東証一部、東証二部だけだったが、1999年11月にマザーズが開設、2013年に大阪証券取引所との市場統合によりJASDAQが移管された。その結果、現在の東証の上場会社数は1990年末の2倍以上になっている。上場している株式会社は全体の1%未満であり、「選ばれた会社」と言えるだろう。
ここでは、上場の条件やメリット・デメリットなどについて解説する。市場の種類や上場までの流れについても触れていきたい。
目次
そもそも株式上場とは?
株式上場とは、証券市場に自社株式を流通させ、一般投資家が売買できるようにすることをいう。一般投資家が安心して株式を売買できるよう、経営の透明性や事業の継続性が求められるため、上場前には求められなかった事項や費用が発生することになる。
しかし、上場することで上場前には調達できなかったような金額を調達できるようになったり、知名度・信用力の向上によって販売先・取引先が増えたり、優秀な人員が集まりやすくなったり、従業員の士気が向上したり、法定監査などを継続的に受けることで社内管理体制が構築されたりするなど、多くのメリットを享受できる。
株式上場によって、未上場企業にはできない経営ができるようになるのだ。
代表的な取引所における上場の条件と審査の内容
代表的な取引所における上場の条件と審査の内容を抜粋して表にまとめた。なお、東証二部とJASDAQは同じ基準を採用している。
上場の条件

上場審査の内容
東証(一部・二部)の上場審査の内容は次の通りだ。

マザーズの上場審査の内容は次の通りだ。
中小企業が上場する4つのメリット
続いては、中小企業が上場するメリットを4つの観点から紹介する。
メリット1.知名度が向上する
上場して株式を投資家に売り出すことをIPO(新規公開株)という。IPO株投資は利益が出やすいことから投資家に注目されている。雑誌やネット記事で特集が組まれることも多いため、知名度が上場のタイミングで大幅に向上しやすい。
上場すると株価が毎日公開される。日経新聞や会社四季報の読者、投資家など、さまざまな人の目に触れる機会が必然的に増えるだろう。
メリット2.優秀な人材を採用しやすくなる
知名度の向上は、顧客に対するブランディングだけでなく、採用戦略でも有利に働くことが多い。
たとえば、採用サイトや転職サイトでは、検索条件に上場企業という項目が設けられていることも多い。上場することで、信頼できる企業で働きたいと考える優秀な人材を採用しやすくなる。
メリット3.資金調達の選択肢が増える
上場するには厳しい基準をクリアしなければならない。つまり、上場企業は信頼できる企業ということだ。そのため、金融機関から資金調達しやすくなることも多い。
株式を売り出すことで、一般投資家からも資金調達できる。資金調達の選択肢も増えるだろう。
メリット4.創業者利益を確保できる
非上場では、自社株を換金することは難しい。換金性はなくとも評価額は高くなることも多く、相続で自社株が大きな問題となるケースもある。
しかし、上場すればいつでも株式を売却可能だ。株式の換金性が高まり、創業者利益を確保できる。
中小企業が上場する3つのデメリット
上場は中小企業にさまざまなメリットをもたらすが、注意しておきたいデメリットもある。続いては、上場前に考慮すべき3つのデメリットについて解説する。
デメリット1.敵対的買収のリスクがある
株式を上場することは、誰もが株式を自由に売買できることを意味する。大口の投資家が株式を買い占め、経営の支配に乗り出す可能性も否定できない。
個人投資家だけでなく、競合他社に株式を買い占められ、経営権を奪われてしまうリスクもある。買収先の同意を得ない強制的な買収は、敵対的買収と呼ばれている。日本でも敵対的買収は一時期メディアをにぎわせた。
リスクがある以上、上場前に敵対的買収への対策を十分に検討しておきたい。
デメリット2.上場コストが発生する
上場に際して多額の上場コストが発生する。
日本取引所グループの「2020〜2021 新規上場ガイドブック」によると、上場時にかかる主な費用は次の通りだ。
この他にも「公募又は売出しに係る料金」として、株式数や株価に応じて費用が発生する。
上場後も、上場会社は時価総額に応じて「年間上場料」を支払わなければならない。年間上場料は時価総額が高くなるほど上がる。
たとえば年間上場料は、マザーズで時価総額が50億円以下なら48万円だが、東証一部で時価総額が5,000億円を超える場合は456万円だ。
デメリット3.株主への配慮が求められる
株主には、経営方針等について経営陣に意見する権利がある。上場した場合、企業の所有者ともいえる不特定多数の株主の意見を考慮しなければならない。経営陣が自由に意思決定できるわけでないことに注意が必要だ。
資金調達のためには、株主への情報開示をはじめとしたIR活動も実施する。IR活動を専門とする部署の設置や、IR活動に精通した人材の確保などもあわせて検討しておく。
東証における4つの市場
株式上場の際は、上場する市場を選ぶことになる。東証は4つの市場(本則市場、マザーズ、JASDAQ、TOKYO PROマーケット)で構成されており、会社の規模や性質によって所属する市場が異なる。
一般向けの市場として東証一部と東証二部があり、これらを本則市場と呼ぶ。また新興・成長企業向け市場として、マザーズ、JASDAQ、TOKYO PROマーケットがある。以下で、それぞれの特徴を説明する。
市場1.本則市場(東証一部・東証二部)
日本を代表する大企業・中堅企業が上場する、日本の中心的な株式市場である。特に市場第一部は、海外投資家による売買が多く、市場規模や流動性においても世界のトップクラスの市場と言えるだろう。
東証一部に直接上場することもできるが、マザーズを経由して上場する場合は緩和される要件もある。またマザーズ上場後、短期間のうちに本則市場に変更する場合は、一部の審査が省略されることもある。
市場2.マザーズ
マザーズは、近い将来東証一部へのステップアップを視野に入れた成長企業向けの市場なので、会社には「高い成長可能性」が求められる。高い成長可能性を有しているかどうかについては、主幹事証券会社がビジネスモデルや事業環境などを基に評価し、判断する。
マザーズは、あくまでも東証一部へのステップアップのための市場なので、上場後10年経つと市場変更(本則市場への変更)かマザーズでの継続上場を選択することになる。一定要件を満たさない場合は、上場廃止になることもある。
市場3.JASDAQ
JASDAQは、「信頼性」「革新性」「地域・国際性」という3つのコンセプトを掲げる市場だ。JASDAQには「スタンダート」と「グロース」があり、前者は一定の事業規模と実績を有する成長企業を、後者は特色ある技術やビジネスモデルを有し、成長可能性に富んだ企業を対象としている。
市場4.TOKYO PROマーケット
プロ投資家を対象にした市場だ。一般投資家はここで株式を売買することができず、非常に限られた市場と言えるだろう。2009年6月に母体となるTOKYO AIMが開設され、2012年7月にそれがTOKYO PROマーケット市場に継承された。上場企業数は、東証の1%程度しかない。
株式上場までの流れ
株式上場までの流れは、以下の図のとおりだ。

株式上場をしようとする期を「N期」とすると、その3期前である「N-3期」以前から準備をする必要がある。通常は、N-3期の時点で証券会社や監査法人を選定しなければならない。証券会社や監査法人による指導を受け、N-3期からN期にかけて会社を成長させ、上場審査を通過すると株式上場となる。
本稿では、新規上場で選ばれることが多いマザーズを中心に説明する。
各担当者の役割及び上場審査手続
マザーズに株式上場をする過程で、会社はプライベートカンパニーからパブリックカンパニーへと成長を遂げることになる。一般投資家の投資対象になるため、投資者保護の観点から上場会社としての一定の適格性を有しているかどうか、監査法人による監査や証券会社による審査が行われる。

監査法人による監査
監査法人は、上場を目指す会社に対して課題調査(ショートレビュー)や監査などの業務を提供する。
監査を実施するにあたって対象会社に対して課題調査を行い、会社の内部管理体制における課題を洗い出す。その後金融商品取引法に準じた監査契約を締結し、N-2期およびN-1期の監査、N期の四半期レビューなどを実施する。
株式上場前から監査が必要な理由は、上場時に開示される「新規上場申請のための有価証券報告書」に財務諸表が添付されるため、当該財務諸表の適正性を監査法人がチェックし、投資家を保護するためだ。
監査などを通じて、監査法人は会社の内部管理体制の構築を支援する。ベンチャー企業などは業務プロセスの整備・運用がなされていないケースがあり、決算数値が誤って集計されることもある。そのため、監査を通じて業務プロセスの歪みを正す指導を行うのだ。
証券会社による審査
株式上場においては、証券会社の営業部門、引受部門、審査部門と連携することになる。営業部門は主に事業会社のパートナーとして上場準備初期段階の支援を行い、引受部門は主幹事証券として事業会社に上場のための指導を行う。その後、審査部門において主幹事証券としての審査を行い、審査終了後に証券取引所の審査に進むことになる。
証券会社の引受審査は、その証券会社独自の視点はあるものの、日本証券業協会で例示されている以下の9つに関する項目について厳正に行われる。
①公開適格性
②企業経営の健全性および独立性
③事業継続体制
④コーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制の状況
⑤財政状態および経営成績
⑥業績の見通し
⑦調達する資金の使途(売出しの場合は当該売出しの目的)
⑧企業内容などの適正な開示
⑨その他会員が必要と認める事項
証券取引所による審査
主幹事証券会社による審査が終了すると、会社は証券取引所の上場審査部へ上場申請を行うことになる。
証券取引所は、株主数や時価総額など定量的な「形式要件」と、開示の体制やコーポレート・ガバナンスの状況などを確認する定性的な「実質審査基準」で審査を行う。要件をすべてクリアしなければならないわけではなく、市場の特性などを考慮して総合的に判断される。
なお審査は申請会社だけでなく、その子会社・関連会社で構成される企業グループに対しても行われるため、M&Aを実施した場合は子会社なども審査対象になることを覚えておきたい。
・形式要件
東証マザーズの形式基準は以下の通りとなる。
マザーズはベンチャー企業が上場することが多く、直近の利益の額について形式要件は要請されてはいない点に特徴があるといえる。
そのため赤字で上場するケースもあり、実際に2019年に上場した会社でも株式会社Sansan、株式会社BASEを含めた20件以上もの会社がある。

・実質審査基準
市場によって審査内容は異なるが、東証マザーズは将来東証一部へのステップアップを視野に入れた成長企業向けの市場なので、特に小規模なベンチャー企業が上場するケースが多い。一般投資家を保護するために、以下の事項が重点的に審査される。
①企業内容、リスク情報等の開示の適切性
企業内容、リスク情報などの開示を適切に行うことができること。
②企業経営の健全性
事業を公正かつ忠実に遂行していること。
③企業のコーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制の有効性
コーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制が、企業の規模や熟練度などに応じて整備され、適切に機能していること。
④事業計画の合理性
当該事業計画を遂行するために必要な事業基盤を整備していること、または整備する合理的な見込みのあること。
⑤その他公益または投資者保護の観点から取引所が必要と認める事項
(ex.株主などの権利内容およびその行使の状況が、公益または投資者保護の観点で適当と認められることや、経営活動や業績に重大な影響を与える係争などを抱えていないことなど)
上場はメリット・デメリットを見極めて行いたい
ここまで、株式上場の流れと条件の要点について説明してきた。
ベンチャー企業が株式を上場する際は、既存の業務フローを大幅に変えることになるため、多大な労力が必要になる。また株式上場の条件はとても厳しく、株式上場後も法定監査や一般投資家の対応などもあり、短期的なデメリットばかりが目立つかもしれない。
しかし前述のとおり、株式上場をすることで多額の資金調達ができるようになったり、優秀な人材を採用することが容易になったりする。未上場企業が選択できない手段を取ることができるようになるため、企業が目指す姿に大きく近づくことができるはずだ。
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文・森将也(税理士)