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NPO法人ステップハートは、児童福祉法に基づく放課後等デイサービス事業を群馬県前橋市内2ヶ所で運営する。18歳未満の障がいを抱えた就学児を対象に、日常生活に必要な動作に加えコミュニケーション能力や社会性を養う療育事業であり、特に作業療法士による調理や工作といった手作業の指導を通じて利用児童に「できる」自信を醸成する支援策に力を入れる。一方、施設間で業務のシステム化などを共有するビジネスモデルの構築を進め、今後の施設増設を視野に入れる。(TOP写真:「ステップハート新前橋」の活動室で勉強する小学校低学年の利用児童)
前橋市内で2施設を運営 新築で安全と使いやすさに配慮
NPO法人ステップハートは2017年4月に設立し、翌2018年4月に群馬県前橋市総社町に放課後等デイサービス「ステップハート」を開設した。さらに、2023年3月には前橋市新前橋町に2施設目の「ステップハート新前橋」をオープンした。
2施設はいずれも新築で、施設内はバリアフリーとし、入り口には車いすが利用できるスロープを設け、利用児童が安全で使いやすい環境に配慮する。放課後等デイサービスの施設は一般的に改築物件が多く、新築での運営は珍しく、施設内の造りには行政から合格点を得たという。
放課後等デイサービスは児童福祉法の改正により2014年4月に新たに設けられた療育事業だ。未就学児と就学児をともに対象とする従来の「児童デイサービス」から、未就学児と就学児とを切り離し、それぞれ「児童発達支援」と「放課後等デイサービス」の二つの事業をスタートした。対象は身体的、知的、精神的な障がいを抱えた児童で、発達障がい児も含まれる。
利用児童は小学校低学年を主体に運営 土曜、夏休みも開所
ステップハートの場合、2施設はほぼ同じ規模で定員はともに10人とし、小学1、2年の低学年を主体に支援している。この点を別府博幸副理事長は「利用児童には知的な個人差が大きく、小学校低学年と高校生に同じような支援をしても現実的に無理がある」と指摘する。一般的に放課後等デイサービスの施設は小規模で、症状・年齢を問わず全方位で対応するのは困難で、「ある程度同レベルの症状の利用児童に合わせた支援が合理的な面もある」と話す。
サービスの提供は平日が学校の終業後の13時30分~17時30分。利用児童を学校に車で迎え、終了後は家庭まで送り届ける。土曜日や夏休みなどの長期休みには9時30分~15時30分まで開所している。職員は現在、2施設に20人おり、正社員が8人で残る12人はパートだ。パートも含め保育士の資格を持つか教員免許を取得している児童指導員で、このほか社会福祉士、作業療法士を含め専門的な視点に立った療育に努めている。
理念は「次の一歩を踏み出す心を育む」
小学校低学年主体、手作業を取り入れた療育、新築施設の特徴に加え、独自に取り組んでいることがある。学校や家庭で経験できないイベントや行事を夏休みなど学校が休みの時期に企画し、経験を通じて利用児童の「やってみたい」という積極性を引き出す活動だ。1年かけておもちゃを集めて夏まつりを開くほか、旅館のバスを借り切った旅行なども実施している。
ステップハートは「お子様の次の一歩(ステップ)を踏み出す心(ハート)を育む」を理念に掲げる。文字通り法人名の由来だ。ただ、障がい児ならずとも自ら次の一歩を踏み出すことは誰もが不安で、困難さも付きまとう。このため、「また明日も行きたくなる場所づくり」「『できる』を増やす」「『やりたい』を実現する」運営方針のもとさまざまな活動により利用児童の背中を押し、自ら踏み出す自己肯定感を養う療育に取り組んでいる。
業務上の課題は書類作成の負担軽減。音声入力システム&介護・福祉事業者向けの業務支援システム導入で対応
前橋市内での放課後等デイサービスの置かれた現状は、新規参入者が少ない上に市場退場する事例もあり、利用希望を十分に満たせない状況にある。半面、利用希望者は増える傾向にあり、需給のミスマッチ解消が課題となっている。また、働き手の確保も難しい。日本の社会全体が人手不足にある中でも、介護・福祉業界は特に深刻で、継続的に人材を確保していくには賃金など条件面の改善が迫られる。
一方、業務上で頭を悩ませているのは書類作成など事務作業の多さで、多忙な療育業務をこなした上で利用児童個々の活動記録などを作成するのは重い負担となっている。これは放課後等デイサービスの運営は基本的に税金で賄われ、関係機関への提出書類が多いなど制度上の事情もある。利用料金の1割は利用者負担で、残る9割を国民健康保険団体連合会が支払う、いわば9割が国の負担で成り立っているためだ。放課後に小学生を預かる一般的な学童保育所は、補助金はあるものの運営上のウエイトは低く、放課後等デイサービスに比べ提出書類は少ない。
このため、ステップハートは業務のシステム化を図り、事務作業の効率化と職員・施設間での情報の共有化に取り組んでいる。その切り札が2023年8月に導入した音声入力支援システムを利用した介護・福祉事業者向けの業務支援システムだ
利用児童の「個別支援計画書」の作成時間が1/6になり、導入効果を確認
書類作成で最も重要になるのが、親との面談の上で個々の利用児童ごとに半年分の療育支援策をまとめる「個別支援計画書」の作成だ。「利用児童を預かるにはこれが絶対条件で、親に割り印を押してもらい、職員間で情報を共有しなければならない」(別府氏)。しかも、半年後にその結果を振り返り、親との面談記録を書き留める必要がある。
パソコン打ち込みでの文書化はシステム導入により大幅な時間短縮につながっている。音声入力について別府氏は「私がキーボード入力に不得手なこともあり計画書作成に1時間もかかっていた。それが10分もかからなくなった。音声入力も98%程度の精度でテキスト化してくれて、すごく役立っている」と語り、導入効果を実感している。
現状、2施設で預かる利用児童は週3日や土曜日だけの事例もあり、実質41人を抱える。単純計算で1ヶ月にほぼ7人分の個別支援計画書を作成することになる。その上、中間評価もしなければならない作業量を考えれば、個別支援計画書の作成だけでも音声入力は作業時間の大幅短縮を実現できる。
業務システムは総社町の施設に1台、新前橋町の施設に2台導入しており、現状は個別支援計画と請求処理に活用している。今後は特に音声入力については利用児童ごとの日々の活動記録やさまざまな資料作り、さらに申請書類の作成に積極的に活用していく考えだ。
施設増設にM&Aも検討 スケールメリットで人材確保へ
一方、ステップハートは今後、施設増設を検討している。別府氏は「2024年初めに新しく職員2人を入れ、それが落ち着いたら3施設目の検討に取り掛かりたい」と話す。その場合「これまでのように土地や建物を手配し、職員、利用児童を集め、車も買うというすべてを一から手掛けていては時間と金がかかるばかり。M&A(企業の合併・買収)といった手法も考えたい」と構想を練る。
多施設化を考える背景には、介護・福祉業界全体が抱える人材不足がある。その中で良い担い手を確保していくには、賃金など採用条件を引き上げることが絶対条件になる。そのヒントは、前橋市内に新規オープンする別の放課後等デイサービスの募集条件にあった。ステップハートと規模はほぼ同じながら、給与は通常相場からすると極めて高い。この新規施設は全国に130ヶ所展開している事業者の運営で、好条件を提示できる理由について別府氏は多施設展開という数を追うスケールメリットにあると判断した。
放課後等デイサービスの運営はほぼ国の負担で賄われ、同規模なら受け取れる金額はほぼ同じで、多施設展開ほど収益が上がり、その分、高い賃金を設定できる。このため別府氏は「結論的に職員確保に良い条件を設定するにはスケールメリットしかない」との考えに切り替えた。
多施設化には一定のビジネスモデルを構築する必要がある。ただ、既に2施設を運営してきた実績があり、3施設目の開設にはその経験則をそのまま生かせる。さらに、導入した業務支援システムもビジネスモデルの一つになり得るため、別府氏は「仮に10施設を展開するようになれば、このシステムは現状の2施設より一段と大きな効果を発揮できる」と見る。
別府氏は2023年12月1日付で理事長に就く。現理事長は前橋市市議会議長も務めた経歴がある地元の名士で、ステップハートを立ち上げる際に別府氏がお願いして就任してもらった人物だ。実務面はほぼノータッチだったものの、高齢となり、今回の交代となった。
新体制で取り組む一大プロジェクトは3施設目の開設にあることは言うまでもない。別府氏は「金融機関に相談したらゴーサインが出て、2024年末にはもう一つの施設ができているかもしれない」とし、多施設化への第一歩を踏み出す。
企業概要
法人名 | NPO法人ステップハート |
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住所 | 群馬県前橋市総社町植野344-35 |
HP | https://www.step-heart.org/ |
電話 | 027-289-6903 |
設立 | 2017年4月 |
従業員数 | 20人 |
事業内容 | 放課後等デイサービス事業の運営 |