中小企業にとって事業承継は避けて通れない大きな課題の一つだ。後継者の選定や育成はもちろん事業承継を行うための計画の作成や承継時期の決定などさまざまな準備・検討・対策などが必要となってくる。今回は事業承継の方法の一つである親族内承継にスポットをあて「どのような対策・計画を立てれば良いのか」「どのような手順で進めていけば良いのか」について実行までのステップやポイントを解説する。
目次
事業承継対策はいつはじめれば良い?どれくらいかかる?
親族内承継に限らず事業承継対策は早くはじめるに越したことはない。ただし「後継者が決まっているか」「後継者の育成を行っているか」「承継時期は決まっているか」など企業の状況によって承継までの期間が変わってくる。現経営者と後継者の現在の年齢や年齢差によっても後継者育成にかけられる時間や事業承継の時期が異なるだろう。
また後継者がすでに社内で働いていたり今後社内に招き入れ教育を行ったりするなど後継者の現在の状況によっても行うべき対策は差が出る。いずれにしても中長期的な計画が必要なため最低でも10年、可能であればそれ以上の期間をかけて事業承継を進めていく考えでいたほうが賢明だ。
親族内承継を進める際にまず行いたい3つのこと
親族内承継を進めるにあたって事前にどのようなことを検討し行っていけば良いのだろうか。ここでは3つの事柄に絞って解説する。
・1事業承継の必要性の認識
・2現在の経営状況や課題の洗い出し
・3承継に向けた企業価値の向上
1.事業承継の必要性の認識
まずは事業承継について、その必要性を認識することが必要だ。経営者の交代は事業を承継する親族間だけの問題ではなく従業員・取引先・金融機関などの利害関係者にも大きな影響を与える。次の経営者としてふさわしい人材を育成することで利害関係者の信頼を得ることができ、その結果事業を継続することが可能となるのだ。
そのためできるだけ早い時期から事業承継に着手する必要性を関係者間で共有することが大切となる。また事業承継にはさまざまな専門家の支援が不可欠のため事前に相談を行うなどの下準備が必要だ。
2.現在の経営状況や課題の洗い出し
円滑に事業承継を行うためには、まずは経営状況や経営課題などの現状を正確に把握することが必要だ。把握した内容を基に以下の内容を確認する。
・今後自社の事業がどの程度持続し成長できるのか
・商品力や開発力はどの程度あるのか
・継続的に利益を確保する仕組みはできているかなど
これらを改めて確認することにより自社の強みや課題を把握しておくのだ。そのうえで「どのように強みを伸ばしていくか」「どのように課題を改善していくのか」といった方向性を見出すことが必要である。後継者として「親族内にふさわしい候補者がいるかどうか」を把握することも重要だ。承継の意思確認や承継時期、候補者の能力・適正・年齢などを勘案し株主や社外関係者にも受け入れられる人材を選定する。
なお親族内承継の場合には現経営者の相続発生も想定し相続財産を特定・把握したうえで相続税額の試算や納税方法などを検討しておく。
3.承継に向けた企業価値の向上
現経営者は後継者に事業を承継するまでの間にその事業をさらに発展させて企業価値を向上させ、より良い状態で後継者に引き継ぐことが必要だ。経営内容や将来の事業に対する不安から親族内承継をためらうケースも考えられる。そのため事業承継を行うまでにより魅力のある企業に引き上げ後継者が安心して承継ができる企業にしておくことが大切だ。
業績の改善や経費削減はもちろんのこと商品のブランドやイメージの構築、優良な顧客の獲得、金融機関との良好な関係構築も忘れてはいけない。さらに優秀な人材確保や育成、知的財産権や営業上のノウハウの取得、法令遵守体制の強化などが企業にとっての強みや価値向上につながる可能性がある。そのため「今後どのような方策が取れるか」を検討しておくことが必要だ。
親族内承継をするための3つのステップ
このような3つの事柄を把握・検討をしたうえで、主に次のステップで親族内承継を進めていくことになる。
・STEP1:事業承継計画の作成
・STEP2:関係者との計画の共有
・STEP3:事業承継計画の実行・確認
STEP1:事業承継計画の作成
現在の経営状況や業界の流れなど自社を取り巻く環境を勘案して事業承継を着実に進めるための「事業承継計画」を作成する。これは、現経営者が1人だけで考えるものではない。事業承継後に経営を行う後継者はもちろん親族などと共に作成を行うことが必要だ。自社の中長期的な経営方針や進むべき方向性、売上や利益目標を設定しながら事業承継の具体的な行動計画を盛り込んでいく。
また従業員や取引先、金融機関との関係を考慮しながら作成を進めたほうがよい。なお事業承継計画には主に次のような内容が盛り込まれる。
・中長期目標
事業の現状把握や自社の課題の解決策を踏まえて中長期的な経営計画や経営ビジョンを作成。事業規模の推移や事業の方向性、売上高や経常利益等の具体的な数値目標を設定する。
・現経営者の行動指針
後継者の選定や自社株式や事業用資産の承継計画の作成、後継者の育成方法や時期など現経営者が今後行うべき行動指針を作成。親族内承継は相続と密接な関係にあるため、自社株式の生前贈与や遺留分に配慮した遺言の作成をしたり親族間でトラブルにならないような遺産分割対策を行ったりすることも盛り込む。
また後継者に経営理念の意義を伝えると共に従業員や取引先等利害関係者との信頼関係構築の重要性を伝えるなど密接なコミュニケーションを取るための計画を作成する。
・後継者の行動指針
社内外のさまざまな関係者に次期経営者として認めてもらうために経営に必要な実務能力を高めることを目標とした行動指針作成。企業理念や経営方針の理解はもちろん経営者としての自覚や振る舞いについて現経営者とコミュニケーションを取りながら身に付けることが必要だ。社内での研修はもちろん必要に応じて社外研修や実務経験を行うことで後継者が経営者としての資質を身に付けることもできる。
・企業の行動指針
自社株式が分散することによる経営リスクを回避するための指針を作成する。現経営者が在任中の早い段階で相続人に対する「売渡請求」が可能としたり親族が保有する株式を配当優先の無議決権株式としたりすることも検討したい。あらかじめ定款の変更を行うほか名義株式の買い戻しを進める議決権集約のための行動計画を作成することが必要だ。
また現経営者の退任に伴う退職金準備が行われていない場合には、生命保険を活用した退職金制度の導入についても検討する。
STEP2:関係者との計画の共有
作成した事業承継計画を公表し社内外の利害関係者と共有することで経営者交代に伴う体制作りを進めるにあたって理解や協力を得やすくなる。利害関係者が後継者に求める条件としては、経営に関する能力や知識、コミュニケーション能力などが備わっているかなど。これら条件を満たした時期に公表することが理想的だ。
しかし何を持って満たしたかどうかの判断は難しく先延ばしになってしまう可能性もあるため、公表のタイミングには注意が必要である。
STEP3:事業承継計画の実行・確認
作成した事業承継計画の内容を着実に実行し「目標・計画通り進んでいるかどうか」について定期的に確認を行う。特に後継者の行動指針の進捗状況が計画達成の大きなカギとなるため、現経営者のサポートはもちろんのこと従業員や社外の専門家や関係者の協力を仰ぎながら計画を進めていく必要がある。
親族内承継を進めるための3つのポイント
親族内承継では事業承継計画を作成し、その内容を実行していくことが必要となるが進めるにあたり注すべきポイントが3つある。
・遺産分割対策を早期に行う
・事業承継に伴う税負担について
・現経営者の債権・債務・個人保証について
遺産分割対策を早期に行う
相続・贈与によって後継者が自社株式や事業用資産を取得した場合、後継者以外の親族にとっては必要な資産ではない。しかし自社株式の評価額によっては後継者が取得する財産が大きくなり不公平感が生じてしまう。事業用資産を後継者以外の親族に取得させることもできるが今後の経営にとってはあまり望ましくはないため、後継者が引き継ぐことが理想である。
事業用資産以外の財産を後継者に取得させることができればベストだ。しかし「遺留分」の問題が発生した場合には、後継者を含めた推定相続人全員の合意が必要だ。その場合は「遺留分に関する民法の特例」の活用を検討しても良いだろう。また現経営者が生前に遺言書を作成し遺産分割の方法を指定することで相続人間のトラブルを回避することも可能だ。
・遺留分に関する民法の特例
遺留分に関する民法の特例には2つの合意がある。後継者が現経営者から贈与などによって取得した自社株式・事業用資産について他の相続人が遺留分算定基礎財産から除外することに合意するのが「除外合意」だ。また贈与などによって取得した自社株式について遺留分算定基礎財産に算入する価額を合意時の時価に固定するのが「固定合意」である。
事業承継に伴う税負担について
相続・贈与によって後継者が自社株式等を取得した場合、税負担が大きくなることも考えられる。しかし後継者が事業を継続することなどを要件に相続税・贈与税の納税が猶予・免除される「事業承継税制」を活用すれば後継者の税負担の軽減も可能だ。法人版・個人版の2種類があるが、ここでは法人版の概要を解説する。
・法人版事業承継税制
特例措置 | 一般措置 | |
---|---|---|
事前の計画策定等 | 5年以内の特例承継計画の提出 2018年4月1日から2023年3月31日まで | 不要 |
適用期限 | 10年以内の贈与・相続等 2018年1月1日から2027年12月31日まで | なし |
対象株数 | 全株式 | 総株式数の最大2/3まで |
納税猶予割合 | 100% | 贈与:100% 相続:80% |
承継パターン | 複数の株主から最大3人の後継者 | 複数の株主から1人の後継者 |
雇用確保要件 | 弾力化 | 承継後5年間 平均8割の雇用維持が必要 |
事業の継続が困難な 事由が生じた場合の免除 | あり | なし |
相続時精算課税の適用 | 60歳以上の者から20歳以上の者への贈与 | 60歳以上の者から20歳以上の推定相続人(直系卑属)・孫への贈与 |
※国税庁の公式サイトを元に筆者作成
現経営者の債権・債務・個人保証について
現経営者個人に事業用資金の借り入れがあったまま相続が発生した場合、その債務は後継者だけでなく事業に関係のない相続人も含めて法定相続分で分割される。また現経営者個人が会社に現金の貸し付けを行っていた場合、その債権も法定相続分で分割されるのだ。このような場合、事業に関係のない相続人にとっては債務・債権ともにその義務・権利を解消したいと考えるのが当然である。
ただし債務については、債権者の同意がなければ債務の分割割合を変更することはできない。また債権については事業に関係ない相続人が会社に返済を要求することもでき、その額によってはその後の経営にも影響することになる。そのため生命保険などを活用し、このような個人債務・債権を解消するスキームを構築しておくことが必要だ。
個人保証については、事業承継のタイミングで現経営者の保証を解除し後継者に引き継ぐ必要があるが金融機関に申し出をしたうえで了承されなければならない。財務状況などを確認したうえで金融機関が保証の解除に応じる場合があるため、事業承継までに財務基盤の強化に取り組む必要がある。このように親族内承継を考えるうえでは、綿密な行動計画の作成・実行や各関係者との協同作業が必要だ。できるだけ早期に計画を実行に移しスムーズな事業承継を目指していただきたい。
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文・澤田朗(フィナンシャルプランナー・相続士)