日本型雇用システムは、いわゆるメンバーシップ型雇用を導入していますが、メリットがありつつも中途採用の抑制や職能や成果と賃金の乖離などが問題となり見直しが叫ばれています。そこで近年では、職務内容と求めるスキルや条件を明確化して採用を行うジョブ型雇用への変革が注目されています。
本連載では、ジョブ型雇用が職種別中途採用者の賃金にどのような変化をもたらすかについて、日本生産性本部の東狐貴一主任経営コンサルタントに解説してもらいます。
役割・職務等級制度とジョブ型雇用
近年、ジョブ型雇用が注目を集めている。ジョブ型雇用とは、職務内容(ジョブ)を明確に定義して職務記述書(ジョブディスクリプション、略してJD)等で具体的に特定し、その職務を遂行するにふさわしいスキルや実務経験を持つ人材を採用する手法をいう。
日本経済団体連合会(経団連)は、2022年2月春季労使交渉・協議の焦点の中で、これまでの日本型雇用システムが(1)新卒一括採用(2)長期・終身雇用(3)年功型賃金(4)企業内人材育成――などを主な特徴としており、メンバーシップ型雇用とも呼ばれているとしたうえで、次の様にその利点を述べている。
「新卒一括採用は、企業が計画的に採用しやすく、日本の若年者の失業率が国際的にみて低い要因とも考えられています。また、長期・終身雇用と年功型賃金により、社員が雇用面で安心感を持ち、経済面で安定感が得られることで、高い定着率とロイヤルティーにつながっています。企業内人材育成は、OJTなど業務遂行を通じた育成や異動等によって、多様な職務遂行能力(職能)を備えた人材の育成に適しています。このように日本型雇用システムにはさまざまなメリットがあり、多くの企業で導入されています。」
(Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2022年2月24日 No.3534)
これまでの日本型雇用システムの利点を認めたうえで、経団連は次のような理由で見直しを呼びかけている。
「例えば、大企業が新卒一括採用を重視するなか、相対的に中途採用が抑制されてきました。また、年功型賃金は、実際に発揮した職能や成果と賃金水準との間に乖離が生じやすいという問題があります。このことが、ジョブ型雇用の導入・活用や高度・専門人材の採用・適正な処遇を妨げ、長期・終身雇用と相まって、結果的に転職等の労働移動を抑制している一因といわれています。さらに、OJT中心の企業内人材育成では、自社以外の企業でも評価される人材が育成されにくいとの指摘もあります。」
(同上)
その上で、見直しの方向性として、
「日本型雇用システムのメリットは活かしつつ、多様な人材のエンゲージメントを高める観点から必要な見直しを行い、各企業にとって最適な『自社型雇用システム』の確立を目指すことが検討の方向性になります。具体的には、(1)通年採用や中途・経験者採用の導入・拡大など採用方法の多様化(2)自社の企業戦略を踏まえたジョブ型雇用の導入・活用(3)働き手が担う仕事・役割・貢献度を基軸とした賃金制度への見直し(4)社内公募制やフリーエージェント制など主体的かつ複線型のキャリアパスの実現――などが考えられます。こうした諸施策を見直し、自社にとって最適な組み合わせを検討していくことが望まれます。」
(同上)
すなわち、これまでの企業組織内の閉じた採用や人材育成ではなく、仕事や役割に応じて外部に開かれた流動的な雇用も組み入れた自社最適雇用システムを目指していくべきとの見解を示したのである。その、一つのキーワードがジョブ型雇用なのである。
しかし、これは別に目新しい提案ではない。これまでもジョブ遂行に相応しい高度・専門的人材の採用・活用ということは議論されてきている。
例えば、80年代後半から企業は、管理職の複線型管理として専門職制度の導入を進めてきた。その後、2000年代に入り、それまで主流だった能力基準による格付け制度である職能資格制度から、あらたに仕事・役割基準で社員を格付けする役割・職務等級制度へと徐々に移行していった。
労務行政研究所「人事労務諸制度実施状況調査」(2022)によると、職能資格制度の導入率は54.5%で過半数を占めるものの、役割等級制度も42.5%、職務等級制度も32.9%となっている。一方、管理職層における専門職制度は15.4%となっている(いずれも規模計、複数回答)。
この結果から、依然として日本企業において職能資格制度は基軸等級として維持されているものの、役割や職務に基づく仕事基準の等級制度も併用されてきていること、また、仕事基準の等級制度の導入が専門職制度にとってかわりつつあることが推測される。
では、仕事基準の等級制度は、ジョブ型雇用の受け皿となるインフラ制度として機能しているのであろうか。2000年初頭から導入が進んだ役割・職務等級制度がジョブ型雇用に適しているのであれば、あらためて今ジョブ型雇用への転換が叫ばれるのは何故だろうか。
結論から言えば、現行の役割・職務等級制度はジョブ型雇用に適応できていないのではないかということについて考えることが本稿の狙いである。
経団連が提唱した「高度専門能力活用型」ポートフォリオ
1995年、当時の日本経営者団体連盟(日経連)は報告書「新時代の『日本的経営』―挑戦すべき方向とその具体策」(以下、日経連報告書)を発表した。
その中で、従来の終身雇用や年功序列、企業内労働組合等の日本的な人的資源管理システムが従業員の定着や労使の信頼関係醸成を促進するという一定の効果があることを認めつつも、今後グローバル化等により経営環境が大きく変化する中で、正社員だけではなく多様で新しい雇用形態や雇用システムが求められるとして、従来の正社員のイメージに近い「長期蓄積能力活用型」、特別な専門知識・スキルに基づく「高度専門能力活用型」、パートタイマーや契約社員・派遣社員等の「雇用柔軟型」の3つの雇用ポートフォリオを提案した。
その後、平成の約30年の間に、日本の労働市場はリーマンショックやコロナ禍等不測の事態に対応できる柔軟な働き手として非正規労働者を増やしてきた。
総務省「労働力調査」によると、平成元年の非正規労働者の割合は約20%だったが、平成31年には約40%となっており、「雇用柔軟型」にあたる非正規労働者は日本の労働者の約4割を占めるに至っている。逆に、従来の正社員のイメージに近い「長期蓄積能力活用型」の割合は低下してきている。
では、3つの雇用ポートフォリオのうち「高度専門能力活用型」はどうなったのであろうか。
日経連報告書は、「高度専門能力活用型」のような従来の企業内専門職と異なる高付加価値人材は企業内キャリア形成だけでは生み出せず、外部市場より調達され、職務主義に基づいた人事管理が求められるとしており、当時の報告書としては極めて新規性の高い提案であった。
しかしその後、役割給・職務給やジョブ型雇用といった人事制度改定トレンドを経つつも、残念ながら「高度専門能力活用型」の形成・拡大はいまだ確認できていないのが現状である(※1)。
もちろん、IT技術の急速な進展やそれに伴うDX(デジタルトランスフォーメーション)などビジネスモデルの変革のスピードは、企業内での人材育成や活用では追いつけない状況にある。新卒中心ではなく、「即戦力」を通年採用や中途採用、経験者採用する企業は増加している。採用・求職活動もインターネットでさまざまな情報が入手でき、ダイレクトリクルーティングや人材スカウト会社などを通して迅速なマッチングが可能なインフラが整備されてきている。
次回以降では、こうした動向を踏まえて、特にホワイトカラー専門職種の「転職市場」がどのような状況にあるのか、また、それによって今後「高度専門能力活用型」人材市場が形成されていくのか、形成されないとしたら何が課題なのかということを考えていきたい。
(※1)梅崎修・八代充史「『新時代の日本的経営』の何が新しかったか?-人事方針(HR Policy)変化の分析―」(RIETI Discussion Paper Series 19 -J-009,2019)参照。