矢野経済研究所
(画像=Kevin George/Shutterstock.com)

金融庁が求める「共通価値の創造」

スティーブ・マックイーン主演の「大脱走」という映画をご存じだろうか?
第二次大戦中、ドイツ軍の捕虜収容所から、連合軍が複数のトンネルを掘り脱走を試みるという1960年代のこの作品を、私は“バイブル”として毎年鑑賞し続けている。大げさに言えば、人生で大切なこと、かつビジネスでも重要なことを観る度に教えてくれる作品だ。戦略立案の前に詳細な環境分析を行うこと、戦略オプションを策定すること、チームワーク、そしてユーモアの精神を持つこと。
ここには、まさに現在の地方銀行が取り組むべき姿勢が示されている。

少子高齢化の進行による人口減少、テクノロジーの進化、低金利による収益の悪化、銀行監督の指針「金融検査マニュアル」の廃止による銀行の裁量の拡大等、金融業界を取り巻く環境は大きく変化している。

この状況下、金融庁では地方銀行に対し、顧客との「共通価値の創造」を目指したビジネスモデルの検証・転換を促している。「共通価値の創造」とは、顧客本位の良質な金融サービスを提供し、企業の生産性向上等を助けることにより、金融機関自身も安定した顧客基盤と収益を確保することとされている。この取り組みの一つが「事業性評価」である。この仕組みでは、金融機関が企業と取引をする際、業績や信用力の指標、保証・担保だけで判断するのではなく、事業内容や成長可能性等も評価する。この評価にもとづき、融資を含めた中小業企業への支援を行うことにより、地域産業の活性化にも繋がる。

改めて「リレーションシップバンキング」に立ち返ろう

実はこの「事業性評価」は、長年地方銀行が取り組んできた「リレーションシップバンキング」の在り方そのものといえる。顧客から長期的に、財務面のみならず広範な情報を得、分析し、融資を含めた様々な支援により企業を成長に導くのがリレバンである。そして現在は、顧客企業ではなく地方銀行自身も、改めて広範な情報から環境分析を行い、他行との違いを明確にし、自社のコアコンピタンスを磨くことが喫緊の課題である。これまで顧客に提案してきた事業の選択と集中を、自行に当てはめて実行する段階になったのだ。

しかし、業界再編、コア業務純益の規定変更、早期警戒制度など、業績面や制度改正での懸念事項ばかりがマス媒体で取り上げられ、銀行の本来的な事業の在り方や成長戦略などに関する情報はほとんど耳にすることがない。フィンテックを活用した地域商社事業や、人材紹介業への参入等、新たな取り組みが見られるものの、これも業界の横並び感が否めない。

一方、弊社といくつかの地方銀行では、特徴的な取り組みを行っている。その一つが、銀行の顧客企業へのハンズオンでの事業支援だ。弊社が顧客企業の内部・外部の環境分析を行い、改善点を指摘し、今後の成長の方向性を示し、かつ戦略の実行支援まで行う。この一連の作業に、地方銀行担当者が常に同伴して共同作業を行う。この取り組みは銀行員のための「リレバン研修」としても機能している。
また、複数行が連携し、有償で企業同士をマッチングさせるアライアンスネットワークも組成している。さらに共同でM&Aのアドバイザリー業務も行っている。これらはまさにリレバンの方針に則った取り組みであると同時に、これまで銀行が主力としてきた資金運用収益ではなく、新たな役務取引であるといえよう。

規制の緩急や、金利の変動に関わらず、地方銀行が成長するためには、従来型の資金運用収益や手数料等収入ではなく、新たなビジネスモデルを構築する必要がある。

今後業界再編は急速に進むであろうし、国もそれを後押ししている。その中で各行がどのような戦略をとるかは、地域の実状に応じて判断すべきだ。そして、自行および地元企業双方の成長を実現するには、時に他行とチームを組みながら、顧客企業からの信頼を得ることも重要である。
再編の荒波に飲み込まれず生き残るには、巷で流行りのクールさやセクシーさではなく、環境分析に立脚した斬新な戦略とユーモアの企業精神が必要だ。そしてその先に見えるのは、地方銀行が地方創生を成し遂げている姿である。

2020年2月
理事研究員 大仲 均