本連載では目標管理と人事評価について、牛久保潔氏にストーリー形式で数回にわたり解説してもらいます。ワインバーを舞台に、新任最年少課長に抜擢された主人公の涼本未良と共に目標管理と人事評価について分かりやすく学べます。
登場人物
あらすじ
突然最年少女性課長に抜擢された未良は、栗村マスターによるバーでの勉強会で目標管理と人事評価の基礎を学び始めた。
営業二課の目標数字がアサインされ、いよいよ勉強会で学んだ内容を実践に活かす。
今までのお話を読む
第1回「そもそも人事評価とは? 新任最年少課長が挑む目標管理の基本」
第2回「目標管理評価制度の基本と運用ポイントとは? 新組織スタートで揺れる営業二課」
第3回「目標達成計画の作り方とは? 焦る心と家族の温かさ」
第4回「目標から目標達成計画をどう落とし込む? バーのリモートオフィス化計画を例に詳しく解説」
第5回「目標達成計画の難易度はどう設定する? 質問会でこれまでの疑問を解決」
第6回「OKRとは? 実際に目標達成計画を立てるため、質問会は続く」
目標アサイン
営業二課、会議。
「みなさん、お疲れさまです」
「お疲れさまです」
「お疲れさま」
「長らくお待たせしました。ようやく会社から営業二課の目標数字がアサインされました。営業利益として一人あたり年間3000万円になります。なので私を含めた9人で2億7000万円になります」
「条件や制限は?」
宝田が聞いた。
「いいえ、それはまだ何も……。ただこの金額は単純に頭数で設定されていて、公平感のあるものではありません。そこで、次のように個別に設定したいと思います」
未良がモニターに映した。
涼本未良 7000万円
田島智樹 6000万円
宝田美津代 5500万円
土井裕也 4500万円
和泉知世 3000万円
堀越朱里 2000万円
馬場昭二 2000万円
竹居進太郎 1000万円
百瀬斗真 1000万円
「……みなさんの等級に合わせて金額をシフトさせていただくのと、新商品、新サービスはリスクも大きいでしょうから、少しずつ多めに数字を背負ってもらって、合計3億2000万円になるように設定しました。それから、上半期は数字を作るのが難しいと思うので、この数字を上半期2、下半期8に分けたいと思います」
「ちょっと待てよ!」
田島が未良を制して言った。
「再雇用の俺も、そんなに数字を背負うのか?」
「はい、お願いします。これまでのご経験も知識も人脈もおありなので、他のメンバーに比べて、作業の難易度は相対的に下がると想定して、このような数字にさせてもらいました」
「そんな……。何も仕込みがない中、急に現場に復帰させられて、こんな数字背負うの無理に決まってるだろ!」
田島が腕組みをして首を振った。
「……最初から無理と決めつけないでください」
未良が珍しく強めに答えて見回した。未良の言い方に驚いた堀越と馬場が目を合わせた。
「後ほど、お一人お一人に、目標についてもう少し詳しくお話しながら、目標達成計画という書式をお渡しします。これは目標をどう達成するかという計画を記入していただくものです。アサインした目標の実現に向けて、何をどのようにしていけばいいか、これまで技術部や開発部などと相談してきたことも参考に、記入してみてください。そして記入できた方から、私との面談をセットしていただき、計画の内容を説明してください。私も内容を拝見し、それで行きましょうとなれば、課長として合意しサインいたします」
「合意しサイン……? 何それ?」
土井が曇った表情で聞いた。
「はい、課長として合意した以上、私もその計画の内容に責任を持ちますし、できる限りの支援を行うということです」
「具体的にどんな支援だよ……」
田島が口を挟んだ。
「いや、あの、一緒に考えたり……」
「おいっ! 俺が営業方法に悩んだら課長が一緒に考えてくれるのか? 数字が重いと感じたら相談に乗ってくれるのか? 自己満足だろう、それって!」
田島が怒鳴った。
「すいません、あの……」
「……」
「……」
「みなさん、課長が方針を出したんだから、後ろ向きな批判ばかりしないで、まずはどう支え、どう貢献できるかを考えましょうよ!」
宝田はみんなを見回して言うと、未良の方に向き直り、「課長の仕事って、必要以上に責任感を感じて一番大きな数字を持つことじゃなくて、課として目標を達成することでしょう? できもしないような数字を持とうとするのは、逆に無責任じゃないかな。……無理をして潰れては元も子もないんだから、多めに組んだ5000万円は、いったん涼本さんのところから減らしておいて、万一必要になった場合には、またみんなで考えましょう」と続けた。
和泉、堀越、馬場、竹居、百瀬が頷いた。
「……すみません、ありがとうございます。もう一度考えてみます」
未良が頭を下げた。
会議の後、部屋に残った未良の横には、同期の堀越と馬場がいた。
「さっき、田島さんに強く言ったの、驚いた! 今までの未良じゃないみたい……」
堀越が言うと、「ホントだよ! 一瞬、〝課長〟って感じだった!」と馬場も笑顔で同調した。
「あ、ありがとう。でもこれ……」
未良は自分のまだ震えている手を笑って見せた。
「一昨日、格好よかったらしいじゃない!」
ワインバーにやってきた未良に、丹羽が言った。
「えっ……私?」」
「『目標達成計画を出せ』って言ったんでしょ?……」
「あ~、やめてよ! 栗村さんに教えてもらった目標達成計画を課員にも作ってもらおうと思っただけ……」
「役に立ててるなら嬉しいですね」
栗村がグラスを拭きながら微笑んだ。
「役に立つどころか、もう頼りきりです! 本当にありがとうございます!」
未良は満面の笑みで頭を下げると、「でもすぐにいろいろ突っ込まれちゃって……」と舌を出した。
「まあ、最初はしょうがないですよ……。対象となるメンバーの意見も聞いて、徐々に納得性の高いものにしていくしかないでしょう……」
「……あの、……今、課員に目標達成計画を作ってもらってるんですけど、出来上がってくる内容と言うか、レベルが人によって随分違うんです。そういう時ってどうしたらいいですか?」
「目標管理評価制度を正しく定着させるには、『上司向けの目標設定と評価に関するトレーニング』、『部下向けの目標設定に関するトレーニング』、『合意済み目標達成計画の添削』の三段階のトレーニングが必須だと思います。どんなにいい目標管理評価制度でも、トレーニングや添削がないと、必ずと言っていいほど、形骸化したり、ノルマ管理ツールになり果ててしまったり、未良さんが言うようにレベルがバラバラになってしまいます」
「……どうして最初に、上司向けに行うんですか?」
「それは仮に、部下に先にトレーニングをすると、上司のところにいろいろな質問や相談がいくことになって、その時に、『そんなの聞いてない』なんて言われちゃうと、部下も真剣にならないでしょう。だから最初は、評価を行う上司向けにトレーニングを実施するのがいいと思います。主な内容は、目標アサインの方法、目標達成計画の作り方、合意の必要性、中間確認や1on1の進め方、評価の方法などでしょうか。次に、部下向けのものは、主に目標達成計画の作り方が中心だと思いますし、評価結果の賞与への反映方法を変えるならその説明も必要でしょう。そして、最後に行うのが、合意済み目標達成計画の添削です。これは、実際に合意された目標達成計画を見て添削するものです。『大項目、中項目、小項目がどれも抽象的で、これでは評価期間終了後に誤解や衝突が起き易い』などと、具体的に添削をしてあげるんです。トレーニングはどうしても一度やっておしまいとか、あとはガイダンスを作るくらいになってしまいがちですが、添削なら繰り返しできるでしょう。結構時間がかかるもので、一人あたり30分程度は想定する必要がありますが、この添削を二、三期繰り返すと、定着の効果が全く違うレベルになると感じます」
「やはりそれをやらないといけませんか……」
未良が不安そうにつぶやいた。
「そうですね、でもこういうことは通常、目標管理評価制度の導入を主導する、人事部あたりにお願いするのがいいんじゃないでしょうか? 部門でやるのは大変だと思います」
「そうですよね~! 人事ですよね~!」
未良が、急いで耳を塞ぐ美宇の顔を覗き込みながら言った。
「も、もう一ついいですか?」
由貴が手を挙げた。
「実は私の下にも再雇用の人が配属されることになったんです。でも、うちの会社で見てると再雇用の人ってやる気なかったり、すぐに辞めちゃったりするんです。何かいい方法はないですか?」
「大きな問題ですね。やはり、これまでは頑張ればボーナスが増えたり、出世できたりした人が、再雇用になったら給料も固定になり、責任も減り、評価もされず、今まで下に見ていた人の下に入るなんてことになる例が多いでしょうから。正直、やる気を無くしても無理ないと思います」
栗村が言った。
「言われてみればそうですね……」
「今、定年は60歳のままでもいいんですが、2025年4月からは希望者全員を無条件に65歳まで雇用する義務が発生して、70歳までは就労確保の努力義務っていうのがあるので、今後は70歳まで働く人が増えると思います。仮に60歳の定年から70歳まで10年間働いてもらうとしたら、経験も人脈も豊富な人を腐らせておくのか、うまく活用するかで大きな違いになりますね。……責任などが減れば給与がある程度下がるのはしょうがないとしても、きちんと評価して頑張れば賞与に反映されたり、元の程度まで給料が戻ったりするような仕組みがあるとシニア層の活性化になるでしょうね」
「ありがとうございます。私一人じゃ難しいけど、人事と相談してみます」
「あ、そうそう、ついでに言うと、『無期転換ルール』には気を付けてくださいね」
「無期転換ルール……ですか?」
由貴が首をかしげた。
「これは再雇用の人に限りませんが、簡単に言うと、5年を越して雇用された有期契約社員やパート社員が、会社に無期転換を申し出ると、その会社で期限なく働けるようになるというルールです。これには少しややこしいところがあって、5年経過した時、まだその会社の定年に達していないなら、定年で契約終了にできるケースがほとんどですが、5年経過した時にすでに定年を超えていると会社の定年を適用できなくなってしまいます。ただしこれも、会社が有期雇用特別措置法の第二種計画の認定というものを受けておけば、無期転換の申請ができなくなるというルールがあるんです。でもこのルールも、自社で定年を迎えた人に限るものなので、他社で定年を迎えた後に入社してきた人には適用されないんです。この場合は、第二定年、第三定年のようなものを用意しておかないと、本当に無期限に雇用をするはめになってしまいます」
「そんな複雑なルールがあるんですか?」
「実はこれでも簡単に話をしちゃいましたから、詳しいことは人事の方にでも聞いてくださいね」
「私以外のね……」 美宇が目を強く閉じ、人差し指で耳を塞いだ。
評価
「これまで目標のアサインとか、目標達成計画とかについて話してきましたけど、いよいよ今日からは、目標達成計画に基づいて仕事をした結果をどう見るかっていう、評価の部分に入って行きましょう」
栗村はそう言ってパソコンを開いた。
「はーい」
「お願いしまーす!」
「ちょっと思い出して欲しいんですが、以前、ドラッガーさんの目標管理が、成果主義の広がりの中で評価にも使われるようになったとお話したのを覚えてますか?」
「覚えてます! 覚えてます!」
「多くの企業が利用するだけあって、目標管理は仕事の成果を確認、評価するのにとても役立ちます。ただ成果主義や目標管理評価制度を取り入れている企業でも、成果の面だけで評価するのは稀なんです」
「そうなんですか……?」
「成果と並行して、スキル面や能力面からも見るというケースが大半です。会社によって、『成果評価とスキル評価』、『成果評価とスキル発揮度合い』、『成果評価と能力評価』、『成果評価とコンピテンシー評価』など、さまざまですが、どれも成果だけでは測れないものも見ようとしています。ここではまず、『成果評価』の部分に絞ってお話をしていきますね。その他の面は後から見ていきましょう」
「はい……」
「ではこの図を見てください」
「これは前に図14とか図17で見てもらった目標達成計画の右側に赤字で評価欄を足したものです。ここでは、上司が部下を評価する一般的なスタイルで話を進めますね。この例では、評価期間が終わった時に、まず部下本人に大項目ごとの振り返りを行ってもらい、上司がそれも参考に、目標をどこまで達成できたか評価していきます。そして、図21の難易度達成度表を参考にして、『大項目別の目標達成度』欄でA、B、C、D、Eなどと評価を行います」
「必ず、本人による評価は必要ですか?」
「いいえ、必須ではありません。ただ、今後も計画立案と実施を繰り返していくことや、目標未達や降格の際にリカバリー策を考える可能性がある以上、部下本人に自分の実績を振り返ってもらうメリットは大きいと思います」
「分かりました!」
「それから、ここで言ってるA、B、C、D、Eというのは、評価の最終段階で付与される評価とは関係ないのでご注意くださいね」
「はい、大項目ごとにつける評価ですよね?」
「その通りです。……次に難易度達成度表の見方ですが、まず真ん中の『難易度が該当グレード相当の目標(プラスマイナス〇)』と書かれている行を横に見ていってください。ここでは目標達成=100点とし、その場合のこの大項目の評価をCとしてあります。そして一つ上の評価とする場合は、左のBに進むので110点、二つ上ならAで120点となります。次に、Cの100点から上に見ていくと、難易度が一グレード高い目標の時にC評価だとすると、点数は110点になります。つまり縦と横が一対一の関係になっています。これは、一つ上のグレードの人がその業務を行うのであれば、ワンランク高い評価を得るくらいの出来ばえだろう、反対に一つ下のグレードの人がその業務を行うのであれば、ワンランク低い出来ばえだとしても仕方ないだろうという考え方です。実際には、この表で目標達成となるC評価以上であるかどうかで、点数幅に差を付けたり、最初から高い目標を設定している場合には、プレミアムとして加点をするような方法も考えられます。またここでは一つ上のグレードとか、二つ上のグレードなどと書きましたが、社員数やその会社のグレード、等級の分け方によっては幾つかのグレードをまとめて、グレード群とする方がいいでしょう」
「そうやって大項目ごとに評価をしたら、点数をつけて、ウェイトをかけると、一番下に、『目標達成=100点』とした場合の点数がでるということですね!」
未良が言うと、栗村が、「そう、その通り!」と笑顔で人差し指を前後させた。
「あの……、年功序列できた会社だと、こうした新しい評価制度を入れる時、一度、社員全員のグレードを見直して、適正なグレード当てはめてからスタートするんですか?」
丹羽が聞いた。
「いや、これまで年功序列で処遇してきたからとか、あるいは評価方法を大幅に変更するからと言っても、従来の評価方法によって処遇されてきた人たちのグレードや給与を、一方的に下げるようなことは難しいな。無理に行えば大きな不利益変更が発生して、トラブルになる可能性が高くなってしまう。考えられる対処方法としては、いったん現状の給与額に基づいて、新しい評価制度におけるグレードを付与して、その上で今後、新しい評価制度に基づいて昇降格させていく方がいいだろうね。もし急いでグレードと実績の不均衡を解消したいなら、昇降格の枠数を調整することで、調整のスピードをコントロールできるし、どうしても最初の段階でまとめて修正したいなら、昇格者に限定して実施するのがいいんじゃないかな」
「あ~あ、私、絶対わかってないってことはよくわかってる~」
美宇が頭を抱えた。
「じゃあ、ちょうどよかった! 今日は由貴さんが、美味しそうなセミフレッドを作ってくれましたよ~!」
丹羽がそう言って、大皿に並べたセミフレッドを持ってきた。
「わあ、美味しそう!」
「ありがとう!」
「どういたしまして~。ボナペティート!」 由貴が小皿とフォークを配りながら微笑んだ。