本連載では目標管理と人事評価について、牛久保潔氏にストーリー形式で数回にわたり解説してもらいます。ワインバーを舞台に、新任最年少課長に抜擢された主人公の涼本未良と共に目標管理と人事評価について分かりやすく学べます。
登場人物
あらすじ
突然最年少女性課長に抜擢された未良は、栗村マスターによるバーでの勉強会で目標管理と人事評価の基礎を学び始めた。
今夜は、ワインバーをリモートオフィスとして貸し出すことを例に、目標から目標達成計画を作る手順を教えてもらうのであった。
今までのお話を読む
第1回「そもそも人事評価とは? 新任最年少課長が挑む目標管理の基本」
第2回「目標管理評価制度の基本と運用ポイントとは? 新組織スタートで揺れる営業二課」
第3回「目標達成計画の作り方とは? 焦る心と家族の温かさ」
純増20名
「じゃあ、今日からは実例を交えてお話していきましょう。未良さんは上司になった訳ですが、未良さんにも上司がいて、部下でもある訳なので、実際に目標達成計画を作ってみる経験が役に立つと思います。まずは一つ作ってみませんか?」
「はい、ぜひお願いします!」
「未良さん自身、部下として、すでに上司から何かアサインされた目標はありますか?」
「具体的にはまだ……」
「まだなければ、これから何かやりたいこと、売りたいものでもいいですよ!」
「……」
未良が思案顔になった。
「じゃ、この前の、ワイン1000本を販売するっていうのはどうですか?」
キッチンから由貴が言った。
「あ、それもいいけど、ボクここ数日、思ってたことがあります! このワインバーを昼間、リモートオフィスとして貸し出すっていうアイデアはどうですか?」
丹羽が元気よく手を挙げた。
「何だか面白そう!」
「身近で分かり易いかも!」
未良、由貴が手を叩いた。
「おい、おい、うちを昼間開放する気かい?」
「だめですか? まずは計画だけでも……」
丹羽が笑顔で頭を掻いた。
「あの~、それも面白そうなんですけど~。私、上司からもう来期の目標をアサインされてて、もし一緒に考えてもらえたら嬉しいな~なんて……」
美宇が肩をすくめて微笑んだ。
「じゃあ、美宇さんの業務目標と、このワインバーを昼間、貸しリモートオフィスにすることを目標とした、二つの目標達成計画を作ってみましょうか」
「はーい」
「やった~!」
丹羽と美宇がハイタッチした。
「いや、丹羽くん、あくまで目標達成計画の例としてだよ……」
「はい、分かってま~す!」
丹羽がウィンクしてOKサインを見せた。
「……じゃ、早速ですけど、美宇さんがアサインされた目標はどんなものですか?」
「えっと、こんな感じです」
美宇がモニターに映した。
・経験者採用の目標
純増20名
内訳は次の通り
→人材紹介会社から10名の採用
→ホームページ、転職サイトから10名の採用
→社員紹介、再雇用から3名の採用
→離職を3名以内に抑える
「なるほど、美宇さんは経験者採用のご担当なんですね?」
「そうなんです~! 上司は、『笑顔で採ってこい!』って言うんです……」
「堂本部長って、そんなこと言うの?」
丹羽が笑った。
「あの……、採用コストについては特に書かれてないですけど、そこは気にしなくていいんですか?」
「はい、私、コストは見なくていいんです」
「人材紹介会社とか、公募とか、採用ソースごとの人数が書かれていますが、これは目安ですか?」
「最終的にはどの採用ソースでも純増20人採れればいいと言われました」
「じゃ、目安ということで良さそうですね…」
栗村は微笑んで言うと、「経験者採用だと、この目標にもあるように採用ソースごとに分けるのがやり易いと思うので、ここでもそうしてみましょう」と続けた。
「はい、お願いします」
「今の経験者採用の採用ソースごとの競争率はわかりますか?」
「……人材紹介会社からの応募だと3人に1人くらいが入社して、公募だと5、6人に1人、社員紹介だと2人に1人くらいです」
美宇が採用実績の表を見ながら答えた。
「ありがとうございます。ここではいったん、各採用ソースからの応募者の質はこれからも変わらないと仮定して、必要な応募者数を大項目に入れていきましょう……そうすると、人材紹介会社からの応募者が30名程度、公募の応募者は少し多めに見て60名程度、社員紹介による応募者は6名程度必要っていうところでしょうか。あと、それぞれの大項目、つまり採用ソースの中でやっていきたいと思っていることはありますか?」
「あの……、人材紹介会社に対しては、実績の高い会社には説明会を開いて、そうでもない会社には求人情報を送ればいいかなって思ってます。……それから新しい人材紹介会社の開拓も……。これは部門に協力してもらいながら進めたいと思ってます」
「公募についてはどうですか?」
「公募では、ホームページの採用コーナーを作り直すように言われてるのと、求人広告の効果を調べて、どうするかを考えたいって思っています」
「社員紹介は?」
「はい、社員紹介プログラムを修正するように言われてます」
「全体的にとても整理されてますね。じゃ、今言ってくれたことをざっと入力しましたので、見てもらえますか?」
「わーい、中項目まで埋まってる……」
美宇が手を叩いた。
「いやいや、教えてもらったことを書き込んだだけですよ! あとは、それぞれの中項目を実際にどのように進めていくかを小項目とスケジュールに入力すればいいんじゃないかな……」
「……あの~、こんな感じでどうでしょう?」
みんなで由貴が作ってくれたティラミスを食べている間、美宇が入力したものを映した。
「おお、素晴らしいと思います! ここまでできれば、上司にも、〝アサインされた目標についてこう達成したいと思います〟とお話してみてもいいんじゃないですか」
「ありがとうございます!」 美宇が満面の笑みで言った。
ワインバーリモートオフィス化計画
「じゃあ、次は、〝ワインバーリモートオフィス化計画〟についてお願いしまーす!」
丹羽が手を挙げた。
「了解です。本来、目標は上司からアサインされるはずだけど、ここでは便宜上、私が勝手に作っちゃいますね!」
「お願いしまーす!」
丹羽が敬礼して見せた。
栗村は腕組みをして暫く身体を揺らした後、一気に入力していった。
・目標
リモートワークの増加により、カフェなどで仕事をすることが一般化しつつある中、ワインバーの空き時間を利用した貸しリモートオフィスの事業化を検討する。
→二ヶ月以内に実現可否の決定を下せる状態にすること
→検討に使える経費は、二〇万円以内とすること
→実施する場合、六ヶ月以内にオープンすること
→撤退し易い工夫をすること
→目標は、実現可否が決まった時点で再設定すること
「ざっとこんな感じではどうかな?」
栗村が丹羽に向かって聞いた。
「なんかいいですねえ。それらしいと思います!」
「みなさんもこれでいいですか?」
栗村が見回して聞くと、未良、美宇、由貴も頷いた。
「じゃ、この目標がアサインされたとして、みんなで考えていきましょう!」
「はい!」
「……通常なら半年、一年の目標をアサインするのが普通ですが、今回の目標では2カ月後に事業を実施するかしないかの判断をして、結果によってその後の業務が大きく変更になるので、目標達成計画も当初の2カ月分を考えるものとしましょう!」
「こういう場合、実際2カ月後に目標の再設定や再合意はするものですか?」
未良が聞いた。
「そうですね。目標の小さな変更くらいならいいですけど、このくらい大きな変更なら、目標に書かれていてもいなくてもやるべきでしょうね」
「じゃあ早速、目標達成計画を作っていきましょう。多くの場合、部下は実施する業務に慣れていると思うので、大項目から順々にブレークダウンしながら作っていけると思います。でも、今回のようにまったく新しいことをやる場合は、大項目から考えるのは難しいので、まずは思いついたことをリストアップしてから整理しましょう」
「わかりました!」
「では、この目標を達成するにあたって、やるべきこと、実現するべきことはありますか? 思いつくまま挙げてみましょう」
「ボクからいいですか?」
丹羽は、栗村が頷くのを待って、胸のポケットから取り出したメモを読み始めた。
「近隣の競合企業やサービスの確認とか料金の調査」
「お、具体的でいいねぇ、他には?」
「フリーWi-Fiを設置するための値段の調査!、店に置いたり駅前で配るチラシ作り、……あと、ネット広告の制作、単発で利用してもらうのか、月極めの料金にするのか、サブスクのような形にするのかの検討、フランチャイズにするかどうかの検討、同業他社の利用実態、回転数、客層の調査、今の席数を前提とした売上見込みの予測、受付担当を置くか、無人にするかの検討、お菓子とか、料理とか飲み物なんかを販売するかどうかの検討、必要な許認可の確認、個人契約ではなく、会社契約にすることの検討、リモートワークする人や会社が望むこと、それから、リモートオフィスで起こりがちなトラブルの確認、利用申込書の作成、電話ブース、会議ブース、プリンターなどの設置の検討。……あの、ボクは以上です」
「ははは、丹羽くん、これはすごい! 本格的に考えてくれたね……」
栗村は驚いて言うと、「ありがとうございます!」と丹羽が元気良く言った。
「何か付け足すことありますか……?」
栗村が見回して聞くと、未良、美宇、由貴が笑いながら顔を見合わせ、首を振った。
「わかりました。何だか大事になってきましたが、次回、今日出たものを大項目、中項目、小項目に整理して考えていきましょう」
「はい」
「お願いします!」
翌日夕方、ワインバー。
「今日は、〝ワインバーリモートオフィス化計画〟の続きですね。……この表を見てもらえますか」
「これは昨日、丹羽くんが挙げてくれた、〝行うべきこと〟を私が少し整理したものです」
「ありがとうございまーす」
「ありがとうございます」
「いえいえ。……2カ月後には実施可否の判断をして、目標を再設定するという前提なので、まず、実施可否の判断に必要なものと、そうでないものに分類しました。そして実施可否の判断に必要なものについてはさらに、調査の実施、ビジネスモデルの検討、サービス内容の検討の3つにグルーピングしてみました。何か気になる点はありますか?」
「ないです……」
「すごいと思います!」
「ははは、ありがとうございます。じゃあ、整理はこれでいいとして、これをそのまま大項目、中項目に当てはめていきますね」
「はい……」
「……ええと、ここまでできれば、もう後は美宇さんの経験者採用業務の時と同じように、それぞれの中項目を進めるための具体的な行動を小項目、スケジュールに入れていけばいいでしょう」
「ちょっとボク、書き入れてみますね。こんな感じではどうでしょう?」
丹羽がカチャカチャ入力し始めた。
「おっ、分かり易いね。美宇さんの業務のように、これまでもやってきた業務だと、数値化、具体化もし易いけど、こういう新しい業務はなかなか難しいのに、小項目の中に数値化などの努力の跡が見えるね!」
栗村が微笑むと、丹羽が、「ありがとうございますっ!」と、両手を組み、顔の左右に振った。
栗村が未良、美宇、由貴に向かって、「目標アサインの時にも、数値化、具体化、目指す状態の具体的な説明なんて言いましたが、それは目標達成計画においても同じです。それができていることが、評価の際の思い違いや衝突を大幅に減らしてくれます。大項目、中項目、小項目のすべてが数値化されている必要はありませんが、どこかの段階ではそうなっていることが望ましいですね」と、微笑んだ。
「はい」
「わかりました!」