ゴジラ松井の重圧に負けないマイペース力と「感情を表に出さない」ことへのこだわり
(画像=Alex/stock.adobe.com)

(本記事は、中溝 康隆氏の著書『プロ野球から学ぶ リーダーの生存戦略』=クロスメディア・パブリッシング、2023年3月31日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

大局観を持ち続けて、常に自分のペースで!

ちなみに、背番号55がプロ初本塁打を放った93年5月2日の巨人vsヤクルト戦のテレビ視聴率は32.2%、9回裏に弾丸ライナーのホームランをかっ飛ばした午後9時5分の瞬間最高視聴率はなんと39.7%だった。

当時、日本テレビは松井が本塁打を放つ度にホームランカードを発行していた。しかも、記念アーチとかではなく、1本ごとにだ。そんな異常な状況でプレーするプロ野球選手は今後二度と出現しないだろう。

なぜ、松井はあれほど注目される環境でも、グラウンド上で心乱さず淡々とホームランを量産できたのか? ニューヨーク・ヤンキース移籍後に出版された松井の著書の中では、こんな一文がある。「大抵のことでは「こうでなければならない」と決めつけないで生活するようにしています。あまり頭を固くしてしまうと、実現できなかったときに、イライラしたり焦ったりして、ペースを乱してしまうからです」(『不動心』 新潮社)

もちろん、本職の野球とは真正面からとことんまで格闘する。ただ、それ以外は「まぁ、いいじゃない」くらい気持ちで臨む。ヤンキースへ移籍して、大小含めてハプニングが多いアメリカ生活を送る中で、そんな心境に辿り着いたという。

松井は基本的に仕事の失敗を口に出さない。なぜなら「感情を口や顔に出すと、その感情に負けてしまう」からだという。

さらに別の著書では、試合後の気持ちのリセット法や気分転換について、ゲーム前に外した結婚指輪を薬指に戻す瞬間がオンとオフの切り替えになり、シャワーだけでは流せなかった喜怒哀楽もそれで払拭できると家庭人としての顔も見せている。

「大抵の疲れや悩みは、おいしいものをゆっくり食べて、よく寝れば解消されてしまう」という普通のスタンスで生きる松井。真っ当であり、王道。かと思えば、今も変わらず東スポの60周年お祝いコメントに「現役時代の唯一の後悔は、東京スポーツと仲良くしてしまったこと」なんてかますユーモアも忘れちゃいない。

「食べて、寝る」至極真っ当に、王道に生きた野球人生

先が読めないこの時代、我々の日常生活でも余裕がなくなると「規則正しい食事と睡眠」って基本を忘れて愚痴りがち。しかも、通勤電車で足を踏まれたとか些細なことにイライラして腹を立てる小さい自分がいる。

最近、コロナ禍も落ち着き、会社の打ち上げや取引先との飲み会が復活してきて「あぁ、しんどいな……」と憂鬱な人も多いかもしれない。個人的に大人の付き合いを求められる夜には、松井の巨人時代のクリスマス契約更改を思い出す。

時にサンタクロース人形を頭に乗せ、おもちゃのバズーカ砲をぶっ放すサービスショットに協力し、毎年クリスマス更改の理由を聞かれると「たまたまこの辺が空いているという寂しい事情もあるんですが」なんて爆笑を誘う。

スーパースター松井ですら、毎年この手の茶番スレスレの記者会見をプロ野球選手のオフのイチ仕事としてしっかりこなしていたのだ。別に「もうそういうのは勘弁してください」と断ったところで、誰も文句は言わないだろう。

なのに、報道陣が用意した小道具を持ちポーズを決める律儀な姿。

あの社会人力は凄い。よし俺も今夜は部署の飲み会に顔出そうかな。別に毎週やるわけじゃないし、年に何度かの付き合いでその後の仕事が円滑に進むなら……なんつってウコンの力を一気飲み。あの頃、サンタの帽子姿はマジでダサくて、死ぬほど格好良かったっすよ松井さん。

もちろん、すべてが上手くいくわけじゃない。30代中盤を迎えた現役生活の後半、06年に左手首骨折、07年には右膝を痛め、08年にも日本時代からの古傷・左膝を手術と毎年のように故障に悩まされた背番号55の姿。もちろん若い頃は連続試合出場が当たり前のタフさを誇った松井本人もショックを受ける。

その上で、逃げずに怪我をした現実を受け入れ、リハビリに励むわけだ。大切なのは弱気にならないこと。「怪我をする前よりもすごい選手になってグラウンドに戻るんだ」という強い気持ち。

信念を持っていれば行動が変わり、己の人生さえも変えることができる。そして、2009年のワールドシリーズで松井は、日本人選手初のMVPを受賞するのだ。

よく食べて、よく寝て、心のずっと奥の方に強い心を忘れずに。

こんな殺伐とした時代だからこそ、いつも心にゴジラ松井魂を。

生存POINT
いい仕事をするために大事なのは「食う・寝る・遊ぶ」転職しても自分のペースを崩さない。「不動心」がマジ大事。
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中溝 康隆
1979年埼玉県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。ライター兼デザイナー。
2010年より開設したブログ『プロ野球死亡遊戯』が人気を博し、プロ野球ファンのみならず、現役選手の間でも話題になる。『週刊ベースボールONLINE』『Number Web』などのコラム連載の執筆も手掛ける。
主な著書に『プロ野球死亡遊戯』(文春文庫)、『現役引退──プロ野球名選手「最後の1年」』(新潮新書)、『プロ野球 助っ人ベストヒット50 地上波テレビの野球中継で観ていた「愛しの外国人選手たち」』(ベースボール・マガジン社)、『キヨハラに会いたくて 限りなく透明に近いライオンズブルー』(白夜書房)などがある。

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