天才も人の子? 野球エリート高橋由伸の栄光と苦悩
(画像=Brocreative/stock.adobe.com)

(本記事は、中溝 康隆氏の著書『プロ野球から学ぶ リーダーの生存戦略』=クロスメディア・パブリッシング、2023年3月31日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

野球エリートに与えられた苦悩と試練

誰もが憧れる天才バッター。しかし、エリートにはエリートの苦悩がある。その過剰とも言える周囲からの期待に対して、プロ6年目に雑誌『Number』で、こんな愚痴をこぼしている。

「みんな、タイトルだとかトリプルスリー(打率3割・30本塁打・30盗塁)だとか言いますけど、いったい何を基準にして僕にそれを言うのって言いたくなりますよ(笑)。30盗塁なんて、絶対ムリでしょ。今のセ・リーグで30も走ったら、盗塁王ですよ。ホント、イメージだけですよね」

(『Number』571)

そして、由伸は最後にこう付け足すのだ。「夢と目標は違うんだよ、とも言いたくなる」と。努力は人にアピールするもんじゃない。だが、天才と呼ばれるその裏では、猛練習を自らに課した。ノムさんの息子・野村克則が阪神から巨人へ移籍してきた際に驚いたのが、主力選手の由伸の異常とも思える練習量だった。そんなにやったら壊れてしまうんじゃないかと心配してしまうほど、いつまでもバッティング練習を続ける姿に、巨人の強さを垣間見た気がしたという。

すべてに恵まれたかのように見える野球人にだって、苦労もあれば、当然悩みもある。02年限りで1歳上の松井秀喜がFA宣言してヤンキースへ。その直後に突然ゴジラから「巨人を離れることになった。だから、とりあえず次はお前がやれ」なんて次期選手会長の座を電話で無茶ぶり。

まぁいっか、となんとなく引き受けた役職だったが、直後に04年の球界再編騒動が起きる。あの時、1リーグ制を主導した巨人は完全な悪役だった。自チームのオーナーは球団削減に向けて突き進んでいる。しかし、選手会やファンは近鉄バファローズの存続を願い動いていた。いわば両者に挟まれ、由伸は疲弊した。「正直、俺が会長の時に起こらなくってもいいのに……と愚痴りたくなるときはありましたね」

のちに『古田の様』(扶桑社)の中で球界再編の喧噪をそう振り返っている。立場的に神輿の上に乗らざるをえない苦悩。

思えば、15年オフの現役引退もそうだった。

このシーズン、40歳の背番号24は勝負どころの代打の切り札として、代打打率3割9分5厘と無類の勝負強さを発揮した。

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中溝 康隆
1979年埼玉県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。ライター兼デザイナー。
2010年より開設したブログ『プロ野球死亡遊戯』が人気を博し、プロ野球ファンのみならず、現役選手の間でも話題になる。『週刊ベースボールONLINE』『Number Web』などのコラム連載の執筆も手掛ける。
主な著書に『プロ野球死亡遊戯』(文春文庫)、『現役引退──プロ野球名選手「最後の1年」』(新潮新書)、『プロ野球 助っ人ベストヒット50 地上波テレビの野球中継で観ていた「愛しの外国人選手たち」』(ベースボール・マガジン社)、『キヨハラに会いたくて 限りなく透明に近いライオンズブルー』(白夜書房)などがある。

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