史上最年少となる26歳で兵庫県芦屋市の市長に当選した高島崚輔氏や、2023年3月開催のWBC(ワールド・ベースボール・クラシックス)で世界中に衝撃を与えた大谷翔平選手など、さまざまな分野でZ世代の活躍が話題を呼んでいます。
他方で、Z世代の未知の状況に放り込まれた時の対応力に、就職・採用アナリストの斎藤幸江氏は疑問を呈しています。
本記事では、Z世代が得意なこと/苦手なことは何なのか。そして、先行き不透明な時代において、上の世代とZ世代が協力し、ともに乗り越えるべき課題は何なのか、斎藤幸江氏に解説してもらいます。
目次
Z世代の自己=「相」ごとのキャラの集合
前回、Z世代は、人と親しくなるメリットをあまり認めないと述べました。仕事相手や仲間など、相手に「ひと」としての興味を持たず、その場その場(以下、「相」と呼びます)に必要な情報や役割のみを、自分にも相手にも求めます。
日常では、「推し活している自分は、全力でその人を応援し、SNSでは推しの魅力の伝道者」「職場では、社内外の人々に等しく気持ちよく接しながら努力もして、期待に応える」「ゲーマーとしては、謎のあるチャレンジャー」など、各相に合わせた目的や役目があります。
これらは相ごとにクローズし、スキルや使う情報が決まっています。「いつも笑顔で不快にさせず、相槌上手な友人」という立ち位置の相では、「率直に進捗状況を交換し合う就活仲間」は、両立できません。だから、機能や目的別に最適の相手を選んで、効率的かつ快適に向き合うのが、Z世代の姿勢です。
いわば、グループごとのキャラクターの使い分けですが、これは以前からありました。「大学生の半数は“キャラ”を積極的に使い分けている!? 調査してみたらリアルな人間関係が見えてきた」(プライムオンライン編集部:https://www.fnn.jp/articles/-/4014) によれば、55%の学生がキャラクターを使い分けています。「それぞれの集団に合った役割があるという理由で、キャラがある人の方が、自己有用感が強い」とも同記事では述べられています。
自分の立ち位置に必要なスキルや情報を出し、役割を担うことが重要で、そうした様々な相の集まりが、ひとりの若者を形成しています。そこでは、「一貫した自分らしさ」は、必須ではないようです。
各「相」での目標達成率は高い
「本来の私のイメージが拡散してしまい、本当の自分とは何なのかということに悩む人も増えてくる可能性」や「深い関係を築く際には足かせになる場合もある」「お互いの深い相互理解を促進するコミュニケーションが、今後減少していく可能性」(いずれも同記事)といった懸念ももちろんあるでしょう。
しかし一方で、Z世代が深い相互理解といった余計なものがないからこそ、迷うことなくその場に応じた情報やスキルを全力投入できるのかもしれません。「一貫してどんな人でありたいのか」という根源的なアイデンティティを自分にも相手にも求めないから、より合理的に結果にコミットできるポテンシャルを、Z世代は持っています。
筆者が、Z世代らしいなと思ったのは、WBCの侍ジャパンです。同世代を中心に、勝利を目指す若者たちが集まり、それぞれが目的達成のための役割を全力で見つけて取り組み、結果を出しました。優勝後にダルビッシュ有氏が、「みんな友達みたいに仲良くなれました」と話すのを聴き、「らしさ」を実感しました(ダルビッシュ氏自身はZ世代より上ですが)。
筆者は古い世代なので、「一世一代の経験を共有できたら、一生大切な仲間になる」と考えるのですが、彼らは友達未満にすぎないのか––。役割を全うし目標を目指しあう仲間と、親しさは別物だと再認識させられました。
平和に接したい、Z世代の調和志向
「推し活」に象徴されるように、自分の立ち位置を得るには、同じ向きの集団に入り調和することが、重要です。Z世代は、興味・関心や目標、さらにルールを共有できる人間関係を好み、かつ求めます。
学生が就職活動で強みに挙げるダントツ一位は、「協調性」です。授業やセミナーを担当している大学で自由記入のアンケートをとると、必ずトップになります。また、あさがくナビ2024調査でも、面接でアピールしたいことの一位は「協調性」(69%)で、2位の「コミュニケーション能力」(41%)を大きく引き離しています(https://service.gakujo.ne.jp/press/230220)。
彼らが考える「協調性」とは、何でしょうか? 聞いてみると、「相手のことを絶対に不快にさせない。戸惑うような質問はしないし、否定的なことは言わない」「時にはハードルを下げて、全員が参加できる体制や雰囲気を作る」「ひとりひとりに丁寧に接して、全員の納得感を引き出し、課題を解決する」といった答えが返ってきます。
少し皮肉な見方をすれば、摩擦と脱落の回避に邁進することが、Z世代の考える協調性です。そう考えると、「優しいけれど拒めない同調圧」が常に存在し、それに合わせて生きる彼らの姿も見えてきます。 では、そこまで守りたい調和とは、一体、何なのでしょうか?
Z世代は、異質なものが苦手で忌避
コロナ禍の中、大学の部活やサークルの勧誘は、すべてオンラインになりました。方法を問うと、「SNSで今までの活動の様子やメッセージを発信しています」とのこと。「タグる」という言葉に象徴されるように、SNSは共有できるキーワードに反応した人が情報に辿りつく仕組みです。
そこで、「あなたのサークルとまったく接点がない人には、どうやって呼びかけるの?」と質問したところ、「そこは、勧誘しなくていいのでは?」と言われました。そして、今春、各大学で対面での新入生の勧誘が復活しました。その報道で取材された学生が、「対面の新歓はどうやっていいのか、本当にわからない」と話していたのが、印象的でした。タグのない相手へのアプローチは無理、というわけです。
興味や関心を共有でき、予想や期待の範囲内で安心できることが、Z世代にとっての「調和」です。調和できる相手とは平和に交流できますが、Z世代は、異なる人への働きかけができない、あるいは苦手です。どんな環境で何をめざし、「自分の立ち位置はどこか=相の状態」をあらかじめ確認して参加するZ世代は、見方を変えれば「フレームありき」、予定調和というより「期待調和」で物事に取り組みます。フレームの外のものを中に取り込むのは、不得意なのです。
新卒採用選考で、「あなたの研究テーマを一般の方(子供、おじいさん・おばあさん などと指定されることもあります)にわかりやすく、説明してください」と求める企業があります。Z世代は、研究内容を誰にでもわかる言葉に噛み砕いて説明することに、終始します。
その前の就活生は、まず、自分の研究テーマへの相手の興味を喚起していました。たとえば、過疎地域の活性化に取り組んでいるのなら、「今、こうした問題を抱える地域は、全国で〜箇所あり、もし対策をしなければ〜を招くことになります」、農作物の害虫被害対策なら、「○○につく、◇◇という害虫の被害は、年に〜にも及び、これは全収穫量の▲%にも達します」と話すなど、関心を促す背景説明がありました。 ところが、これを端折ってしまう、あるいは、その必要性に気づかない就活生が急増しています。
Z世代は、同じ方向を向いている人とは、コミュニケーションが取れるけれど、反応を予想できない相手にアプローチするスキルが高くありません。
設定が明確な場面で、Z世代はパワーを発揮
Z世代は、自分の状況と立ち位置を決められれば、他の世代以上に力を注ぎ、結果に邁進できます。しかし、そのフレームが崩れると、一気にモチベーションの低下を招きやすいのも特徴です。
たとえば、「この会社でこういう長所を生かし、こんな活躍をする」と考えて入社しても、その通りにならなかった(その方が多いですよね!)とします。すると、「それならば、どうすればいいのか?」と試行錯誤するよりも、想定していた立ち位置がここにはないことに落胆してしまいます。さらに、優しい先輩、上司からの丁寧なフォローがあると、「みんなが前に進もうとしている中で、自分はそれを疎外している」と自責し、退職に到ることもあります。
想定外を期待できる人材を育てる
何をすればいいかということが明確にわかる状況で高いパフォーマンスを発揮する力は、我々がむしろZ世代から学ぶべき側面です。一方で、予想不可能な状況への忌避や苦手意識は、変化が著しく速い現代においては、Z世代が払拭すべき弱点でしょう。今までにない視点でのアプローチ、先は見えないが直感やインスピレーションで繋がったり、挑戦したりする原動力は、AIには持ち得ないこともあり、今後、ますますニーズが高まります。
しかし、彼らのこうした弱点は、むしろ強まっています。24年卒予定の就活生に「コミュニケーションを取る上で最も苦手なタイプは?」と聞いたところ、「感情を素直に出す人」、「感情的になりやすい人」という回答が次々と返ってきました。なぜか?と聞くと、「感じたことをすぐに出すのは、相手への配慮がなく失礼だ」とのこと。相手の動揺や不快を招くからというのです。「その場でのあるべき姿勢・振る舞い」を第一に考える彼らにとって、「ありのままの反応」は、ルールの逸脱。しかし、筆者は、彼らの過度の調和志向に危機感を感じます。
では、どうすれば見通しのない状況でも挑戦する姿勢や、好奇心や勘だけを頼りにした行動力を持てるのでしょうか?
実は、彼らにこうしたスキルがないわけではありません。コロナ禍で彼らは、全く想定外の生活に放り込まれました。しかし、その中でもいろいろ悩み、もがきながらも、自分なりのライフスタイルを作り上げています。 問題は、彼らが先の見えない状況下でのもがきや苦しみに価値を感じていない点です。
「自分の立ち位置も見通しも見えない未曾有の中、よく頑張ったよね」と言っても、「ネガティブ過ぎる負の時間」と捉えてしまうのです。彼らが評価するのは、課題を理解し、動き出したその先です。しかしながら、苦しんだ経験そのものから学ぶことは多いはず。その価値を周囲が彼らに伝えることが、「予想外への挑戦」、「想定外での行動」を誘引するきっかけになると考えています。
上の世代は、自ら冒険を
Z世代に限らず、「道筋が見えること」、「予想がつくこと」を好む傾向は、今やどの世代にも見られます。初めての土地で食事をするのなら、口コミや情報サイトをチェックしてしまう、本を読む前にあらすじやレビューを確認してしまう––。そんなことが今や日常です。
また、人と気軽につながることが難しくなった今、ノリや感覚だけで何かを始める機会も激減しています。過去を振り返れば、筆者自身、出張に向かう新幹線で隣り合わせた乗客から仕事のヒントをもらったり、居酒屋の近くの席での見知らぬ客の話を小耳にはさみ、その人と業務を提携した経験があります。
これらが、「動いてみたら何かが起きるかもしれない」という期待につながり、私自身の軽いフットワークや高い好奇心のアンテナを支えてきました。しかし、それを失いつつあることに、危機感があります。
Z世代は、こうした「偶然のきっかけが予想外の何かを連れてきてくれた経験」に著しく乏しいのです。だからこそ、調和思考に走りがちです。
今後、さらに未曾有のことが起きる可能性は高いのが現状です。そんな今だからこそ、経験者が先の見えない状況に飛び込む姿を見せ、その価値を伝えなければいけないと痛感しています。予想不可能な状況にこそ、変革やイノベーションのきっかけがある。それを実感してもらい、AIにない変革力・創造力の醸成をめざすことが、今及び将来において必要不可欠です。 目標達成への意欲や集中力といった今あるZ世代のポテンシャルに、これらのスキルが加わったら、どんな時代も乗り越えられる人財が育つのではないでしょうか。