今回は、大和SMBCキャピタルにてベンチャーへの投資や昭和シェル石油株式会社での新規事業開発などをご経験され、現在は東大IPCにてAOIファンドの投資責任者である水本さんにお話を伺いました。
こちらの記事では、主に東大IPCの運営する2つのファンドの概要やそこに懸ける想い、また今後のビジョンなどについても水本さんにご紹介いただきます!
スタートアップログでは、全4回にわたり東大IPCの各担当者様への取材記事をご紹介していきます。
ー水本さん、本日はよろしくお願いいたします!
よろしくお願いいたします。
ーはじめに東大IPCが運営する2つのファンド『協創1号 』『AOI1号』について教えてください。
当社では2つのファンドを並行運用しています。
協創1号ファンド(協創プラットフォーム開発1号投資事業有限責任組合)は2016年に設立されました。“日本の産業や国力強化”を目的として民間VCの投資活動を支援しています。投資対象は、民間VCへのファンド・オブ・ファンズ、そして投資先VC等が投資したスタートアップにフォローオンという形で次のラウンドなどで継続投資もしています。
AOI1号ファンド(オープンイノベーション推進1号投資事業有限責任組)は、日本での企業のオープンイノベーションの支援をコンセプトに、2020年に設立されました。企業の子会社や事業部を切り出すカーブアウト案件、また事業会社と積極的に連携しているシードベンチャーに対して投資を行っています。
ーカーブアウトを支援するファンドというのは非常に珍しいと思いますが、その他にもファンドの特徴などはありますか?
まず、各ファンドの共通的な特徴としては、ファンド満期が15年と長いことですね。
2つ目としては、普通の民間ベンチャーキャピタルは利益をあげることを最大の目的としている一方で、我々の場合はファンドへの出資金額のほとんどが東大ひいては東大に予算を付けている日本政府であることです。つまり、利益だけでなく“東大周辺のイノベーションエコシステム拡大や日本の国力強化”といった政策目的が利益と同じぐらい重要な目的となることが2つ目の大きな特徴といえます。
最後に、親会社が東京大学であることも大きな点です。オフィスも東大の構内にありますし、東大との情報連携は民間のベンチャーキャピタルより密に実施できます。
ー出資される側も待ってもらえる期間が長いことや、目的が利益のみではない点はやはり大きな違いであると感じますね。一般的なベンチャーキャピタルと分野や領域においても違いはありますか?
民間の一般的なベンチャーキャピタルに比べるとITサービスのウエイトは低いと思います。理由としては、“大学の学術的知見を活用するスタートアップに投資をする”という私たちのファンドにおける投資ルールがあります。このルールの下、大学の学術的知見を活用するスタートアップが対象となるため、やはりバイオやAIなど大学との距離が近いテクノロジー分野に投資が集中しています。
ー大学ベンチャーキャピタルならではの制約もあるのですね。一般のベンチャーキャピタルでの勤務経験がある水本さんだからこそ苦悩されることなどもありますか?
やはり、案件の妥当性を考える時に、学術的知見を使っているかなどの運用ルールが一般的なベンチャーキャピタルに比べて多くある点は、民間の時とは違う頭を使っている感触があります。ただ、ルールは別の言葉にすると戦略とも言えます。学術的知見の活用というルールを遵守すると、自然にテクノロジーセクターへの投資が中心になるわけですが、これは立派な投資戦略だと思っています。
運用ルールもそうですが、もう一つ大きいのは社会での受け取られ方、言い方を変えると社会的意義を重視している点ですね。儲かるか否かのみでなく、社会的に良いインパクトを与えられることが重要な投資判断軸になります。また投資だけでなく、保有株式の売却タイミングも儲けだけでは判断していません。投資先の成長に不可欠ならば、IPO前に保有株式を投資先の提携先へ泣く泣く売却する場合もあります。
ーなるほど、その苦悩が東大IPC組成目的でもあるイノベーションやエコシステムの拡大・発展に繋がっている気がしました。逆に、やっていて良かったという経験や喜びを感じる瞬間はどこにありますか?
今の時代、IT系サービスは飛び抜けて面白いものはなかなか出にくくなっていると思います。90年代にインターネットを中心とするITの巨大な波が来た時に、その技術で生まれたキャンパスをグーグルやマイクロソフトといった巨大なピースが埋めていきました。今はその巨大なピースの隙間を新しいスタートアップが小さなピースとして埋めに行っているイメージです。必然的に彼らを超える規模の会社が生まれる余地は殆どありません。
それゆえに、IT系サービスに比べるとマネタイズまでの時間が長く、必要資金も大きいハイリスクなテクノロジースタートアップに挑戦する起業家が年々増加しています。つまり我々の投資ルール/投資戦略は業界トレンドから見ても理にかなっているわけです。
そして、東大IPCの立ち位置はテクノロジー投資をするには非常に適していると考えています。アメリカでもほとんどのテクノロジーベンチャーは大学から生まれています。東大IPCは大学の子会社であるため、密に情報を得やすく、先生方にも親近感を感じていただけています。また、そのような立ち位置を有する当社の活動に共感して力を貸してくれる著名人も多く、この会社で投資をしていてよかったと思うことは多いですね!
もう一つ、私が特にやりがいを感じるのは、創業の直前・直後からの支援活動です。事実、私がこれまで当社で立ち上げた「1stRound」や「AOI1号ファンド」は、どちらもシード投資やインキュベーションといった創業期支援に軸足を置いている点が共通しています。
創業期支援にやりがいを感じる理由は、我々がバリューを出しやすいためです。起業家が最も信頼するのは創業期を支えてくれた投資家であることが一般的ですし、すでに様々な支援者や関係者が関わり経営資源も整いつつあるミドルステージ以降とは異なり、創業期の起業家には経験豊富なcxoも信頼できる投資家もいません。それ故に我々でも起業家のお役に立てることは多々あります。
なにより社長が起業を悩んでいるフェーズから相談に乗り、早ければ1-2年後には社員が2,30人まで成長する姿を見れるのはシンプルに嬉しいです。「あのとき、1stRoundで採択されたことがきっかけで起業しました」と成功したスタートアップに言われると、感動しますよ(笑)
将来的に彼らが何千人もの社員を擁する大企業となり、私自身が日常的に彼らのサービスを使う日が来れば、それはもう最高だと思います。
ー大学発ベンチャーキャピタルならではのメリットも多くあるんですね!海外のアカデミア発ベンチャーの話もありましたが、海外の大学と比べるとどういった違いがありますか?
どこの大学と比べるかによりますが、まずアカデミア発ベンチャーの数が全く違います。数だけでなく、経営陣の経験値も異なります。例えば、米国スタンフォード大学の第10代学長であるジョン・リロイ・ヘネシー博士は、大学教員職にある傍ら、自らの研究成果を事業化すべく1年休暇をとった上でベンチャー企業を立ち上げた経歴を持ちます。海外は 大学と産業界の距離が近いため、シリアルアントレプレナーが立ち上げたアカデミア発スタートアップが多数あります。
ちなみにそのスタンフォード大学の2020年の投資運用資産は数兆円規模となっており、東大の投資運用資産とは桁が幾つも異なります。当然ベンチャーキャピタルの運用総額も異なっていますので、同じ大学ですが、ベンチャー創出という意味では全く次元の異なるゲームをしている感覚ですね。
ーそういった環境では、イノベーション創出の機会も大きく異なるように感じます。そのような海外の大学と張り合っていくためにも、今後についてどのような目標などビジョンがありますか?
これまで東大IPCは、東大の子会社であり、官民ファンドの枠組みを起点として動いてきました。私個人の想いとしては、今後は日本中のアカデミアのハブとして、あらゆる大学や研究機関に関連するベンチャーに投資を行い、そのリターンをアカデミア全体に還元する存在に昇華できれば理想だと考えています。
このため、「1stRound」が共催機関を増やしていったように、アカデミアを横断した取り組みを活性化することを重視しています。日本のリソースを一つの取り組みに集中させていくことは、海外の大学と張り合っていくために非常に重要だと考えています。
ーなるほど!日本全体でリソースを集中させるというのは、興味深い構想です!そういったビジョンの先にはどのような未来を描いてらっしゃいますか?
“東大という場を活用して、日本中の大学から数多くのスタートアップを輩出し、その中からユニコーンを輩出する”というビジョンを掲げてやっています。数をつくれば質があがるという理屈のもとで、数と質を追い求める形です。
とはいえ、弊社には色々な経験やビジョンを持った人間が集ってきています。官民ファンドとして設立されて 7年が経過し社会環境も変遷してきている中で、長期的視点から弊社が今後どういう取り組みに注力すべきか皆で議論しているところです。
ー多様なバックボーン持つメンバーがいることも東大IPCの特徴かもしれませんね!そのような構成メンバーに共通する思いなどがあれば教えてください。
“国力をあげる”という思いは、みんな一致しています。アプローチは人によって違いますが、最終的には日本をなんとかしたい!国力をあげていきたい!という思いは共通のものを感じていますよ。
ー最後に、創業まもない起業家やこれから起業を考えている方に対して、水本さんからメッセージがあれば、お願いします。
起業というとベンチャーキャピタルから多額の資金調達を実現した経営者が注目されますが、ラーメン屋を作ることも立派な起業です。重く捉えずに、もっと気軽にすればいいと思いますね!例えば、サラリーマンしながら起業すればリスクも低くなります。
結果的に物凄く資金が必要で、その資金を使えば事業を伸ばせる確信を持てば、ベンチャーキャピタルを使えばいいと思います。
一番忘れてほしくないことは”やりたいことをやりきる”ことが起業のゴールであるということです。どうしてもお金が必要なのであれば我々のような会社を使う手段もあると思います。当社の「1stRound」などのインキュベーションプログラムもぜひ、活用してもらいたいです。
逆に多額の資金が必要ないスモールビジネスであれば、ベンチャーキャピタルを使う必要はありません。自己資金でやるほうが意思決定スピードも上がります。自分のやりたいことをやりきることが起業であり、それを実現させるための苦肉の策が資金調達だということを忘れないでください。
ー東大IPCという稀有で多様性のある組織の想い、そして水本さん個人の想い、それぞれが熱く伝わってきました。ゴールをしっかりと持ち、必要な手段を見出すことが一歩踏み出すきっかけになるかもしれませんね!水本さん、ありがとうございました。
[会社概要]
【会社名】東京大学協創プラットフォーム開発株式会社(東大IPC)
【URL】https://www.utokyo-ipc.co.jp/
【設立年月】2016年1月
【代表者】代表取締役社長 植田浩輔
【所在地】東京都文京区本郷 7-3-1 東京大学南研究棟アントレプレナーラボ261