起業、出世に次ぐ新しい経営者へのキャリアパスが今、注目されています。経営者志望の人材(サーチャー)が投資家の支援を受けて、M&Aを実行して中小企業の経営者となる仕組み(サーチファンド)が広がりつつあります。経営者人材の育成と中小企業の後継者問題が日本の社会課題となる中、経営志望者と企業をつなぐサーチファンド型M&Aが日本で黎明期を迎えています。サーチファンド・ジャパンの2件目の成約事例で新しく経営者となった大富涼さんにお話を伺いました。
プロ経営者を目指し中小企業の経営者に転身
プロ経営者への夢にまっすぐ進む20代の経営者が誕生しました。愛知県名古屋市出身の大富さんは2023年2月、千葉県松戸市のプライズ企画・卸業「株式会社アレスカンパニー」の代表取締役社長に29歳で就任しました。一橋大学で経営学修士(MBA)を修了して総合商社に入社し、海外子会社の拠点開設等を担当。外資系コンサルティング企業に転職後はクライアントの大手企業の経営戦略立案を支援してきました。若くしてビジネスパーソンとして輝かしいキャリアを歩んできた大富さん。「学生時代に三枝匡さんや柳井正さんを始めとしたプロ経営者・偉大な起業家の方々からお話を伺い、自分も経営者、特にプロ経営者と呼ばれる企業価値向上のスペシャリストとして日本経済を支えていきたいと思うようになりました。それがサーチファンドを志すようになった原体験です」と振り返ります。
日本のエンタメの可能性を感じ革新を起こす
大富さんは日本政策投資銀行(DBJ)やキャリアインキュベーション、日本M&Aセンター等が出資して2020年に設立したサーチファンド・ジャパンが支援する経営者候補として、企業探索などサーチャー活動を開始。100社程度の企業について投資検討をしていく中で、アレスカンパニーと出合いました。「アニメ・漫画・ゲームなどのエンターテインメント領域は日本の長期・持続的なグローバルプレゼンス向上の文脈で中核となりうる重要な領域だと考えています。その中でもアミューズメント施設は日本のユニークな娯楽文化のひとつだと感じており、今後この領域が発展していくことで世界に対して新しく面白い“遊び”を提案できる可能性があると信じています。何より自分自身がゲームセンターで楽しく過ごした思い出が決め手となりました 」と良縁に恵まれました。
サーチファンド・ジャパンと一緒に交渉をまとめ、代表取締役副社長としてアレスカンパニーに入社しました。「引継ぎ期間の時は従業員とのコミュニケーションの取り方などで難しさがありましたが、次第に打ち解けることができるようになりました」と、外部人材がトップに就任する難しい過程でもオーナーシップを発揮して、徐々に社内で信頼を勝ち得ました。代表取締役となって着手した経営改善策はDX推進と組織改革でした。もともと紙とExcelが中心だったオペレーションを、ノーコードのWebアプリケーションを活用して刷新。社内に眠る顧客・商品データの見える化と売上増加に伴い急増する事務作業の効率化を実現し、持続可能な成長基盤を整備しました。また、組織体制を大幅強化し、営業担当者の大幅増員及び1人だったデザイナーを複数体制に拡大しました。これまでアプローチできていなかった顧客を開拓・深耕し、自社企画商品を増やすことで、収益増加に貢献してきました。「大小様々な意思決定や、実行まで含めた事業運営における全てのラストマンを務める必要がありますが、一つ一つのアクションが着実な業績改善や従業員の働きやすさの実現につながる実感もあります」と決断する毎日に充実感をのぞかせます。
アレスカンパニーが身を置くアミューズメント業界はコロナの影響を受けましたが、プライズ商品がメインとするクレーンゲームは好調で、業界の稼ぎ頭となっています。都市部のゲームセンターには外国人観光客の姿も多く、回復基調のインバウンドでも日本のキャラクターグッズへの高い需要が見込まれております。
企業価値を高め挑戦の連鎖を作るのがサーチャーの使命
勝ち組といわれる企業のキャリアを手放し、挑戦した中小企業経営者としての人生。「キャリアの早い時期に経営者として挑戦することの良し悪しはありますが、“社長の仕事は社長にしかできない”という言説の真意を肌で感じることができたのは非常に大きいです。最大の学びは社長の器以上に会社は大きくならないということ」。断言する姿に後悔はありません。今の目線は、従業員12人の会社を今後5年以内に売上30億円に成長させること。その一方で、会社を100億円規模、1000億円規模の会社にしていくためには、新しい打ち手以上に「経営者として野心や野望が問われています。どれだけ大きな絵を描けるか」と考え、業界の未来やその中で自社が果たすべき役割を構想しています。
また、今回の活動を通じて、欧米発のモデルであるサーチファンドは日本経済が抱える事業承継問題や中小企業の活力向上といった課題を解決する特効薬になりうると実感し、読売新聞やNHK等のメディア取材にも積極的に対応。先駆者としてサーチファンドを広めることにも余念がありません。
サーチファンドを活用して経営者となった自身に求められていることについて「企業価値を高めること」と、サーチファンドで成功した実例となることだと認識しています。「今はようやくスタート地点に立ったところで、まずはこれまでのキャリアで学んだことをフル活用し、売上を伸ばし利益率を上げていく商売の基本を徹底して本質的な企業価値を高めていきます。その先で、自社としては業界の未来や世界に通ずる大きな展開を実現させ、そうした挑戦の姿を見て、さらにサーチファンドに挑戦する人が増え、多様で力強い日本の企業群が形成されていきます。そんな挑戦の連鎖が続く未来を作っていきたいです」と一挙手一投足が、日本の新しいキャリアモデルにつながっていきます。
サーチファンドが日本に根付くために
サーチファンド・ジャパン代表取締役 伊藤公健氏
サーチファンドが日本に根付くためには課題が二つあります。1つ目はまだ実績が少ないこと。大富さんらのような若い経営者が企業を成長させた実績をつくり、その事実が広く社会で知られることによって、サーチファンドで経営者になりたい人々の背中を押すことになります。2つ目はサーチファンドを支える側として投資家が育っていく必要があります。アメリカでは、元サーチャーが投資家となって次のサーチャーを支援するエコシステムが構築されています。日本でもスタートアップに出資する投資家のようにサーチファンドを支援する投資家も増やしていかなくてはなりません。日本でも中小企業と優秀な経営人材をつなぐモデルを構築していきます。
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