この記事は2023年2月23日に「テレ東プラス」で公開された「「大転職時代」の火付け役~ビズリーチの衝撃:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
「あなたが欲しい!」~企業から届く“ラブレター”
IT企業でデータ分析をしている橘さん(仮名・30代)は転職活動をしている。毎日、チェックしているのがスカウトのメール。「うちの会社に来てください」という、いわば企業からのラブレターだ。この日も名だたる企業数社からスカウトが届いていた。企業の求人広告ではない。橘さん個人宛に送られてきたモノだ。
「もちろん年収も大事ですが、どういった仕事をどんな人たちと一緒にやるのかに興味を持って見ています」(橘さん)
その中に興味をひく企業があった。さっそくアプリで「話を聞いてみたい」と返信。
数日後、東京・港区のオフィスビル「虎ノ門ヒルズ」に橘さんが面談にやってきた。訪ねた相手はIT関連のベンチャー企業「ウネリー」。まずはデータ分析チームリーダー・鶴見徳馬さんから事業内容を説明してもらう。
それはスマホの膨大な位置情報を分析し、サービスを企業に提供する事業。例えば店の混雑状況をリアルタイムで表示するサービスでは、ワンタッチで混み具合がわかる。
橘さんはここで「今回のオファーでどういうポジションを埋めたいのか」という核心の質問へ。「新しい分析手法を開発して価値を提供できるチームをつくりたい」と答える鶴見さん。お互いを知るためのやり取りは1時間続いた。
橘さんがスカウトのメールを受け取るのに使っていたのは、「ビズリーチ」。最近、テレビCMでよく見る転職サイトだ。
以前は転職しようと思ったら、人材紹介会社に登録するなどして紹介してもらうのが一般的だった。ビズリーチは自分の持っているスキルや経験を書いて登録すると、企業から直接スカウトが来る。この「ダイレクトリクルーティング」を日本で最初に始めた。
今やおよそ180万人の即戦力人材が登録。累計で2万2,000社以上の企業が活用している。
大手企業もビズリーチを使っている。例えば、キリンホールディングス。健康関連の事業を拡大しているため、「即戦力」の採用を増やしている。
その1人がヘルスサイエンス事業部の中島聡美さん(36)。「キリン」には2022年7月に転職してきた。新しい機能性表示食品を消費者庁に届け出る仕事だが、これが簡単ではないと言う。
「仮に1文字ルールから違っていただけで『差し戻し』になってしまうので、確認をしながら『届出』をします」(中島さん)
中島さんは以前も別の食品メーカーで機能性表示食品を担当していた、この分野のエキスパートだ。
▽「まさかこういう縁があるとはとビックリしました」と語る中島聡美さん
「私の書類作成の不備にも細かく気付いてくれるので、差し戻しもなく『一発受理率』が上がっているのは中島さんのおかげだと思っています」(同僚の古谷慶子さん)
中島さんは前の会社に勤めている時にビズリーチに登録。すると「キリン」から「プラズマ乳酸菌の商品を、世の中にいち早く届けるために、是非とも協力してもらえませんか」というスカウトメールがきた。
「驚きました。『キリン』に入ることで自分のスキルを伸ばせると感じたので、まさかこういう縁があるとはとビックリしました」(中島さん)
ビズリーチを使って中島さんを見つけ出したのは直属の上司、ヘルスサイエンス事業部学術・開発グループ長の川久保英一さん。180万人の中から「『機能性表示食品』に加えて『届出』というキーワードで検索しました」と言う。
キーワードを入力するとその言葉を経歴に記載している登録者がヒット。180万人から、216人にまで絞り込まれた。あとは一人一人の経歴を読み込み、「これだ」と選んだのが中島さん。開発から届出まで1人でやってきた経験が魅力だったと言う。
「今までのビジネスを継続してできる世の中ではなく、新たなことを発掘・発見してつくっていかなければならないので、経験者採用が重要になったのだと思います」(川久保さん)
「キリン」はここ数年、経験者採用を増やしていて、今では採用者の3割近くを占めるようになった。
創業14年で急拡大~転職を“当たり前”にした男
ビズリーチを導入しているのは都会の大企業ばかりではない。高知・土佐市の「廣瀬製紙」もその1つ。世界一の薄さを誇る不織布を作る、創業65年の技術者集団だ。
「前職は『トヨタ自動車』に13年、『フォード自動車』、『マツダ』6年で働いていました」(工場長・牧野公昭さん)
「化学メーカーの『カネカ』にいました」(開発営業チーム・坂本成隆さん)
他にも「パナソニック」「日本電産」「三菱商事」など、かつて大企業にいた社員が目立つ。この10年で社員の3割を転職組にし、売り上げを倍増させているのだ。
採用を担当する取締役・馬醫光明さんは「ビズリーチを使うと、『普通は出会わない』ような人を探し出せる。特に狙っている部門長クラスは登録者のスキルが高い」と言う。
転職希望者の1人、50代の佐々木さん(仮名)。オンラインでの面談を経て、最終面接で初めて本社を訪れた。現在は中部地方の大手メーカーで工場長を務めており、「60歳近いので、これが最後のチャンスだと思ってチャレンジしています」と言う。
▽「これが最後のチャンスだと思ってチャレンジしています」と語る佐々木さん
社長の岡田祥司さんからは、「問題なければ65歳までしっかり働いてもらいたい。初めはいろいろあると思いますが、長い目でやっていただければ」と期待を込めた言葉が。面接に続いて工場見学へ。その後、正式に内定が伝えられ、春から働くことが決まった。
ビズリーチで転職業界に革命を起こした会社は、東京・渋谷区に本社がある。「ビズリーチ」など7社を傘下にもつホールディングカンパニーのビジョナルだ。オフィスを訪ねると芝が広がり、リゾートのような雰囲気。昼時、そこに続々と社員が集まってきた。月に一度、グループの全社員1,500人が参加するミーティングだ。始まったのは社長・南壮一郎(46)への質問タイム。「どうやって思考する時間を確保しているんですか?」と社員に聞かれた南は答えた。「例えば起業した時に『ゴルフはやらない』と決めた。何を続けるのか、続けないのか、何を減らすのか。隙を作らないと新しいことに取りかかれない」
▽月に一度、グループの全社員1,500人が参加するミーティング
南がビズリーチのサービスをスタートさせたのは2009年。最初は11坪のワンルームで、社員は6人だけだった。日本ではまだ転職が後ろ向きだった時代。新しいサービスで転職のイメージまで変えようと南は突き進む。すると時代が南に追いついてきた。
今、転職を希望する人は950万人を超え、比例するようにビズリーチの登録者も増えた。一昨年には東証マザーズに上場。スタートから14年、今や年商440億円を叩き出す転職業界のトップランナーとなった。
平日朝7時、大勢の人とテーブルを囲む南の姿が。企業の経営者や人事担当者を集めて開いている朝食会だ。トップ自ら生の声を聞き、情報収集に動いている。
「今までのように『企業が個人を選ぶ』時代から、『個人が企業を選ぶ』時代に変わる転換期なのです」(南)
▽トップ自ら生の声を聞き、情報収集に動いている
「取り調べ面接を受けた」~面接官の“心得”とは?
「三菱UFJ銀行」も即戦力採用に力を入れ始めている。支店を減らし、デジタル化を進める中で専門知識を持つ人材が必要となっているのだ。この日は管理職、およそ200人が集められた。面接官としてのトレーニングを行うためだ。
「元々は新卒採用が中心の企業だったので、『キャリア採用』についての面接官のスキルが足りていないのです」(人事部・二宮愛美さん)
そこで講師として招かれたのがビズリーチの浅野寛信だ。
「面接官は相手を評価する側であると同時に、評価される側でもある。『取り調べ面接を受けた』『見下されている感じがした』『パソコンを見すぎ』という事例がよくあります。『自分のことを大事にしてくれているのか?』という発想につながっていってしまう」(浅野)
面接官が人を選ぶ時、転職する人もまた会社を選んでいることを忘れてはならないと説いた。さらに、「候補者から先に自己紹介させていませんか。『では自己紹介からどうぞ』みたいに」と続ける。まず面接官のほうから自己紹介するべきだと言うのだ。
「自分から『あなたに向き合っている』と示す。最低限、名乗る。『面接を担当する〇〇です。よろしくお願いします』で結構です」(浅野)
参加者からは「我々の採用はアナログだと気付きました」「ろくに自己紹介していなかった。双方がハッピーになる関係を築く入口が面接だとすると、面接をもっと大事にしないといけないなと思いました」という声が聞かれた。
「強烈なマイノリティー体験」~新天地を求め続ける男
取材中、南が一通のお礼の手紙を見せてくれた。手紙をくれたのは社員の子ども。去年の夏、社員の子ども14人が短期留学。小学生から高校生まで、親元を離れて1人で出かけて行った。その費用を南がポケットマネーで出したのだ。
「1週間でも2週間でも若いうちに世界を味わう。『世界のどこに行っても自分は生きていける』自信を持ってもらうきっかけづくりなんです」(南)
知らない環境や異文化の中で学ぶことが力になると信じているのだ。
静岡県で生まれた南は、父親の転勤により6歳から13歳まではカナダで育つ。そこではたった1人のアジア人だった。中学1年で帰国したが、今度は日本語がうまく話せない。
日本の習慣にもとまどった。
「強烈なマイノリティー体験ですよね。国を変わるたびに言語を奪われる。考え方や価値観も。自分なりに戦略や戦術を立てて新しい社会、環境に順応しなければいけない」(南)
その後、自ら次々と新たな環境に飛び込んでいく。大学はアメリカの名門タフツ大学に受験して進学。当時は例がない挑戦だと地元の新聞にも取り上げられた。卒業後は世界的な金融機関「モルガン・スタンレー証券」に就職。2004年、50年ぶりにプロ野球の新球団「楽天イーグルス」の発足が決まると、立ち上げメンバーとして働き始める。当時のパ・リーグは全球団が赤字経営だったが、「楽天イーグルス」は初年度から黒字を実現した。
「今の起業家としての自分の原点です。大きなインパクトを与えるんだ、それは不可能ではないんだ、仲間たちと一緒に業界の歴史を作れるんだ、と」(南)
南はさらに新天地を求め、2007年、転職活動を開始。しかし、何人ものヘッドハンターと会ったが、紹介してもらえる企業は限られていた。南は「自分のキャリアを市場に出し、全ての企業に知ってもらいたい」と思った。
「ある意味でフリーエージェント制度みたいなもの。経験、スキル、知識を持った選手は、『労働市場』の中で、自分のことを欲しいチームを自由に見つけることができる。こういう動きを日本のビジネス界でも作ってみたい、と」(南)
こんな経験からビズリーチは生まれた。
OB、OG訪問が変わる!~便利な「就活」アプリ登場
南は新たなサービスも立ち上げている。東京・小平市の津田塾大学国際関係学科の3年生、鈴木彩奈さん。「今、就活真っ只中です」と言う。そんな彼女には強い味方が。「ビズリーチ・キャンパス」というアプリだ。
これは大学の卒業生と繋がり、OB・OG訪問ができる就活アプリ。従来、津田塾大学のOG訪問はまず学生課に紙で申請し、大学が卒業生に連絡をとるという手順だったので、とても時間がかかった。だがこのアプリがあれば、瞬時に「話を聞きたい先輩」を探し出すことができる。
「まだぼんやりとしか考えられていないが、人材業界や人の育成に関わる仕事がしたいと思っています」(鈴木さん)
鈴木さんが検索画面から希望の業種、職種などを選び検索。するとあっという間に10人の卒業生が見つかった。申し込みもワンタッチだ。チャット機能で訪問日を決めたり、事前に聞きたい内容を送ることもできる。
津田塾大学は2020年にこのアプリを導入した。
「一番大きかったのはコロナで、学生のOG訪問が難しかった。対面で人と会うのが困難な中で、大学が公認してこのツールで就活学生を応援することにしました」(学生生活課課長・三宅美則さん)
現在はさまざまな大学で使われ始めている。
鈴木さんが「ビズリーチ・キャンパス」を使って初めてのOG訪問に臨んだ先は「ボッシュ」。ドイツ生まれの世界的メーカーで、自動車部品や電動工具などを手掛けている。先輩の宮澤聡美さんは渋谷人事グループに勤務している。
▽「私の話が少しでも後輩や大学の進路指導にプラスになれば」と語る宮澤さん
これまで宮澤さんを学生が訪ねてきたことは1度もなかった。それがアプリに変わってから10人の後輩が来たそうだ。
「私もアプリで学生さんから依頼があれば、その場でポンと。私の話が少しでも後輩や大学の進路指導にプラスになればうれしいなと思っています」(宮澤さん)
~村上龍の編集後記~
TVを見ると、転職市場のCFが目立つ。TVではみな活き活きと転職していく。本当だろうかと思う。
ビジョナルの主力事業の「ビズリーチ」は、転職希望者に企業が直接接触できるウェブサービス。これまで「ダイレクトリクルーティング」はビズリーチ以外にはなかった。かつて人材会社の紹介が主流だった市場において、費用対効果が高い手法だと求人企業は思っているようだ。
南さんは、仲間を大切にする。孤独だった少年時代の影響だろうが、結果的にそれがビジョナルを強くしている。
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<出演者略歴>
南壮一郎(みなみ・そういちろう)
1976年、静岡県生まれ。タフツ大学(米)数量経済学部・国際関係学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券東京支社入社。2004年、楽天野球団入社。2009年、ビズリーチを創業。2020年、ビジョナル設立。
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