未来をつくるグロースマーケティング
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(本記事は、櫻庭 誠司氏の著書『未来をつくるグロースマーケティング』=クロスメディア・パブリッシング、2022年10月28日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

大企業が続々と取り組む、データドリブン

グロースマーケティングを実施する際の原則であり、欠かせない発想といえる、データドリブン。

現在では、ITリテラシーの高いベンチャー企業や、フットワークの軽い中小企業に加え、すでに市場が成熟しているレガシー産業の中でも、データドリブンを重視する動きが出てきています。そして、一般的に大規模な組織改革が難しい大企業においても、データドリブンへのシフトは確実に進行しています。

たとえば、保険業界では近年、急速にデータドリブンが重要視されるようになってきています。いち早くデータドリブンに舵を切った住友生命保険では、顧客の健康に関する情報を定期的に収集し、その内容に応じて保険料金を割り引く新しい保険商品「Vitality」を2018年に発売しています。ウェアラブルデバイスやIoTデバイス、SNS、医療系のデータまで幅広く取り入れ、分析したうえで、一人ひとりの顧客に最適なサービスを届けるというのが目的です。

住友生命保険では、社内においてもクラウドを活用したITインフラの構築に努めているといいます。同社システム部は「これまではどちらかというとオールドエコノミーの世界で長年ビジネスを行ってきたため、経験や勘を頼りに意思決定を行う場面が多かった。しかし今後はデータをより有効に活用し、データから導き出された知見を基に意思決定を行えるような仕組みを実現していきたい」と、今後もシステム整備を進め、データドリブンに力を入れていく方針です。

保険業界では、顧客との直接対面の営業活動が重視され、それが成長の原動力となってきたという側面がありますが、コロナ後の世界においては、これまでのビジネスモデルが同じように通用するか不透明であるといえます。そしてレガシー産業の多くに、同様の傾向が見て取れます。

インターネットとモバイルデバイスの普及により、SNS、ウェブ広告、メールマガジン、口コミなど、情報伝達の手段も多様化し、消費者は「情報の海」の中から自分の好みに合った情報を検索するようになっています。そうしたニーズをきめ細かく拾っていくためには、デジタル技術はもはや不可欠であり、その現実に合わせ、経験や勘に頼った経営から、データドリブン経営へのシフトが求められていると考えられます。

こうした「データドリブンシフトの潮流」ともいうべき事例は増える一方で、近い将来にはデータドリブンが、あらゆる業界の経営の常識となると私は考えています。

データドリブンで、誤った判断は確実に減る

以前であれば、企業と顧客との接点は、新聞の折り込みチラシやテレビCMなどのマスマーケティングから作られることが多くあり、マーケティング手法も現代に比べかなり限定的でした。また、選択肢が少ないからこそ、そこから消費者が何に反応し、どう動くかもある程度予測しやすく、勘や経験に頼った経営も通用しました。

しかし現代においては、企業と顧客との接点は無数に増え、消費者のニーズや行動スタイルも多様化しており、勘や経験だけではとても追いきれなくなっています。

たとえば広告を打つにしても、以前は「テレビCMをこの時間帯に流せば、これくらいの反響があるだろうから、広告費はここまでならかけてもよい」というように、勘や経験である程度、顧客の動きが予測できたと思います。

しかし現在では、広告の手段が無数に存在し、それを受け取るデバイスも多様化しています。いったいどこに予算を振り分ければ効果的な集客ができるか、頭を悩ませている経営者は多いでしょう。

こうした状況下で頼れるものは、勘や経験よりも、データです。多種多様な施策の中で、どれに対し、どの程度の反響があったのか、どんなデバイスからのアクセスが多かったかといったデータが数字として表れ、施策ごとの効果や、それに対する消費者の動きが明確に測定できます。

データとは動かしようのない事実であり、それが揺らぐことはありません。その事実を客観的根拠として用いるのがデータドリブンであり、勘や経験に頼るよりも、誤った判断が確実に減少します。

ソルブレインでも、データによって誤った判断を下さずに済んだことが何度もあります。

以前、生産性と作業時間の関係を紐解こうと、いくつかシステムを導入しました。その中に入退出を記録するシステムがあり、このデータが私の誤りを正してくれました。

それまでは私の感覚で、常にデスクに向かって作業している人と、いつも離席している人を印象ベースで漠然と把握していたのですが、実際にログを見てみると、そのイメージと事実に隔たりがあることがわかって唖然としました。

存在感があり目立つ社員は、私の中でしょっちゅう休憩に行っているイメージがあったのですが、ログによれば休憩のための離席時間は他の社員よりもむしろ短くなっていました。一方で、いつも席にいる印象の社員が、休憩を長めにとるなど、トータルでは離席時間が多くなっていると判明しました。

ここでもし私の印象だけを昇進や昇給の判断材料にしたなら、まじめに働いている社員がむくわれず、不満が溜まっていったはずです。データドリブンであれば、正確な評価ができると同時に、根拠となったデータを社員たちに共有でき、理解を得やすくなるというメリットもあります。

データドリブンの持つ、大きなインパクト

DX時代となり、あらゆる領域でデジタル化が進んでいます。

先ほど述べたような社員管理や人事評価、生産管理、営業、物流、そしてマーケティングなど、部門を問わずデジタルツールが活用されるようになり、それに伴ってバリューチェーン全体のさまざまなデータの可視化が可能となりつつあります。

経営においても、BI(ビジネスインテリジェンス)システムなどを使うことで、自社の売上や財務状況のデータをリアルタイムで把握できるようになりました。消費者の行動は多様化し、その変化のスピードも速まっており、昨日までの勝ち筋が、突然通用しなくなるようなことが頻繁に起きています。そうした変化に弾力性をもって対応するためには、リアルタイムでデータを入手し、変化の兆しをいち早く掴むことが重要です。

さまざまなデータが可視化でき、リアルタイムで情報が入ってくるという環境において、データドリブンが経営に与えるインパクトは大きなものです。データという客観的な指標をもとに、迅速かつ精度の高い判断を下せるようになるからです。

これは経営者だけではなく、社員たちも同様です。そしてまた、データを共有することで、組織内に共通の認識が生まれやすくなるのもメリットの一つです。それにより社員たちの意見が割れにくくなり、組織全体の判断や動きも早くなっていきます。

組織運営や事業計画においても、これまでは才能ある経営者の勘や経験によるところが大きかったと思います。確かに、時代の先を読み、強力なカリスマで組織をまとめ上げるような稀有な才能を持った経営者が存在し、会社を成功に導いてきましたが、問題はその人物がいなくなれば、勘や経験といった属人的な要素を失うことになり、とたんに事業が立ちゆかなくなる可能性があることです。

しかし、データドリブンが根付いた組織であれば、勘や経験に頼らず客観的に最適解を導けるため、経営者が代わっても、そこまで大きな影響を受けずに事業を継続、成長させていけるはずです。

また、データは時に思いもつかなかったような事実を示すことがあり、それが新たなニーズの発見にもつながります。

たとえば家電量販店で、なぜか食器乾燥機ばかりがよく売れる店舗があったとします。そのデータに疑問を持ち、調べてみると、その地域には模型店がたくさんあり、顧客は色を塗った後のプラモデルやフィギュアを乾かすために食器乾燥機を購入するケースが多いとわかりました。このような思いがけないニーズの発見は、勘や経験では難しく、データドリブンならではのメリットといえるでしょう。

未来をつくるグロースマーケティング
著者:櫻庭 誠司
株式会社ソルブレイン 代表取締役。2008年に仙台で株式会社ソルブレインを創業。当初はマーケティングの一部分に特化したサービスを提供していたが、時代の変化とともに価値提供の形を柔軟に変えながら一貫して企業のマーケティングの課題解決を手がけてきた。2014年よりグロースマーケティング事業を立ち上げ、企業の持続的な成長の実現に取り組む。

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