スリランカは、数万人の国民が首都コロンボの大統領官邸を襲撃し、大統領が国外へ逃亡するという異例の緊急事態下にある。2022年4月に対外債務不履行に陥ったことで生活必需品が不足し、医療や行政システムが崩壊するなど、「独立(1948年)以来、最悪の経済危機」に直面している。
前大統領の逃亡先はシンガポール? 野党首相が新大統領に選出
2022年7月9日、政府への不満が頂点に達した国民が暴徒と化し、大統領官邸を占拠するというショッキングな映像が世界中に流れた。
スリランカ全土から反政府抗議者が詰めかけて軍隊の包囲網を突破し、官邸内や街のあちらこちらで新しい政治体制の構築を要求する声が響き渡った。
ゴタバヤ・ラジャパクサ前大統領は襲撃前夜、軍の保護下で官邸から逃走し、マヒンダ・ヤパ議会議長を通じて7月13日に大統領を辞任する意向を明らかにした。メディアの報道によると、弟のマヒンダとともにモルディブへ脱出してシンガポールに身を隠しているという。
議会投票が20日に行われ、統一国民党のラニル・ウィクラマシンハ首相が新大統領に選出された。
国民の悲痛な叫び「生きるか死ぬかの状況だ」
同国では2022年4月に510億ドル(約7兆474億円)の対外債務不履行に陥って以降、各地で抗議デモが広がっていた。5月には外貨建て国債の利払いが不履行となって国際市場における信用がさらに低下し、対外融資枠の拡大も困難な状況となった。
国家の経済的危機は国民の生活を直撃した。外貨が枯渇したことで輸入が滞り、食料品や医薬品、燃料といった生活必需品が極度に不足し、物資を節約するために学校は閉鎖され、医療や行政も正常に機能していない。6月下旬には、不要不急の事態を除くガソリンとディーゼルの販売が2週間に渡って禁止された。
6月のインフレ率は年初の約10倍に値する54%を超え、現在も国民の3分の2が必需品に事欠く生活を強いられているという。最悪のシナリオでは、9月までにコロンボの食糧が枯渇すると予想されている。
大統領官邸襲撃に参加したコロンボ郊外に住む50歳のシングルマザーは、「仕事も食べ物を買うお金もなく、国から脱出することもできない。生きるか死ぬかの状況だ。」と、独メディアDW(ドイチェ・ヴェレ)に語った。
ラジャパクサ政権下で貿易赤字大国に
国民の怒りの矛先は約20年にわたって政権を牛耳り、スリランカを経済的・政治的破たんへと追い込んだラジャパクサ一族へ向けられている。
スリランカは、1948年の英国領からの独立や1983~2009年の長期内戦を経て、新たな時代を切り開くかのように見えた。しかし、蓋を開けてみるとラジャパクサ一族が政権の有力ポストを固め、無謀な政策と汚職にまみれた独裁国家が繁栄の限りを尽くし、その先に待ちうけていた運命は「国の破綻」である。
ここに至った要因は複数指摘されているが、根底にあるのは慢性化した赤字体質の国家財政と雪だるま式に膨らんだ貿易収支赤字だ。
その兆候は2009年の内戦終結時から表れていた。
当時、政権を握っていたマヒンダは、対外貿易を促進する中で国内市場への供給に焦点をあてるという致命的なミスを犯した。その結果、輸出額が低迷している一方で輸入額は増加し続け、年間の輸入額が輸出額を30億ドル(約4,145億3,440万円)上回る貿易赤字大国となった。
インフラ投資や有機農業への急転換、減税により状況悪化
さらに政府は、中国やインドなどから巨額の対外融資を受け、経済的利益をもたらさないインフラ投資を繰り返すという第二の大失策を犯した。
「海外からの融資でジャングルに高速道路や空港、会議場を建設したが、(利用は少なく)何の見返りもなかった」と、カビール・ハシム議員は語る。
一部の批評家は、政府が専門家委員会の計画反対を押し切って南東部のハンバントタに建設した港を「無謀さの典型例」として挙げている。建設資金の出所は、中国からの11億ドル(約1,519億9,716万円)の融資である。スリランカの主要港であるコロンボ港の負担を軽減できるという触れ込みだったが、期待したような対外収入は得られなかった。
第三の失策は有機農業への急転換だ。外貨不足が深刻化した2021年、政府は化学肥料の輸入を禁止して地元産の有機肥料の使用を推進した。何の予告もなく化学肥料の使用を禁じられた農家は混乱に陥り、広範囲で農産物の不作を引き起こした。スリランカは食料の輸入を増やす必要に迫られ、これが外貨不足を一掃悪化させた。
国家平和評議会のジェハン・ペレイラ氏によると、「すべての抗議デモは、この強引で無計画な有機農業令に農民が反発したことから始まった」という。
その一方で、ラジャパクサ前大統領が2019年に導入した大幅な減税により、年間14億ドル(約1,934億5,125万円)以上の政府収入を失ったことも経済悪化の要因として指摘されている。
経済回復へ複数国が支援を検討
国民の間では逃亡したラジャパクサ前大統領に刑罰を求める声が多数上がっているが、破たんした経済の再編が先だ。現時点までに世界銀行やインドが貸与を含む支援に合意しているほか、中国が国際通貨基金と協議して緊急融資の可能性を検討している。
「私たちは平和と生活を取り戻す必要がある。そして何より、子どもたちにより良い生活を送らせてあげたい」というコロンボ住民の言葉は、スリランカの全国民の願いと希望を反映している。
文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)