中東の小国からスタートアップ国家へ、イスラエル激動の2010年代
(画像=中東の小国からスタートアップ国家へ、イスラエル激動の2010年代)

不毛の地へ豊穣をもたらすキブツ発のテクノロジー

前回記事では、イスラエルのハイテクイノベーションのコアパワーのひとつである国防軍8200部隊についてお話しさせていただいたが、イノベーション創出のもうひとつのキーとなるのが、集産主義的協同組合「キブツ」の存在である。今回はイスラエルにおいて「キブツ」が果たしてきた役割と、そこから生み出されるテクノロジーの2010年代の成功例を追う。

不毛の地へ豊穣をもたらすキブツ発のテクノロジー
(画像=不毛の地へ豊穣をもたらすキブツ発のテクノロジー)

キブツとはどんな集団なのか?

近代化が遅れた東欧と、ユダヤ人虐殺が起こったロシアやナチス政権下の地域を中心に、19世紀の終わりから20世紀にかけて大量の移民が建国前のイスラエルの地へ流入したため、この受け皿として展開したのが、ヘブライ語で「集団」「集合」を意味する「キブツ」と呼ばれるユートピア共同体である。同時期に隆盛を見せたユダヤ人国家建設運動シオニズムと、社会主義と青年運動とが結合してその歴史は始まった。

入植当初のユダヤ人は、農業経験者が皆無に近い学生や知識人階層がほとんどだった上、少ない降水量、砂漠が国土の7割を占める土壌、四国ほどしかない国土面積と、一見農業には適さない環境にも関わらず、彼らは新天地での農業労働に重点を置き、キブツは伝統的に農業に基づいて運営されてきた。我々資本主義社会に暮らす者にとって、このような半社会主義的システムの機能の是非は想像しづらいが、ユダヤ人らしい「土地」への愛着に起因する高い帰属意識と、建国当時の厳しい生活環境に由来する共助精神により、現代までイスラエル社会の根幹をなす集団の一つとして機能し続けている。現在は100人〜2000人規模のキブツが約280存在しており、国内各地で町や村と並んで独自の社会を築きながら、90%を超える農業自給率中約8割の産出を担い、キブツは世界有数の「農業輸出国」の屋台骨の地位を確立させた。

キブツとはどんな集団なのか?
(画像=キブツとはどんな集団なのか?)

キブツの隆盛と衰退

1909年に最初のキブツ・デガニアがガリラヤ湖の南端にたった12名の入植者により設立され、その後1920年代初頭の「第三のアリーヤ」(イスラエルへのユダヤ人の移住)と呼ばれる移民の波の中で、数万人のロシア系ユダヤ人が流入してその規模は拡大していく。1930〜40年代の建国前後のキブツは入植・移住・国防面で中心的役割を果たしながら成長、繁栄し、キブツの人口は1950年に6万5千人と当時の総人口の7.5%を占めていた。

建国後それらの機能は政府に移行されたため、1970年代以降は当初強すぎたといえる政治力も弱まっていくが、1960~1970年代にはキブツは社会主義的な理想郷と見做され、世界中から共感者たちが移住し、最盛期の1989年の人口は12万9千人を記録した。しかし70年代後半の厳しいインフレや世代交代と共に入植者たちの理想や運営ポリシーも変遷し、キブツ活動は農業から工業プラントやハイテク企業等の産業に部分的に取って代わられていくこととなる。

キブツの隆盛と衰退
(画像=キブツの隆盛と衰退)

キブツ回帰と技術系への方向転換

三世代の努力によって築かれた現代キブツはその後2000年代に、イスラエル経済の改善と共に企業活動を大きく成長させ始め、外国人投資家を引きつけはじめた。さらに人口動態の傾向にも変化が起こり、若い世代が生活費のかさむ都会の中心部に比べて安価な住宅と、より良い雇用条件と生活のバランスを求めて、子供たちを連れてキブツに戻り始めたのだ。イスラエル中央政府統計局によると、2010年までにキブツ人口は10万人まで減少するが、2010年から2016年の間に20%以上の増加をみせた。2016年のキブツ産業の売上高は440億シェケル(140億米ドル)を超えていたが、そのうち農産物の占める割合は7割を下回っている。同年、全キブツの4割以上が1億シェケル(1100万ドル)以上の営業利益を生み出しており、これらの利益の蓄積によって、長期的な財政的安全を確保するための新しいルートとして技術路線へシフトしていくこととなる。農業だけでなく新たに工業を取り入れ、更に外部からプロ経営者を招聘し、人種を問わず多くの外国人労働力を受け入れ企業運営をするキブツが増えていった。

アグリテック企業の台頭

2010年代のキブツでは多くのスタートアップ、中でもアグリテック企業が飛躍的な成長を見せた。イスラエルのアグリテックのスタートアップには、バイオテクノロジーや農作業の自動化、廃棄技術等の上流工程分野を扱うものが多く、特にスマートファーミング、バイオテクノロジーの分野に強みを持つ。革新的なテクノロジーと独自の視点を生かしたスタートアップの数々は、まさにキブツの果たしてきた役割を支えるフロンティア・スピリットの賜物と言えよう。

キブツから世界へ羽ばたくテクノロジー

最後に、キブツ発祥の世界的なハイテク企業の独創的な事業についていくつか紹介する。

Netafim(ネタフィム)社

キブツ・ハツェリム発。先進的灌漑技術を提供し、近年は稲作における使用水量を7割削減する技術を実用化させた。

Shamir Optica(シャミル・オプティカ)社

キブツ・シャミル発。眼鏡用の光学レンズを開発および製造する。キブツ発企業として初めてNASDAQに上場した。

Plasan Sasa(プラサン・ササ)社

キブツ・ササ発。特注の車両装甲システム等の設計、軽量軍用戦術トラックや装甲兵員輸送車等の開発、製造、組み立てを行う。

Hazera Seeds(ハゼラ・シーズ)社

キブツ・アフェック発。野菜の種子の開発および野菜の生産・輸出会社。同社の開発した種子は高値で取引されている。

Biobee(バイオビー)社

キブツ・サデエリヤフ発。農作物の受粉目的のハチや、害虫の防除目的の不妊治療を施したハエ等、農業目的の益虫やダニを生産する。

AKOL(アコル)社

キブツ・ブロルハイル発。クラウドベースの農業システムを開発。適切な施肥、給水、家畜の体調や餌の管理を可能とする。

中東の小国からスタートアップ国家へ、イスラエル激動の2010年代
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