究極の「スタートアップ・ブートキャンプ」8200部隊

何故ほとんど天然資源を持たない小国イスラエルが、世界中のどの国よりも多くのテック系スタートアップを生み出し、国民一人当たり世界トップとなるVCを享受しているのだろうか?何故イスラエル企業が、米国、中国に次ぐNASDAQ上場数を誇るのだろうか?

イスラエルイノベーションのイメージ
(画像=イスラエルイノベーションのイメージ)

その答えは、国のハイテクイノベーションの重要な推進力となっているイスラエル国防軍の参謀本部諜報局・8200部隊にある。

秘密のベールに包まれた歴史

8200部隊は、シグナルインテリジェンス(SIGINT)の収集と、コードの復号化を担当する軍事諜報局のアマンに従属するイスラエル国防軍最大のインテリジェンス部隊であり、数千人の兵士で構成されている。NSA(アメリカ国家安全保障局)が米国国防総省の一部であるのと同様、国防省の機関のひとつである。

軍事出版物には、諜報部隊の中央収集部隊として8200部隊への言及があり、部隊の前身は1948年のイスラエル独立宣言以前から存在したが、その歴史の殆どの間は厳格に秘密主義が保たれ、2000年代までその存在は公的に認められていなかった。近年になってようやく部隊出身者が自らの経験に関する情報を共有し始めており、軍隊での生活を垣間見ることができるようになったが、秘密の維持のため、部隊に参加した新兵は例え家族であっても自らの所属を共有しないように求められた。

秘密のイメージ
(画像=秘密のイメージ)

国防における影響力とその実力

同部隊は1973年の第4次中東戦争後に8200部隊となり、各分隊がそれぞれ独立したスタートアップのように行動するようになった。さらに最新IT技術を国外に頼りきりでは危険であると、8200部隊が国内の研究開発のスタートアップ・ハブとなり、インターネット分野での役割を拡大させていった。今日、イスラエルでは情報の90%が8200部隊によってもたらされ、イスラエルの諜報特務庁「モサド」や他の情報機関ですら、同部隊なしに大きな作戦を遂行することはないというほど8200部隊の影響力は拡大している。

1831年に創設された、世界で最も古い防衛・安全保障分野のイギリスのシンクタンクであるRUSI(英国王立防衛安全保障研究所)の軍事科学担当部長であるPeter Roberts教授は、8200部隊について次のように評価している 。「 8200部隊はおそらく世界で最も優れた技術情報機関で、規模を除いたすべてがNSAと同等であり、NSAよりも焦点を絞っている。彼らは更に、他のどの機関に属する人々も経験し得ない程の粘り強さと情熱を持って任務についている。」

最強のテクノロジー・インキュベーターとしての役割

多くのイスラエルの起業家にとって、スタートアップへの道はイスラエル国防軍の技術部門から始まる。特に8200部隊は、サイバーセキュリティをはじめとした分野で主たるテクノロジーインキュベーターとなっている。

テクノロジーのイメージ
(画像=テクノロジーのイメージ)

部隊は主に18〜21歳の新兵で構成されており、正にハイテクスタートアップのように運営されている。先ず最高の若き才能を見つけ出すため、国防軍のスカウトは全国の高校をくまなく調査し、チーム環境との融和に優れ、迅速な意思決定を可能とする高い分析能力を持つ学生を対象とし、有望な候補者を特定する。また8200部隊の技術者は外部の研究開発に頼るのではなく、軍の諜報員と直に協力することで実戦力を養う。分析からデータマイニング、通信傍受、インテリジェンス管理まで、技術者が使う全てのテクノロジーシステムは軍により設計・構築されており、彼らは実際に諜報員たちと毎日肩を並べ、活動結果が諜報員たちの求める特定要件を満たしていることを確認する。結果8200部隊の卒業生は、キャリアスタート前から重要なスタートアップスキルと経験を身に付け、成功のためには独創的な思考、従来の知識と矛盾する勇気、そして傲慢さの制御という、規律とプロ意識以上のものが必要であることを学ぶ。CheckPoint、Imperva、Nice、Gilat、Waze、Trusteer、Wix等の有名テクノロジー企業が全て、この特殊部隊にルーツを持っているのは当然の成り行きと言えるだろう。

イノベーション・エコシステムの発展に大きく寄与

「スタートアップ国家」イスラエルには、イノベーションを促進し、その質を高める様々な要因が揃っている。ビジネス環境として見たイスラエルは約935万人と人口が少なく、自国内でスタートアップ・ソリューションを拡販するためのマーケットが小さい。したがってほとんどの企業は米国・EUやアジアにマーケットを求めるため、イスラエルに核を置きながらビジネス的視野を広めることができる。加えて国土が小さいため、さまざまなセクターの人々が共同作業でプロジェクトを進めることが容易である。

テルアビブのイメージ
(画像=テルアビブのイメージ)

またイスラエルはスタートアップに対して、産業界だけでなく、政府や教育機関も成長を支援している。起業家およびコーディングとテクノロジー教育プログラムに対する政府の支援と資金提供が、時間の経過とともに大きな結果を産み、このエコシステムのベースを支える要因として不可欠であることが証明されたことも注目すべき点であろう。

最後に、イノベーション・エコシステムの発展にイスラエル文化が与える重要性も忘れてはならない。「失敗を受け入れ、失敗から学び、リスクを取る」という起業家精神こそがイスラエルの誇る究極の「スタートアップ・ブートキャンプ」イズムであり、成功要因をアクセラレートしているといえるだろう。厳格に定義された階層がないこと、妥協を許さない厳しいプロセスが存在しないことにより、誰もが迅速・柔軟な方法で新しいソリューションの探求が可能となり、結果として新たなイノベーションを実現する新技術を数多く創造してきたのである。