会社を売却,方法
(写真=Sergey Nivens/Shutterstock.com)
岸田康雄
岸田 康雄(きしだ・やすお)
国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定アナリスト)、一級ファイナンシャル・プランニング技能士、公認会計士、税理士、中小企業診断士。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、金融機関に在籍し、中小企業オーナーの相続対策から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継と財産承継の実務に従事した。平成29年経済産業省中小企業庁「事業承継ガイドライン改訂小委員会」委員、日本公認会計士協会中小企業施策調査会「事業承継専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。

会社売却の方法には、株式を譲渡する方法や会社の事業を譲渡する方法のほか、組織再編を活用する方法がある。会社売却の取引スキームの選択にあたっては、その目的だけでなく、会計や税務にどのように影響するかを確認する必要がある。

M&Aにおける会社の売却とは、会社が将来獲得するキャッシュ・フローを現金化することを意味する。目的は同じでも、採用する方法によって売り手に入るキャッシュや税負担、買い手の資金負担や税負担は異なる。

ここでは、会社売却における最適な方法を検討してみたい。税負担を最小化することで、利益の最大化を目指そう。

自分の会社、売却すべき?

日本企業の経営環境は、極めて厳しい。国内市場は縮小傾向にあり、外国企業との価格競争は激化している。このような経営環境では、老舗企業の存続は容易ではない。子どもが事業を承継しても、将来会社が倒産すれば株式の価値はゼロになり、借入金の個人保証などによって大きな負債を抱えるかもしれない。

このような難しい状況で事業承継を考える場合、「会社を売却して現金化する」「株式を承継させて会社経営を任せる」という2つの選択肢を比較すべきだ。子どもに厳しい会社を継がせるべきか、売却して現金を遺してやるべきか。企業オーナーであり親でもある経営者には、難しい判断が求められる。

会社を売却して現金を得るということは、配当や役員報酬などの将来キャッシュ・フローを先取りすることを意味する。つまり会社売却とは、「将来キャッシュ・フローの現金化」なのだ。したがって、子どもに会社を継がせるべきか、会社を売却して現金化すべきかで迷ったら、子どもが得られる将来キャッシュ・フローの正味現在価値が大きいほうを選択すればいい。

会社の将来性が期待されるのであれば、株式を相続して将来キャッシュ・フローを承継すべきだ。将来性がないなら、会社を売却して将来キャッシュ・フローを現金化したほうがいい。つまり、将来キャッシュ・フローの大きさ、それを生み出す会社の将来性・収益性で判断することになる。

M&Aにおける会社売却の意思決定

M&Aによる会社売却を決めたら、まずは希望条件を整理しよう。決算書や税務申告書などの財務情報、事業計画、営業資料などの社内情報を手元に用意しよう。それらに目を通して、自社の現状と将来性を客観的に確認する。買い手にとって魅力のある会社かどうか、高く買ってくれるかどうかなど、買い手の立場になってイメージしてみよう。

引退後の生活費などを計算し、希望売却価格を決める。売却価格は財務データだけで評価されるものでなく、景気動向や市場環境、業界動向なども影響するため、希望価格で売却できるとはかぎらない。しかし価格交渉を行うに当たっては、希望価格の設定が不可欠だ。税理士や公認会計士と相談して、売却価格を試算し、その価格で売れる可能性を確認しておこう。

会社は、経営者の子どもに承継するのが基本だ。事業の成長性に問題がなければ、安心して子どもに経営を任せることができる。経営者は、残された株式相続の問題だけ考えればいい。もし子どもが後を継ごうとしない場合は、会社売却を考えることになる。

問題となるのは、子どもを後継者としたいと考えていても、子どもに会社経営の意欲や能力がない場合だ。また子どもにその意思があっても、会社の経営状況が厳しい場合も不安が残る。事業の将来性がない場合、同族経営の責任があるとはいえ、自分の子どもを苦労させるような事業承継はしたくないはずだ。

子会社の売却の意思決定

複数の事業を営んでいる場合、そのうち1つの事業を営む子会社を売却するケースがある。子会社が親会社から切り離されることで、親会社は様々な財務的な影響を受ける。

プラスの影響は売却によって得られる現金で、マイナスの影響は将来得られるはずだったキャッシュ・フローを失うことだ。本社費や経営指導料として親会社が獲得していたキャッシュ・フローが入ってこなくなる。当然ながら対象会社が赤字の場合は、将来発生するはずだったマイナスのキャッシュ・フローを回避できる。将来キャッシュ・フローについては、売却せずに売り手が自ら事業運営を継続する場合の収益を予測し、その割引現在価値と売却価格を比較するといいだろう。

売却が検討された会社は本業との関連性に乏しい事業を行っているため、売り手がその事業を継続する場合に得られるキャッシュ・フローの試算は、実現可能性が低いはずだ。

自ら事業運営することによって得られる将来キャッシュ・フローの割引現在価値は、売り手が運営するリスクを加味して高い割引率を適用すべきだろう。

会社売却における2つの方法(株式譲渡と事業譲渡)

会社売却の取引スキームとしては、株式を譲渡するものや会社の事業を譲渡するもののほか、組織再編を活用するものがある。会社売却の取引スキームを決めるにあたっては、会計や税務への影響を確認する必要がある。会社売却の目的は同じでも、取引スキームによって売り手が得る現金や税負担、買い手の資金負担や税負担が変わるからだ。

会社売却において最適な取引スキームを検討する目的は、税負担を最小化することで利益を最大化することだ。これは第三者への会社売却だけでなく、グループ内の組織再編の場合も同様である。

中小企業のオーナーが会社売却を行う場合、譲渡所得や配当所得などで課税されることになる。しかし取引スキームが異なれば、たとえ取引の実質が同じでも税負担が変わることがある。

取引スキームの選択とその巧拙は、売り手の税負担だけでなく、買い手の税負担も変え得る。たとえば、非適格再編によって認識される税務上の「資産調整勘定」は、その償却によって節税効果が生まれるが、対象会社において資産調整勘定が認識されていたとすれば、買い手に対して節税効果の価値だけ取引価額を上げてもらうような交渉もできるだろう。

同様に繰越欠損金を活用できるような取引スキームも、買い手の価値評価に影響する。このように、取引スキームの巧拙は売り手だけではなく、買い手の価値評価や税負担にも影響を与えるため、買い手の税負担を軽減するような取引スキームを提案することが、売り手側の価格交渉を有利に進めるためのポイントと言える。

取引スキームの基本的な選択肢は、株式譲渡と事業譲渡だ。複雑に見える取引スキームも、これらが組み合わさったものに過ぎない。合併などの組織再編スキームでも、税務上の効果はこの2つの取引に分類できる。

【1】株式譲渡

株式譲渡とは、対象会社の「株式」という資産を売買することだ。買い手が株式を買収して子会社化するケースと、買い手の株主が直接買収して兄弟会社とするケースがある。子会社化と兄弟会社化は、どちらも買い手と対象会社が併存することになるため対象会社の自主性を維持しやすいが、合併と比べて買い手とのシナジー効果は生まれにくい。

対象会社がそのまま移転することになるため、簿外債務や偶発債務などもそのまま引き継がれることになる。対象会社から見れば単なる株主の変更に過ぎず法人格も残るため、社名はそのまま使える。従業員の雇用関係も変わらない。ただし、事業運営上不可欠な取引契約やライセンス契約に「Change of Control」の条項(株主が変わった場合、契約が消滅するという条項)がある場合は、事前に取引先の了承を得ておかなければならない。

【2】事業譲渡

事業譲渡とは、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先との関係など経済的価値のある関係を含む)の全部または一部を譲渡し、これによって営業活動の全部または一部を引継がせることである。

中小企業の会社売却では、譲渡対象となる資産や負債の相手方の数が少ない場合は、事業譲渡が選ばれることが多い。また法的リスクの遮断が必要な場合、たとえば株式の相続人が不明確で株主の確定が困難である場合なども事業譲渡が適している。ただし事業譲渡は会社を売却するわけではなく、法人格は売り手に残るため、事業承継目的などで第三者に事業の全部を譲渡した場合は、その後会社の清算手続が必要になる。

【3】会社法上の相違点

会社法の観点でこれらを比較すると、重要な違いがある。意思決定については、株式譲渡では手続を行うのは売り手である株主である。株主が法人であれば、「重要な財産の処分および譲受け」などに該当して取締役会決議が必要になるケースもあるが、個人であれば手続きは不要だ(ただし対象会社の譲渡承認が必要となる場合がある)。

これに対して事業譲渡は、手続を行うのは対象事業を営む会社である。対象事業が会社の「事業の全部または重要な一部」に該当すれば、原則として株主総会の特別決議が必要になるが、そうでなければ取締役会決議で足りる。

権利移転手続については、株式譲渡の場合は単に株式を売買するだけであり、対象会社の資産および負債や権利義務はそのまま引き継がれる。これに対して事業譲渡の場合は、個別の権利移転や義務引継ぎの手続が必要であり、契約の移転や従業員の承継についても、第三者の同意が必要になる。

それゆえ、包括的な権利移転手続きによって手続きを簡略化するために、事業譲渡の代わりに現金交付型の会社分割が採用されることが多い。現金交付型会社分割は、税務上の効果が事業譲渡とまったく同じであり、債権者保護手続が必要になるが、権利義務の包括承継ができる。

譲渡対価については、株式譲渡では売り手は株主であり、譲渡対価は株主が受け取る。対象会社から見れば単なる株主の変更に過ぎない。これに対して事業譲渡では、会社から対象事業に属する資産および負債、権利義務を移転し、会社が譲渡対価を受け取る。したがって、会社の株主に対価を与えるのであれば、会社の剰余金を分配しなければならない。

個人株主が会社を売却する方法

取引スキームの税負担への影響を理解するために、株式譲渡と事業譲渡の簡単な計算例を確認しておきたい。会社売却の実務で用いるさまざまな取引スキームは、一見複雑に見えても結局は株式譲渡と事業譲渡の組み合わせに過ぎない。

事業譲渡(実務では現金交付型会社分割が使われる)では、対象会社そのものが当事者として売り手となり、保有する事業を第三者へ譲渡する。ここで、純資産額(簿価)1,000万円の事業の公正価値を1億円とし、その価格で譲渡するとすれば、会社は純資産額(簿価)1,000万円と売却価格の差額9,000万円を売却益として計上し、法人税等3,600万円(税率40%と仮定)が課税されることになる。その直後、会社の残余財産である現金6,400万円を個人株主に分配すると、所得税等3,200万円(税率50%と仮定)が課税され、手元には3,200万円 の現金が残る。

買い手は、公正価値1億円で事業を買収し、その対価1億円と純資産額(時価=簿価ではない)2,000万円の差額8,000万円を会計上「のれん」(税務上は「資産調整勘定」)として認識する。この結果、買い手は資産調整勘定の償却によって税負担が軽減するので、実質的に3,200万円(=資産調整勘定8,000万円×税率40%)分買収価格が下がったと考えることができる。

これに対して株式譲渡では、個人株主が当事者の売り手となり、保有する株式という資産を譲渡する。個人株主は、公正価値1億円と株式の取得価額1,000万円との差額9,000万円を譲渡所得として認識し、所得税等(税率20%の分離課税)1,800万円が課税されて、8,200万円 の現金を手にすることができる。

買い手は、株式という資産を公正価値1億円で取得することになる。対象会社から見れば、単なる株主の交代に過ぎないため、対象会社の資産・負債の時価評価が行われたり、「のれん」(=資産調整勘定)が認識されたりすることもない。繰越欠損金を引継ぐ場合(買い手には引継制限がある)を除き、買い手が株式買収によって節税効果を享受することはない。

このように個人株主を前提とすれば、株式譲渡のほうが現金の手取り額が大きくなるので有利だ。
実際はこのような単純なスキームではなく、組織再編が組み合わされるケースが多いので、法人税と所得税だけでなく消費税や不動産取得税、登録免許税、住民税均等割、事業税資本割、組織再編の事務コストなど、すべての費用にどのように影響するかを試算し、比較検討した上で総合的に判断しなければならない。

法人株主が会社を売却する方法

事業会社の経営を行うオーナーには、その株式を個人で保有する方法と、資産管理会社(持株会社)を通じて保有する方法がある。富裕層の企業オーナーは事業会社の株式を直接保有せず、資産管理会社(持株会社)を通じて間接的に保有しているケースが多い。これは、企業オーナーが保有する自社株式の株価上昇を抑制するための相続対策だ。資産管理会社を設けている場合、オーナー個人と資産管理会社が経済的に一体に運営されていることから、個人と法人を一体として考える必要がある。

資産管理会社が子会社(事業会社)を売却する場合は、保有する株式を売ればいいのだろうか。それとも事業会社が対象事業を売却し、買い手から受け取った対価を資産管理会社へ分配すればいいのだろうか。

前述の個人株主による会社売却の計算例を用いると、法人株主の手元に残る現金は、事業譲渡と株式譲渡ともに6,400万円となり、どちらが有利ということはない(この計算例では、株式の簿価と純資産額が一致しているため結果が同額となった)。法人株主のケースで譲渡対価の手取額が個人株主のケースよりも大きくなるのは、現金が分配される際の受取配当金が益金不算入となるからだ。

このように、売り手の譲渡対価の手取り額に差がない場合、売り手側で取引スキームの有利・不利を判断することはできない。そこで、買い手側に生じる税負担に着目する。事業譲渡の買い手は8,000万円の「のれん」(=税務上の「資産調整勘定」)を認識することができ、その償却による節税効果を享受できる。そのため、売り手は買い手の節税効果3,200万円(=資産調整勘定8,000万円×税率40%)の範囲内で取引価額の引上げ交渉の余地があることがわかる。

資産管理会社という法人株主を前提とすれば、節税効果の範囲内で取引価額が引き上げられる可能性があることから、売り手にとっては事業譲渡が有利となる。

以上のように、オーナー個人が当事者となる会社売却では株式譲渡スキーム、資産管理会社(法人)が当事者となる会社売却では事業譲渡スキームが有利と言える。

文・岸田康雄(税理士)