パワハラの理不尽さに適応しながら最後に刺す―コンフリクトスタイルと自己成長#4適応モード
(画像=GLOBIS知見録)

実際にあった徳島正人(仮名)のケースをもとに、個人がコンフリクトスタイルをいかに獲得していくのかを紹介する本連載。前回、妥協モードで成功した徳島は、転職しパワハラ上司と働くことになってしまう。

前回までのあらすじ

徳島は、自動車メーカーの品質認証での10年のキャリアにピリオドを打った。縁の下の力持ち的なこの仕事は、彼の持ち前の正義感にフィットしている部分もあったものの、会社の大目的を考えたときに、法規という絶対権力をもった機能は最小であるべきという思いが次第に強くなってきたからだ。一方、徳島のビジネスパーソンとしての成長という視点で考えると、自分の正論を相手に押し通そうとする当初の「競争」モードから、相手の懸念も理解しながら大目的のために妥協点を見出す「妥協」モードにコンフリクトスタイルの柔軟性が加わってきたことは彼にとって自信になった。

営業のキャリアへの転身

徳島は、日本の自動車メーカーから外資の自動車部品メーカーの営業に転職した。入社して初めて分かったが、この会社は、国軸X事業軸Y機能軸Zの複雑なマトリクス組織で構成されており、徳島は殺伐とした組織の雰囲気を感じた。営業としてどのビジネス・顧客を狙うのか、関係部門との戦略のコンセンサスもできていない状態だった。しかし、営業としては技術部門との連携が不可欠であるため、徳島はとにかく教えてもらう謙虚な姿勢で、エンジニアとの飲み会などを自ら積極的に企画した。

理不尽なパワハラ上司のもとで徳島が選択したスタイルは?

徳島の新天地での上司は典型的なパワハラ上司だった。その上司は、本国から課せられた高い目標に対し、実態とかけ離れた受注・収支状況を虚偽報告するなどしていた。どう計算しても3年先まで赤字予想なのに初年度から黒字計画にするような報告資料の作成を徳島は求められた。そして、これに反論しても「そのギャップを埋めるのがお前の仕事だ。質問は一切禁止。言った通りやれ」と、そのパワハラ度合いは尋常ではなかった。

とりわけ正義感の強い徳島にとって、上司の虚偽報告の強要には強い抵抗感があった。同時に、もしそれが明らかになった場合、自分に濡れ衣を着せられるんではないかという不安もよぎった。

悩んだあげく、入社来リレーション構築をはかっていた信頼できる他部門の役員に相談した。その役員からは、自社は結果さえ出せばプロセスには寛容であることを聞き、自分の力を試すよい機会になるとポジティブにとらえ直すことにした。

そして、そのパワハラ上司からのアドバイスは一切ないなかで、海外部門、外部パートナー、カーメーカーといった複数の関係者と調整しながら、ゼロから商流をつくりあげる努力をギリギリまでつづけた。最終的に目標には達しなかったが、当初想定していた以上の結果を出すことができ、この経験は徳島にとって大きな自信になった。

今回徳島がパワハラ上司に対して採ったスタンスは、上司の無茶な要求に従いながら、何とか自分なりの意味を見出し、成果創出にベストを尽くすことを選択したので、「適応」モードといえよう。

「適応」モードとは?

「適応」モードとは、自分の主張をせずに相手に協力するスタンスである。他者支援などを含む相手との関係性構築や迅速さをはかれるメリットがある一方、自己主張を抑えることで自らのモチベーションの低下や、相手から自分の意志をもっていない人間だと思われ敬意を得られない可能性がある。

「適応」モードとは?
(画像=「適応」モードとは?)

出典:”Introduction to Conflict Management: Improving Performance Using the TKI” Kenneth W. Thomas

「適応」モードを選択する状況としては、

  1. 相手にとって重要な問題のとき
  2. こちらの分が悪いとき
  3. 相手を育てたいとき(部下に意思決定させる、上司の手柄にして自信をつけさせるなど)
  4. よりよい情勢がもたらされるとき

などである。

今回のケースでは、上記1.2.を満たしているので、まともに上司に戦いにいっても負けるだけだ。自分よりもポジションパワーをもつ相手に対しては、最初は採らざるを得ない選択肢のひとつといえよう。

適応モードの留意点

適応モードを選択する際の留意点としては、

  • 譲歩した理由は説明する(そうしないと自分の考えをもってないなどと誤解される可能性がある)
  • こちらが少なくない犠牲を払っていることを忘れさせない(返報性)

などがあげられる。本ケースでは、徳島は虚偽報告の不当性についてパワハラ上司に主張しているし、保険として他部門の役員にも相談している。

最後は保険を使い競争モードで排除

その後も上司のパワハラはさらに強まっていった。本国からの高い目標を達成できず、その矛先はすべて徳島に向けられたのだ。もう限界を感じた徳島は、自分を守るためにパワハラの状況と虚偽報告の強要などをHR(人事部門)へ報告することに決めた。

以前からHRのスタッフと率直に話せる関係にあったことも大きかった。徳島の報告を受け、HRからパワハラ上司への公式の聞き取りが行われ、最終的にその上司は退職勧告に追い込まれた。

徳島は、今回の経験からの学びを次のように整理した。理不尽な上司の下でも、自分の経験のためにできることに全力で取り組むこと。ただし、困ったときには斜めの関係にある信頼できる上司やHRなどに相談し、自分を防衛するための予防線は張っておくことが大切であると。

この会社は、理念が不明確ゆえ、一体感を大切にするなどのあるべき組織文化が醸成されていなかった。その状況下で組織が複雑すぎるゆえに、合理よりも属人的なつながり(社内政治)がクリティカルになる。その構造のなかで疲弊を繰り返した徳島は、この会社を去ることを決めた。

次回につづく

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人や組織に動いてもらわなければ、目標は達成できません。多様性と相互依存性が高まるなかで、周囲を動かすパワーをいかに獲得し行使するか、グロービス経営大学院の「パワーと影響力」のクラスで学ぶことができます。

<参考文献>

  • “Interpersonal Conflict” Hocker, Joyce L./Wilmot, William W.
  • ”Introduction to Conflict Management: Improving Performance Using the TKI” Ken

(執筆者:芹沢 宗一郎)GLOBIS知見録はこちら