M&Aコラム
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ビジネスやファンドの世界では、これまでに投下した資本を回収することをイグジット(Exit:出口)といいます。スタートアップやベンチャーなどの企業では、「いつ」「どれくらいの資金を」「どのように回収するのか」を策定するイグジット戦略は、ビジネスをスタートするために必要な資金を集めるうえで最も重要な事項の1つです。
企業の創業者にはおもに2種類のイグジットがあり、そのどちらを選択するのかによって、そのためのプロセスや得られる結果が大きく変わります。本記事では、創業者にとってのイグジットについて、その種類やそれぞれのメリット、そして注意すべき点などを解説していきます。

イグジットとは

イグジットとは、企業の創業者やファンドなどが株式を売却し、これまで投下したさまざまな資本を現金などで回収して利益を確定させることです。イグジットの方法は株式の売却方法などによって異なりますが、おもにIPO(株式公開)、M&A(株式譲渡)、MBO(経営陣による株式買い取り)の3種類を挙げられます。

日本と海外のイグジット傾向の違い

日本の創業者は、イグジット戦略としてIPOを活用しているのに対し、米国の創業者の大部分は、M&Aをイグジット戦略として活用しています。
日本と米国におけるベンチャー企業のイグジット戦略を比較すると、イグジットとしてのIPOとM&Aの比率は、日本がおおむね8対2なのに対し、米国は約1対9と完全に逆転するといわれています。2002年に制定されたSOX法(サーベンス・オックスレー法)の影響により上場コストが増大していることも要因のひとつと考えらえれます。
一方、日本では米国ほど企業文化にM&Aが根付いていないのに加え、創業者と企業の関係性の違い等の理由により、M&AよりIPOがイグジットに選ばれる傾向があります。

イグジットの種類

前章で触れたように、イグジットのための手段には、おもに以下の3つの方法があります。

  • IPO(株式公開)
  • M&A(会社の合併・買収)
  • MBO(経営陣による会社買収)

それぞれの特徴について簡単に確認しておきましょう。

IPO(株式公開)

IPOとは、「Initial(最初の) Public(公開された) Offering(募集)」の略称で、非上場企業が株式を証券取引所に上場し、不特定多数の投資家に対して株式を公開することを意味します。
株式が上場されると、新株が公募されたり、上場前に株主が保有していた株式が一部売りに出されたりします。これらの株式が、証券会社を通じて投資家へ分配されるのがIPOです。

上場することにより、企業は広く多くの投資家から資金を調達できるようになるため、それにともない、事業規模を一気に拡大できるようになります。また、上場することにより知名度や社会的信用が上がるため、資金調達や人材の採用・営業などのさまざまな面で、メリットを享受できます。
また、IPOによってイグジットをすると、創業者自身が持っている株式も市場で売却できるようになるため、莫大な財産を得ることも決して夢ではありません。

M&A(会社の合併・買収)

M&Aとは、「Mergers(合併)& Acquisitions(買収)」の略称で、複数の会社を1つに統合したり(合併)、他会社の株式を取得することで被買収会社を子会社化したりすることをいいます。昔は敵対的買収などのイメージが強かったM&Aですが、近年では中小企業の事業承継を解決する手段として、多くの企業で用いられています。

M&Aによるイグジットは、通常は株式のすべてを譲受企業に譲渡するため、IPOとは違い、イグジット後も引き続き経営に携わることはありません。また、IPOと比べるとイグジットで得られる金額も少ない場合がほとんどです。しかし、IPOにまでたどり着ける確率やそのための費用、そして時間などを考えると、イグジットの手法としては圧倒的にM&Aに軍配が上がります。

MBO(経営陣による会社買収)

MBOとは、「Management(経営陣) Buyout(買収)」の略称で、前述のM&Aの手法の1つです。経営陣(おもに元オーナー経営者)が金融機関などから資金を調達し、自社の株式を取得してオーナー経営者となります。
MBOは、グループ企業において、子会社の株式を第三者でなく経営陣に取得させて独立させる場合や、上場企業が上場廃止のために行う手段として用いられることが多いです。
MBOによるイグジットは、投下資本を現金化するIPOやM&Aのイグジットとはまったく異なり、元オーナー経営者がほかの株主を追い出し(イグジットし)経営権を再び手中に収めることを意味します。

IPOによるイグジットのメリット・注意点

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では次に、IPOによるイグジットのメリットや注意点について整理していきま。まずはメリットから見ていきましょう。

IPOによるイグジットのメリット

IPOによるイグジットには、おもに以下3つのメリットがあります。

経営権を維持したまま、さらなる成長を目指せる

1つ目のメリットは、イグジットしたあとも経営権を維持しつつ、調達した資金で会社をさらに成長させられる点です。
M&Aでイグジットを行う場合、通常はオーナー経営者が所有している自社株のすべてを譲受企業に売却します。したがって、株主総会での議決権のすべてを失うため、イグジット後は経営権の維持ができません。
しかし、IPOでイグジットを行う場合、通常はオーナー経営者の持ち株がすべて市場で売却されるわけではないため、IPO後も引き続き経営者として陣頭指揮を執れます。苦労して上場まで漕ぎつけたあとも、自らの手で会社をより大きく成長させることが可能です。

M&Aによるイグジットより多くの利益を得やすい

2つ目のメリットは、イグジットによって得られる金額の多さです。M&Aで得られるイグジットの対価の上限は、譲受企業が調達できる資金の範囲内に限られています。
しかし、IPOの資金調達先は株式市場です。不特定多数の一般投資家や機関投資家などを対象に、株式を売却できます。したがって、IPOによるイグジットはM&Aのそれと比べると、多くの利益を得やすいといえるでしょう。

会社の知名度・社会的信用が向上する

3つ目のメリットは、会社の知名度や社会的信用が上がることです。企業が上場すると、非上場企業と比べ、遥かに多くの社会的役割を背負うことになります。しかしその分だけ、知名度や社会的信頼は向上します。
多くの人から社名や会社の存在を知ってもらえるため、人材の募集や新規の取引先との交渉は圧倒的に有利です。また、上場していることにより社会的信用も向上するため、金融機関からの資金調達や官公庁からの受注なども有利になります。

IPOによるイグジットの注意点

IPOによるイグジットの注意点としては、おもに以下の2つがあります。

多額の費用と時間がかかる

1つ目の注意点は、IPOにかかる費用と時間の多さです。IPOを実現するためには、会社の財務内容だけでなく、社内の管理体制や労働条件の整備などを整備しなければなりません。これらをクリアするためには、数年の年月とそれに応じた費用が必要です。
また、上場申請の3期程度前からは監査法人による監査なども始まるため、これにも莫大な費用がかかります。もちろん上場後も、これらの条件を満たし続ける必要があり、監査のための費用なども継続して支払わなければなりません。
これらのコストは上場前も後も企業には重くのしかかるため、上場によるメリットが薄れた企業は、上場廃止を選択する場合もあります。

株主に対しての説明責任が生じる

2つ目の注意点は、上場によって株主に対して説明責任が生じることです。非上場企業であれば、会社は一部の閉じられた株主だけによって所有されています。しかし、株式市場に上場し、自社株を売買するようになれば、会社は経営者だけのものでなく不特定多数の株主のものです。
上場によって会社の存在価値が社会性を帯び、社会の公器となるため、経営者は株主に対して経営に関する説明責任が生じます。万が一会社に損害を与え、株主の権利を棄損した場合は、株主代表訴訟を起こされるリスクを背負います。

IPOとは?メリットやデメリット、成功に導くためのポイントを詳しく解説

M&Aによるイグジットのメリット・注意点

IPOに次いで、M&Aによるイグジットのメリットと注意点について解説します。まずはメリットから見ていきましょう。

M&Aによるイグジットのメリット

M&Aによるイグジットのメリットは、おもに以下の3点です。

イグジットできる可能性が高い

1つ目のメリットは、イグジットまでたどり着ける可能性が高い点です。IPOによるイグジットは、上述のように多くの時間とコストを必要とします。また、事業規模の大きさやビジネスモデルの先見性など、求められるハードルの高さは非常に高いです。一方、M&AはIPOと比べて、多くの経営者がイグジットを行うことができます。

内訳 東証への新規上場企業数(2020年度)
市場第一部 6 社
市場第二部 9 社
マザーズ 63 社
JASDAQ 14 社
TOKYO PRO Market 10 社
合計 102 社

※JPX(日本取引所グループ)公表データの数値をもとに作成

JPX(日本取引所グループ)が公表しているデータによると、2020年度にIPOを達成した企業数は102社ほどあり、ここ10年間ほど確認すると、毎年100社程度で推移しています。

一方、M&Aの数は、公表されている数だけでも平成17年で3000件ほどあり、実数はこれを遥かに超えると思われます。単純にこれらの数を比較すると、M&Aによるイグジットの確率は、IPOによるイグジットの確率と比べると30倍を優に超えるほどの高さです。

また、赤字でIPOを実現させることは非常に難易度が高いですが、M&Aであれば十分に可能です。実際にプロ野球球団の「横浜ベイスターズ(現:横浜DeNAベイスターズ)」は、当時赤字続きであったにも関わらず、東京放送ホールディングス(TBSHD)などからDeNAに総額95億円で譲渡されています。

この例のように、M&Aの場合は事業の将来性などに魅力を感じた企業とのマッチングさえ上手く行けば、赤字であってもイグジットできる可能性があります。

短期間かつ少ない準備でイグジットできる

2つ目のメリットは、イグジットまでの準備を短期間で行える点です。IPOであれば、少なくとも上場申請の3年ほど前から上場に向けた準備をしなければなりません。しかしM&Aであれば、早ければ数ヵ月間でイグジットまでの準備を済ませられます。
これは、IPOが社内の管理体制などを厳しい監査にも耐えうる程度まで構築しなければいけないのに対し、M&Aではこのような手続きをある程度省けるからです。
また準備期間だけでなく、法人設立からイグジットまでの期間も、M&Aのほうが圧倒的に短期間で済みます。たとえば転職メディア「転職アンテナ」を運営していたmoto株式会社は、2018年4月12日に資本金わずか30万円で設立され、わずか3年後の2021年3月30日には東証マザーズに上場しているログリー株式会社に10億円(うち3億円はアーンアウトによる成功報酬)で株式を譲渡し、無事イグジットを達成しています。
こういった、法人設立からイグジットまでのスピード感やイグジットで得た対価の大きさも、M&Aならではです。

すべての持ち株を現金化できる

IPOを達成すると、創業者には莫大な財産が手に入ります。しかしこれは、すべて現金で手に入るわけではありません。たとえば、Facebookの創業者であるザッカーバーグは、2012年のIPOで1兆円を超える資産を手に入れました。しかしこの資産の大半はFacebookの株式であり、決して現金ではありません。

実は、創業者の持っている株式は、上場したからといって好きなだけ売れるわけではありません。もし、上場したとたんに経営者が持っている株式の大半を市場で売ろうとすれば、「経営者は自社の将来性を悲観して株式を売却しようとしている」とみなされ、あっという間に売り注文が浴びせられます。こうなってしまえば資金調達の計画や成長戦略は予定通りに進まなくなり、さらに株価は下落してしまいます。したがって、IPOによるイグジットで得られる資産の大半は、実は現金ではないのです。これに対してM&Aによるイグジットの場合は、手持ちの株式をすべて譲渡する代わりにその対価としてすべてを現金で受け取れます。

M&Aによるイグジットの注意点

M&Aによるイグジットの注意点は、おもに以下の2つです。

経営権が縮小・喪失する

1つ目の注意点は、M&A後に経営権が縮小、または喪失してしまうことです。
IPOの場合はイグジット後も引き続き経営権を持ち続けるケースが大半ですが、M&Aの場合は株式を売却してしまうため、売却後の経営権は譲受企業側に移ります。ただしその分、イグジットによって得た資金を元手にして新しいビジネスを始めるチャンスを得られます。

会社の経営方針や企業風土が変わる可能性がある

2つ目の注意点は、M&A後に会社の経営方針や企業風土が変わる可能性があることです。
M&Aによってイグジットを達成すると、会社のオーナーは創業者から譲受企業に代わります。もちろん、M&Aに向けた交渉時に今後の経営方針や企業風土などについてもある程度の話し合いを行えますが、基本的にはM&A後の経営方針はM&A後の経営陣によって決められます。
したがって、M&Aでイグジットを達成したあとは、会社の経営方針や企業風土が変わる可能性があると考えたほうがよいでしょう。

イグジットを成功させるためにはIPOとM&Aの選択が重要

イグジットを成功させるためには、イグジット戦略としてIPOとM&Aのどちらを選択するのかが非常に重要です。そこで、どちらを選択するか選ぶためのポイントについて解説します。
イグジットの選択基準を明確にするためのポイントは、以下の3つです。

ゴールを明確にしておく

1つ目のポイントが、ゴールを明確にしておくことです。イグジットを目指す前に、理想のイグジット像をできるだけ明確にしておかなければなりません。その場合の目安となるのが以下の3つです。

①イグジットの対価としてどれくらいの金額を希望するか

イグジットの対価としてそれほど大きな金額を希望しないのであれば、迷わずM&Aを選択すべきです。IPOでのイグジットで成功すれば莫大な財産を築けますが、成功の確率が極めて低いうえに、時間も費用もかかります。
何十億、何百億という金額を望むのでなければ、M&Aを選択したほうがゴールまでの道程がぐっと近くなるでしょう。逆に、それ以上の金額を望むのであれば、IPO一択でゴールを設定しなければなりません。

②イグジット後も引き続き会社の指揮を執りたいか

IPOであればイグジット後も会社の指揮を執り続けられますが、M&Aの場合は基本的にできません。したがって、自分が育てた会社を手放したくない場合はIPOを目指し、そうでなければM&Aを目指したほうがよいでしょう。

③イグジットまでの期間はどれくらいに設定するか

イグジットまでの期間を長めに設定できるのであれば、IPOもM&Aもどちらも選択肢に入ります。しかし時間の確保が難しい場合は、M&Aによるイグジットに焦点を絞ったほうがよいでしょう。

できるだけ多くの選択肢を持っておく

2つ目のポイントは、できるだけ多くの選択肢を持っておくことです。IPOとM&Aのどちらを目指すかは早期に決めたほうがよいですが、早目に決め過ぎてしまい選択の幅を狭めてしまうのもよくありません。
最近では、いったんM&Aで大企業の傘下に入り、そのあとでIPOを目指す「二段階イグジット」もイグジットの選択肢になりつつあります。
またM&Aを事業譲渡で行い、イグジットを達成したあとでさらに自社の成長戦略を加速させる方法などもあります。
M&AもIPOも、そしてハイブリッド型も常に視野に入れ、できるだけ多くの選択肢を持っておくように心がけましょう。

タイミングを誤らないようにする

M&Aをイグジット戦略と考えた場合、いつ実行するかを見極めるタイミングを誤るとイグジットで得られる対価が大幅に変わってしまうことがあります。経営者が「まだ売るのはもったいない」と考えるときこそ一番高く売れるタイミングであると考えれば、ある程度の目安を立てられるでしょう。

終わりに

創業者は、起業した会社に対して莫大な時間や労働力などを長期間にわたって投下しています。イグジットとは、これまで投下したあらゆる資本を現金などの資産に交換し、いったん利益を確定させる行為に他なりません。
しかし、このイグジットのタイミングを見極めるのは大変難しく、一歩間違うと得られる対価が大幅に変わってしまう恐れがあります。対価の金額が変わってしまえば、創業者のその後のライフプランも変わってしまうだけに、その見極めは極めて重要です。イグジットに向けたスタートを切る前に、売り時のタイミングを的確にアドバイスできるM&A仲介会社を見つけることが、イグジットへの確実な第一歩になるといえるでしょう。

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