石膏と布を使ったオリジナルの方法で制作される彫刻作品が注目を集める彫刻家・安井鷹之介さん。伝統的でありながらも、現代らしい洗練された雰囲気を併せ持つ立体と平面の作品は、多くのファンを獲得しています。
2021年10月30日・31日に開催されたANDARTオーナー向けの鑑賞イベント「WEANDART」の中で、若手アーティストの作品展「KIBI」にご参加頂いた安井さんに、制作のテーマや現在取り組んでいるプロジェクトなどについてお話を伺いました。
【PROFILE】
東京藝術大学彫刻科に在籍時、ミケランジェロやロダンなど古典から近代までの彫刻を深く掘り下げて学び、一方で主に欧米の現代アートの潮流に触れる。学生時代から制作を始めた石膏と布で造形した彫刻で注目を集め、このオリジナルな手法を用い独特のボリューム感を持つペインティングも制作する。同世代の多くのペインターが絵具の質感で勝負するところ安井は絵画の支持体に彫刻の手法でアプローチする戦略で唯一無二の表現を確立しつつある。日本人離れしたセンスと現代的で開かれた表現が幅広い層の共感を呼んでいる。(公式HP)
翻弄されることで、リアリティのなさに反抗する
――石膏と布で造形した独特の質感で立体と平面の作品を制作されていますが、改めて安井さんの制作のテーマを教えて下さい。
「強い彫刻」に対して「翻弄される側」の彫刻です。翻弄される側のモチーフだったりモデルだったりをセレクトして作品を制作しています。
――以前、個展「The Plaster Age」で青銅や大理石などの素材で、権力や支配者と結びついて制作されてきた伝統的な彫刻を「強い彫刻」だとしたら、石膏という柔らかい素材で作る自身の彫刻は「弱い彫刻」だと呼んでいましたよね。「弱い」というのも安井さんが言う「翻弄される」ということでしょうか?
そうですね。翻弄されるというのは、力を加えられる側というか、振り回される側というか。権力者と対照的にある「平民」と言いましょうか。ある意味前者も含むみんなが翻弄される側の人間ではあると思いますが。
――どうしてその「翻弄される側」の彫刻をテーマにしているのですか?
「リアリティ」がないからだと思います。彫刻の道に入って、権力じみた肖像彫刻だとか、人の中心に仁王立ちするような彫刻に対してリアリティがなくて。リアリティを感じられないし、出来れば感じていたくないですし。反抗心みたいな抗いがあるのかもしれないですね。
――いわゆる伝統的というと、ルーブル美術館にあるような彫刻を思い出してしまうのですが、そこに対しての反抗心があるのでしょうか?
先人たちに対しての反抗心ではなくて、彫刻の「ポジション」に対してですね。扱われ方や性質に対してです。先人たちへは大いにリスペクトがあります。
――では、好きなアーティストや影響された方はいますか?
それはもう沢山います。例えば、今回展示した作品の「The thinker」シリーズは、そのまま直訳で「考える人」とある通り、オーギュスト・ロダンですね。ロダン本人の頭の造形そのままを使った作品もあります。髪型と髭と、若干の強さみたいなものを孕んだ人の顔の造形の象徴として使わせてもらいました。
実感を得ることこそがアートの力
――安井さんが制作する時にこれだけは譲れないことってありますか?
作品に対して軽いものは作りたくないって思います。やっぱり作っていると、どうしても色んな雑音が外部から聞こえてくるんですよね。日本でのアートブーム?とか、若手がどうとか、売れるとか売れないとか。でも、その雑音を無視していると、自分で練り上げて質量を作品に蓄えさせる瞬間というのが必ず制作中にあるんです。その瞬間に対しては、よそ見をせずに漏らすことのないように気を張って制作しています。
ーーごちゃごちゃした余計な雑念を取り払って、制作に集中するということでしょうか?
そうですね。だからある意味、消費に抗っているというか、今評価されなくても良いと思っているところもありますし、どこかで“わかってたまるか”とも思っちゃっている自分もいるんで。作品を作って、そのまま自分のストレージに溜まっていくっていう循環もアリだと最近は思っています。
――安井さんは受け入れるものは受け入れるけど、ここだけは譲れない・嫌だというところがはっきりしていて、柔軟性があるというか、柔らかい印象を受けました。最近、制作をする上で着想を受けた体験はありましたか?
今、宮城県の石巻市にある、東日本大震災でほぼ壊滅した漁村に滞在しています。壊滅したことを受けて、半島の輪郭に沿って防潮堤が建設されているのですが、それが監獄や牢屋のようと例える人もいるくらいのもので、高さだけでも10m近くあります。壁に対して反発運動をした人もいれば、壁が建つなら出て行くと、実際にその村を出て行った人もいる状況です。人為的な、言うなれば巨大なモニュメントが人に対してアレルギーを起こさせているんですよね。そんなしこりが未だに残っている土地にいて、されど美しい自然とともにそこで生きる人たちに取材させてもらって作品を制作しています。
――たまたま取材した人が否定的な方だった、みたいなことは?
何度もあります。怒られたこともありました。僕はその防潮堤に「いつか壁画を描きたい」って話をすると、直接ではないですが、人を通して「そんなのは恥の上塗りだ」という言葉が耳に届くとか。でも、そうだよなって、全員が全員頑張れって言ってくれるわけじゃないよなって思います。
――そんなネガティブな反応を踏まえた上で、どんな作品を作りたいですか?
壁画に関しては、見たら何だか分からないけど「おお、いいじゃん」という実感と出会ってもらえたらなと思います。例えば今まで辛辣な言葉で壁を扱っていたのが、ちょっと柔らかくなったりとか、防潮堤に対して“壁”っていうことを一瞬でも忘れて、「自分の愛する地元にある壁画や表面の塗料に没入してもらう時間」を作れたりとか。
今までと少し違う時間軸で地元にある壁を見てもらえて、それをエッセンスとしてある種の消費をして、人が人に共有してもらったりすることが出来たのなら、そこへ未来に住む子どもや新しく来る外部の人も含めた、その土地に対する眼差しが変わっていくのかなと思います。
――石巻市で制作された作品を見るのが楽しみです。コロナ禍を経て、何か考え方が変わったことはありますか?
今まで自分に対しての焦りのようなものが少しあったのですが、それが解けてきている実感があります。今回のイベントのトークセッションでも、このコロナ禍でアートが盛り上がりを見せて、必要とされているのを感じたと仰っていましたよね。自分はそれを感じたというよりかは、良い作品を作っていたら評価は絶対後にでもついてくるので、自分が今認めることができるものを作るようにしています。そういう目先のところを意識しなくなってきたかもしれません。
――評価に対しての焦りが今まではあったのですか?
今まではあったかもしれないです。コロナ禍前はちょうど大学を出て1年目で、焦っていたというか空回りはしていないと思うのですが、無駄なエネルギーを使っていたのかもしれないですね。今は一呼吸置きながら、馬力を上げることが出来ているのかなと思います。
――コロナ禍でオンラインでのアート販売が広く浸透してきています。でも、オンラインと実際で見るのとでは、より違うものを感じることが出来るのがアートです。そんな現状を踏まえて、安井さんが思うアートの価値って改めて何だと思いますか?
やっぱり最近は、「目の前に立って実感する」ってことなのかなって思います。生きている特権。それに尽きるのかなと。その実感は良し悪し含めた実感ですね。生で見て実感を得られることがアートの持つ力だと思います。
――最後に今後の目標があれば教えて下さい。
今までお話しした話の随所でも出ているかもしれないですが、軽いことをとするようなアーティストにはなりたくないです。自分なりに、筋を大切にして活動していきたいです。
アートだけではなく、生きることや生活そのものに対して深く真剣に向き合っている安井さん。そうして生まれる作品は、静かで繊細でもありながら、圧倒的な意思の強さのようなものを感じさせてくれる。これからも安井さんの彫刻は「翻弄される」私たちに力を与えてくれることでしょう。今後もその活動から目が離せません。
【展示情報】
Group Show [ Winter ] 安部典子 小笠原美環 ジュリアン・オピー&安井鷹之介 石巻雄勝町滞在制作成果展「半透明について」
MAHO KUBOTA GALLERYでは11月30日より12月25日まで3人のアーティストによる展覧会「Winter」を開催いたします。本展は小笠原美環、ジュリアン・オピー の二人のアーティストの新作ペインティング、ならびにオピーと安部典子の日本では初めて公開となる作品を展示いたします。また、バックルームでは安井鷹之介が今年10月から約1ヶ月の間石巻雄勝町にて滞在制作した作品の成果展を開催いたします。
会期:2021年11月30日(火) – 12月25日(土)
場所:MAHO KUBOTA GALLERY(東京都渋谷区神宮前2-4-7)
開廊:火〜土(12:00-7:00pm)
休廊:日曜・月曜・祝日
展示詳細はこちらから
ANDARTでは、安井さんの等身大彫刻作品《Oscar》が共同保有作品として販売中です。また、今回展示した「The Thinker」シリーズの作品をオンラインストア「YOUANDART」で扱っています。是非ご覧下さい。
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取材・文:千葉ナツミ