

所得再分配は、国民の経済格差を埋めるための仕組みだ。どのように所得を再分配しているのか気になる方もいるだろう。この記事では、税金制度や社会保険制度による所得再分配の仕組みを解説する。日本の所得再分配効果に関するデータも紹介しているので、ぜひ参考にしてほしい。
目次
所得再分配とは
所得再分配とは、国民の暮らしを守るために、税や社会保険などで所得を再分配する仕組みである。富の再分配とも呼ばれ、所得の格差を埋める機能がある。
所得再分配の機能をもつ制度の代表は、税金制度と社会保険制度だ。
基本的に高所得者がより多くの税金や社会保険料を納めるように調整されている。納めた金額に関わらず、誰でも国や地方から公平にサービスを享受できる。
税金制度による所得再分配
税金制度では、税を負担する力(担税力)の強い者に多く納税させ、所得再分配の機能を果たしている。税金は、課税標準額×税率で計算され、課税標準額は税金の種類によって異なる。
たとえば法人税は、法人の所得が課税対象となる。所得の多い企業ほど担税力があるとみなされ、多くの税を納めなければならない。
所得再分配を機能させる重要な仕組みが、超過累進税率だ。超過累進税率とは、課税対象額が高い部分ほど値が高くなる税率をいう。主に所得税や相続税、贈与税に適用される。
所得税の税率
所得税の総合課税における税率は5%~45%の範囲で設定されている。
超過累進税率によって、高所得者の税負担が増え、低所得者の税負担が減る。徴収された税金は国を通じて再分配されるというわけだ。
超過累進税率でよく誤解されるのが、税率の適用対象額だ。仮に所得が1億円だとしよう。1億円に税率が45%かかるのではなく、4,000万円以上の部分に税率が45%かかる。1億円のうち194万円9,000円以下の金額に対する税率は5%だ。
相続税の税率
相続税は、被相続人(亡くなった人)ごとに相続税の総額を計算し、相続人らが相続した財産の価額に応じて負担する税金だ。
相続税の総額は、課税対象となる遺産の総額を法定相続分で分け、定められた税率にあてはめて計算する。基礎控除額は3,000万円に法定相続人の数×600万円を加えた金額だ。
相続税の税率は、10%~55%の範囲で設定されている。
たとえば、相続人が1人しかおらず、相続税の課税価格(≒遺産の総額)が10億円の場合、6億円を超える部分には55%の税金がかかる。具体的な計算式は以下の通りだ。
相続税の総額
=(10億円-基礎控除額3,600万円)×55%-7,200万円
=4億5,820万円
もし財産を取得した人がこの相続人だけであれば、これをすべて1人で負担する。
課税価格が同じでも、相続人の数が増えると、相続税の総額は変わる。仮に5人であれば具体的な計算式は以下の通りだ。
相続税の総額
=(10億円-基礎控除額6,000万円)×1/5×40%×5人-1,700万円×5人
=2億9,100万円
この税額を相続人が相続した財産額に応じて負担する。相続人の数が少ないと、1人が受け取る財産が多くなり、税負担は重くなる。
贈与税の税率
贈与税とは、贈与を受けた個人が負担する税である。
税率は、相続税と同じで10%~55%の範囲で定められているが、金額に対する税率は贈与税のほうがかなり高い。贈与税の一般税率は以下の通りだ。
一般税率とは、通常の贈与に適用される税率のことだ。直系尊属(父母・祖父母)と、20歳以上の子・孫の間における贈与では、特例税率が適用される。
社会保険による所得再分配
医療保険や介護保険、公的年金保険も、基本的には所得の多い者が保険料を多く負担する。各保険において保険料の仕組みを確認してみたい。
医療保険
保険料の仕組みは保険者ごとに異なる。医療保険の保険者は、協会けんぽ(全国健康保険協会)、船員保険、共済組合、国民健康保険(市町村)などさまざまだ。代表的な保険者の仕組みを見ていこう。
【協会けんぽ】
まず、多くの企業が加入する協会けんぽでは、個人が負担する保険料を「標準報酬月額×料率」で計算し、事業者を通じて毎月納める。
標準報酬月額が高いほど保険料を多く負担する仕組みだ。保険料率は、都道府県ごとに設定されている。
【国民健康保険】
国民健康保険の加入者がいる世帯では、世帯ごとに医療分・後期高齢者支援分・介護分の3区分で計算した保険料の合計を納める。
それぞれの区分には、所得割・資産割・均等割などの項目があり、トータルで各区分の保険料が決定する。所得割は、世帯の所得が高いほど多くかかる仕組みだ。
介護保険
介護保険は40歳から加入する保険だ。介護保険の保険者は市町村となる。
保険料は1号被保険者(65歳以上)と2号被保険者(40歳以上65歳未満)で計算方法が異なるが、いずれも所得の高い者ほど多くなる仕組みだ。
介護保険と医療保険は、支払った保険料がいくらであっても、被保険者が受けられるサービスは平等だ。
たとえば、介護・医療サービスにおける自己負担割合は、基本的に介護保険だと1割(65歳未満)、医療保険だと3割(70歳未満)と決まっている。
なお、65歳・70歳を迎えたあとの介護・医療保険の自己負担割合は、そのときの個人や世帯の収入に応じて1割から3割となるが、いくら保険料を支払ったかは関係ない。
公的年金保険
公的年金制度には、20歳以上60歳未満の国民全員が加入する国民年金と、会社員や公務員などを対象とした厚生年金がある。
公的年金制度の仕組みは、3階建ての建物に例えられる。1階部分が国民年金、2階部分が厚生年金、3階部分が基金や確定拠出年金などだ。
年金保険料は現役の世代が納めて高齢者を支える「世代間扶養」の仕組みになっている。基本的に、国民年金保険料の負担は一律であるが、厚生年金保険料は「標準報酬月額×税率」で決まる。
所得再分配の機能が働いているのは、主に厚生年金保険だ。現役時代の所得によって年金受給額に差が生じすぎないよう調整されている。
年金は基礎年金部分と報酬比例部分で構成される。基礎年金部分は加入月数等で決まるため、それまでの所得に左右されない。
たとえばAさんとBさん(所得はAさんの半分で所得以外はAさんとすべて同じと仮定)がいたとしよう。
BさんはAさんの半分しか厚生年金保険料を払っていない。もし所得再分配が機能していなければ、Bさんがもらえる年金額はAさんの半分となるはずだ。
しかし、2人の基礎年金部分は同じなので、BさんはAさんの半分以上の年金を得られる。報酬比例部分があるので、Aさんのほうがたくさん年金をもらえることは変わらない。
日本の所得再分配の状況
厚生労働省では所得再分配調査を行っている。平成29年の調査結果は、世帯単位の当初所得のジニ係数は0.5594,再分配所得のジニ係数は0.3721であった。
ジニ係数とは、所得の均等度を表す世界的な指標だ。0~1の間で変動し、0に近いほど所得格差が小さいことを意味する。調査では、所得の低い順に調査対象世帯を並べ、世帯数と所得額の累積比率から算出した所得の格差より、ジニ係数を求めた。
所得再分配の改善度は33.5%で、社会保障・税の再分配機能に一定の効果がみられた。
ジニ係数の改善度
ジニ係数の改善度は以下の通り算出される。
ジニ係数の改善度
=(当初所得のジニ係数-再分配所得のジニ係数)÷当初所得のジニ係数×100
当初所得とは、所得再分配が機能する前の所得である。
厚生労働省の報道発表資料では、当初所得は「雇用者所得、事業所得、農耕・畜産所得、財産所得、家内労働所得、雑収入、私的給付(仕送り、企業年金、生命保険金などの合計額)の合計額。公的年金などの社会保障給付は含まない」とされている。
再分配所得は、「社会保険料を控除し、社会保障給付(公的年金などの現金給付、医療・介護・保育の現物給付を含む。)を加えたもの」とされている。
日本では社会保険が所得再分配に貢献
令和2年版厚生労働白書の「所得再分配の状況」に、税金と社会保険のジニ係数の改善度を比較したデータがある。
1996年の改善度は税金が3.6%、社会保険が15.2%であったが、2017年の改善度は税金が4.8%、社会保険が30.1%だった。
日本の所得再分配は、社会保険による貢献が大きく、特に公的年金などが機能しているものと考えられる。
日本と海外の所得再分配
日本だけでなく海外の所得再分配の状況も気になるところだ。OECDによる「Income Distribution Database」のデータを参考に、アメリカや中国、スウェーデンのジニ係数も記載しておく。
所得再分配は社会を支える重要な仕組み
税金や社会保険制度による所得再分配の仕組みや、日本における所得再分配の効果について解説した。
税金や保険料の支払いは個人に負担を与える。高所得者であれば不満を抱く方もいるかもしれない。しかし、あらためて考えると1人ひとりの支払いが、社会を支える大切な財源である。
貴重な財源が正しく使われるよう、国民が政治を監視しなければならないのは、言うまでもないだろう。
文・中村太郎(税理士・税理士事務所所長)