

利益相反行為という言葉をきいたことがあるだろうか。最近では、日産自動車株式会社の会長であったカルロス・ゴーン氏が、日産自動車と自己の支配する会社との取引を不正と思われる態様で行ったとして、特別背任の容疑で逮捕されたことは記憶に新しい。
株式会社は、代表取締役および取締役会に強大な権限が与えられているため、背信行為を行おうと考えれば、不正に自己のために利益を還流させることができてしまう。そのような行為をあらかじめ抑止するために、利益相反行為に対する規制が存在する。今回は、そのような利益相反についてみていきたい。
目次
利益相反行為とは?
まず、利益相反行為とは一般にどのような行為をいうのかみてみよう。特別法である会社法に対して、一般法に位置づけられる民法においては、以下のように定められている。
【民法108条】
1)同一の法律行為について、相手方の代理人として、又は当事者双方の代理人としてした行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、債務の履行および本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。
2)前項本文に規定するもののほか、代理人と本人との利益が相反する行為については、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。
「相手方の代理人となり」とは、例えばAが、その所有する自動車をBに売却する場合、この売買契約の一方の当事者であるBが、もう一方の当事者であるAの代理人としても契約の当事者となる代理のことをいう。

「当事者双方の代理人となる」とは、例えば、Aが所有する建物をBに対し売却する際に、司法書士Cがその建物の所有権移転登記について、AとBの双方の代理人となることをいう。このような場合においては、契約の内容を自己に有利になるように変更することができるため、民法においても、本人に効果が帰属しにくくなるような制限がかけられているのである。

会社と役員の間の利益相反行為
会社と会社の役員との関係も、上記のような関係にある。つまり、会社は法人であり、人格がないため、会社自体が意思決定を行うことはできず、会社の役員がかわって意思決定を行うことになる。
そのような場合に、会社の役員がどんな取引でもできてしまうとしたら、自己の利益を図るために、会社に損害を与えるような取引が可能となってしまう。
会社と役員の間の利益相反行為を規制する法令
会社法では、このような利益相反行為を制限するために、以下のように規定されている。
会社法356条 競業及び利益相反取引の制限
取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一 取締役が自己又は第三者のために、株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。民法第108条 の規定は、前項の承認を受けた同項第二号の取引については、適用しない。
第1項の一を競業避止義務、二を直接取引の禁止、三を間接取引の禁止という。
会社法365条 競業および取締役会設置会社との取引等の制限
- 取締役会設置会社における第356条の規定の適用については、同条第一項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。
- 取締役会設置会社においては、第356条第一項各号の取引をした取締役は、当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない。
取締役会の承認が必要な場合3つ
取締役が競業避止義務、直接取引、間接取引をしようとする場合には、株主総会または取締役会の承認を受ける必要がある。
1.競業避止義務
これは、取締役が自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引を行ってはならないという義務をいう。
例えば、マスクの製造業を営む会社の取締役が、同じく自らの名義で別のマスクの製造業を行うことは許されない。これは、取締役の行為により、会社の企業秘密やノウハウなどを自己のために利用してしまうことを防止する趣旨から設けられている。
取締役は、事業に関する技術やノウハウ、顧客情報等を把握して意思決定する立場にある。そのため、取締役が会社の事業と同じ業種の事業をするときには、会社の情報を利用する可能性が大きい。会社の情報はその会社に帰属しており、取締役がそれを自身や第三者のために利用することはあってはならないことだ。
そこで、取締役が競業取引を行うことに規制をかけ、競業取引を行う場合には、会社に承認されなければならないとしている。なお、競業の範囲となるのは、「会社の事業の部類に属する取引」とされており、会社が行っているビジネスと実際に競合する取引をいう。これは、会社が取り扱っている事業を同じ地域で行うことにとどまらず、判例ではその商品の原材料を購入する取引であっても競業になるとされている。
取締役が同種の別会社の取締役等に就任することは、「取引」ではないため、それ自体は規制されない。しかし、競合会社の取締役等に就任した後に、当該競合会社のために競業取引を行う場合には、規制の対象になる。
2.直接取引
直接取引とは、取締役が自身や第三者(多くの場合、当該取締役の親族等)の利益を図るため、会社との間で契約を締結して取引を行うことをいう。直接取引の最も典型的な例は、会社と取締役との間において、売買契約や賃貸借契約などを締結するケースである。
このような取引を行う場合において、取締役には自己に有利なように(会社を害するように)取引を行ってしまうというインセンティブが生まれる。これは、取締役自身が契約の当事者になる場合だけではなく、取締役が支配する会社や取締役の家族を用いた場合も同様である。
3.間接取引
間接取引とは、会社が取締役の利益を図るために、取締役以外の者との間で契約を締結して取引を行うことをいう。取締役自身や第三者である代表者・代理人が契約を行なわなくても、取締役と会社の利益が相反することは起こりうるため、関節取引とみなして規制の対象としている。
例えば、会社の資産を担保に取締役が個人的な借金をしたり、会社が取締役の債務を保証したり、債務引受を行ったりする場合などが該当する。
会社と取締役の間の利益相反行為に対応する方法
利益相反行為は、会社に損害を与える可能性のある行為であり、そのまま放置しておくことはできない。しかし、会社の敷地として取締役個人が所有する土地を賃貸する場合など、必要となるケースも一定数存在する。
そこで会社法は、会社の承認を得ていれば、利益相反取引をしてもよいとするルールを採用している。承認の方法は、取締役会設置会社とそうでない会社とで異なる。
取締役会設置会社の場合
取締役会設置会社では、利益相反取引を行おうとする取締役は、事前に当該取引について重要な事実を取締役会に開示し、承認を得なければならない。通常、締結する予定の契約書の案はもとより、その契約をするに至った経緯や、他に代替措置がないことなどを説明することになろう。
また当該取締役は、その取締役会の決議においては議決権を行使せず、利益相反取引を行った取締役は、当該取引の後遅滞なく、その重要な事実を取締役会に報告しなければならない。
取締役会を設置していない会社の場合
取締役会設置会社でない場合には、株主総会に対して、事前に重要事実を開示し、株主総会の承認を受けることが必要だ。この場合において、取締役会決議の場合と異なる点が2つある。当該利益相反行為を行おうとする取締役が株主であった場合に、議決権を行使できる点と事後報告が不要な点である。
承認が不要の場合
すべての取締役と会社との取引が承認を必要とするわけではない。取締役による会社への無利息・無担保での金銭貸し付けや負担のない贈与を行う時など、会社に損害を与えるおそれがないものについては、会社の承認を受ける必要がない。
利益相反行為の効力
利益相反行為は、外形的には取引が成立しているため、それを信頼した第三者とどちらを保護すべきかが問題となる。まず、直接取引のうち取締役自身が当事者として締結された契約について、会社はその取引が無効であると主張することができる。
しかし、取締役が第三者を代表・代理して締結された契約、または間接取引について、会社が該当する契約相手に無効を主張できるのは、利益相反取引としての承認を受けていないことを契約相手が知っていた、または同様の過失があったことを立証できる場合に限られる。
それは、取締役会や株主総会の承認については、あくまで会社の内部的な手続きであるため、その承認が得られていないことの不利益を相手方に求めることは、取引の信頼を害するからである。他方で、契約の相手方から会社に対して、契約の無効を主張することはできない。この制度があくまで会社を保護するための制度だからである。
利益相反行為について正しく理解し、慎重かつ適切な判断が必要
利益相反取引によって会社が損害を受けた場合は、会社の承認の有無にかかわらず、取締役は任務懈怠責任として会社に対する損害賠償義務が生じる。それは、その取引を行った取締役だけではなく、その取締役会で承認の決議に賛成した取締役についても、責任を追及される可能性がある。利益相反行為に該当する可能性がある場合については、当事者でなくとも、慎重に対応する必要があるだろう。
文・内山瑛(公認会計士)