マカフィー他殺説は本当か?波乱万丈の人生とは
(画像=vchalup/stock.adobe.com)

セキュリティソフトの草分け的存在「McAfee(マカフィー)」の設立者、ジョン・マカフィー氏の悲報が届いた。死因は自殺と公表されているが、一部では他殺説も囁かれている。

75歳でこの世を去ったマカフィー氏の人生は、McAfee設立や米選挙出馬など華々しい栄光の裏で、麻薬とアルコール漬けの生活、殺人容疑、脱税容疑、数々の奇行など、闇に包まれた部分も多々あった。同氏の波乱万丈に富んだ人生、そして経営者としての手腕はどのようなものだったのか。

マカフィー氏の死を巡る謎

マカフィー氏は2021年6月23日、拘留先のスペインの拘置所で首を吊って死亡しているところを、看守に発見された。スペインの国家裁判所が総額400万ドル(約4億4,005万円)以上の脱税疑惑を巡り、マカフィー氏の米国への身柄引き渡しに同意したと発表した翌日だった。

カタロニア司法省は「当局が死因を調査中だが、すべて(の状況証拠等)が死因は自殺であることを示している」との声明を発表した。匿名の関係者の証言から、遺書と思われるメモが発見されていたことも明らかになっている。

一部では、「マカフィー氏が自殺を装って他殺された」との陰謀説が広がっているが、これは生前に本人が「米国当局に自殺を装って殺害される」と繰り返していたことに起因する。握腕には「$WHACKD(やられた)」という入れ墨まで彫っていた。

妻のジャニス・マカフィー氏も夫の死因が自殺であることを認めず、徹底した調査を求めている。マカフィー氏の弁護士の証言によると、前述のメモについて家族に知らされていないなど不透明な点があるのも事実である。

しかし、マカフィー氏は米国に身柄を引き渡されていた場合、30年以上の懲役刑を受けるとされていた。高齢の同氏にとっては受け入れがたい未来ゆえに、自ら命を絶ったとしても不自然ではないだろう。

技術面は世界トップクラス 経営面の才覚は二流?

マカフィー氏は技術者としては突出した才能の持ち主だったが、経営者としての才覚は今一つだったようだ。学位取得後はXeroxやゼネラルエレクトリック、NASAといった一流企業に勤務するものの、麻薬とアルコール漬けの生活から抜け出すことはできなかった。

しかし一方では、コンピューターの先見者として頭角を現していく。

人生の転機が訪れたのは、1986年、勤務先の防衛産業の請負業者であるロッキードマーティンで、初めてコンピューターウイルスに直面した時だ。この体験にインスピレーションを得たマカフィー氏は、ウイルスの専門家がまだ存在しなかった1987年、世界初のコンピューターウイルス「Brain Virus」からコンピューターを保護するコードを開発し、McAfee Associatesを立ち上げた。

驚くべきことに、マカフィー氏は同社が世界的な成功を収めるやいなや、1994年に保有していた自社株をすべて売却し、突然辞任してしまう。これにより、同氏は推定総額1億ドル(約110億134万円)を手にした。

2010年に半導体素子メーカー、IntelがMcAfee Associatesを76億ドル(約83億6,102万円)で買収した際、マカフィー氏はこのようにコメントした。「私は今、地球上最悪のソフトウェアを販売している酷いアソシエーション(McAfee)から私を解放してくれたIntelに、永遠に感謝しています」。

これが皮肉だったのか本心だったのかは不明だが、同氏がMcAfeeの経営にただならぬ不満をもっていたことは疑う余地がない。

暗号資産で人生転落?

McAfeeを去った後は、PowWowというWindowsベースのインスタント・メッセージングアプリなどビジネスベンチャーに続々と投資したが、そのほとんどが短命に終わった。自分の趣味を反映したエアロトレッキング(エンジン駆動のハンググライダー)には、少なくとも120万ドル(約1億3,201万円)を投じた。

中米のベリーズに移住後は、「クオラムセンシング(細菌が互いに感知し増殖するメカニズム)を抑制する効果がある」という怪しげなハーブベースの抗生物質を開発した。2007年の世界金融危機のあおりを受けたこともあり、その頃には同氏の資産は400万ドル(約4億4,005万円)ほどに縮小していたという。

同氏にとって人生最後の転機となったのは、暗号資産との出会いではないだろうか。暗号通貨ブームに乗ってSNSで暗号通貨を宣伝するという、新たなビジネスに乗り出した。ICO (Initial coin offering)に関する宣伝Tweetでは、1 回10万ドル(約1,100万円)を得ていたという。

しかし、この新しいビジネスが、後に自分自身の首を絞めることになった。荒稼ぎが証券取引委員会の目に留まり、当局が脱税と資産の隠蔽について調査を開始したのだ。その結果、同氏は暗号通貨の宣伝やドキュメンタリー番組の権利の販売から得た収入を申告していなかったことが発覚し、脱税罪で起訴された。

2020年10月、トルコ行きの飛行機に搭乗しようとした時にスペインで逮捕され、そのまま拘置所で生涯を終えた。

技術者としての腕だけではなく、ビジネスを成功させる上で欠かせないクリエイティビティやひらめきに恵まれていたマカフィー氏だが、ビジネスを長期的に継続させる忍耐力と慎重さは欠けていたようだ。

虐待の痛みを癒すことができなかったマカフィー氏

かつてマカフィー氏は、「アルコール依存症の父から虐待を受けて育った」と告白している。そして、その痛ましい記憶が大人になってからも消えないことを認めていた。波乱万丈な人生のすべての要因が幼児期に受けた虐待にあるとは断言できないが、少なくとも一因になっていたことは間違いない。

虐待の痛みを癒すのは、決して容易なことではない。しかし、少しでも癒そうと努力して生きていくのと自暴自棄な人生を送るのでは、人生の結果が大きく違ってくるはずだ。マカフィー氏の死は人生の選択や生き方について、さまざまな疑問を投げかけるのではないだろうか。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)

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