グーグルの理念“Don’t be evil(邪悪になるな)”を守るためにつくられたグーグルの労組。ノンユニオン型を志向してきた米国IT企業が、グローバルに拡大しつつある社内労組結成の動きを受けて、どのような形で従業員の声に耳を傾けるのか。
高待遇のグーグルになぜ労組?従業員が求めるのは、利益よりも社会的正義
2021年初早々の1月4日、米グーグルと親会社Alphabetの従業員ら230人が労働組合「アルファベット労働組合(Alphabet Workers Union : AWU)」を結成したと発表した。グーグルといえば、高い報酬水準(従業員の年収の中央値は2019年データで約2600万円)、飲み放題食べ放題のカフェテリアなど充実した福利厚生で知られる。そんな高待遇企業に団体交渉で一律の賃上げや労働条件の改善を要求する労働組合のイメージは似合わない。労組を結成した従業員たちは、何を求めているのだろうか。
AWUの当初の組合員数は13万2000人以上いるAlphabet連結従業員数のごく一部にすぎず、従業員らを代表して賃金交渉を担う権限は持たない。AWUは基本原則として「利益を最大化するのではなく、社会的・経済的正義を優先する」ことを掲げており、旧来の労組の枠組みにとらわれず、AIの使い道など社会に与える影響の大きいテーマに関し経営陣が倫理的に行動することを求めていくという。
組合幹部は、グーグルの倫理的AIチームの共同責任者で、言語解析AIの倫理的課題を指摘しようとした黒人女性研究者が2020年末に解雇されたことを例にあげ、報復を恐れることなく従業員が意見を発信するためにAWUをつくったと述べている。
米国の労働組合の特徴―成り立ちと失速した現代の労働組合運動
企業内に労働組合が結成され経営方針に物申すとなるのは、異例なことだ。労働組合活動が企業別組合主体の日本とは異なり、産業別労働組合が主体となっている米国ではなおさらだ。
歴史を遡れば、20世紀前半の工業化の進展の中、経営側は「テイラーの科学的管理法(1日にできる課業の設定や時間あたりの動作の測定など客観的基準に基づく作業管理手法)」を導入し詳細な作業規則と職務分類による厳格なジョブ型の働き方を生み出し、組合側はそうした仕事の線引きを利用し従業員の利益拡大を図ってきた。境界線を越えた働き方を強いられないよう、また雇用機会が経営の恣意的判断で奪われないよう、詳細な労使協約を、団体交渉を通じて従業員に有利な形に定め、経営側に守らせるように監視するのが(裏を返せば、経済闘争以外には経営に口を挟まないのが)米国の労働組合のスタンスであった。
20世紀後半、脱工業化が進み、グローバルな競争が激化する中、敵対的な労使関係が企業の競争力を削ぐ側面が顕著になると産業別労働組合運動は失速し、新興企業の多くは、組合を持たないノンユニオン型を選択するようになる。近年、米国の労働組合組織率は約10%で日本の約17%と比べても低い水準にある。
今回の報道でも、米IT大手で全従業員を対象とする組合を結成するのは、AWUが初めてだという。シリコンバレーの経営者たちは、労働組合をスピーディな意思決定やイノベーションを阻害するものと捉え、労組による組織化の動きを脅威と考えてきた。米国では法的に、従業員の過半数が組合に加入しなければ、企業は労働組合の要求に応じる義務はなく、グーグルの労務担当者も、AWUとの団体交渉には応じない考えを示している。
社内労組は巨大ITプラットフォーマーへの抑制力になるか
1月末、AWUは発足後の数週間で規模を700人以上に拡大、米国以外でもスイス、アイルランド、イギリス、イタリア、ドイツ、デンマーク、フィンランド、スウェーデン、ベルギーの10カ国の労組で構成される国際的な労組連合Alpha Globalを結成、サービス産業労組の国際組織UNI Global Unionと提携したことが発表された。
共同声明では「グーグルには多くの労働者が、世界を変えて、より民主的にしようと集まったが、いまやAlphabetは労働者の言論を取り締まり、その一方で独占的な権力を強化している」と述べ「Alphabetは”Don’t be evil(邪悪になるな)”というスローガンを無くして久しいが、私たちはそれを忘れず、団結してAlphabetに必要な責任を担ってもらう」と主張している。
たとえ高待遇であったとしても、その事業活動のもたらす社会的影響が自分たちの価値観に反するものになると、そこは従業員にとって働きたい会社ではなくなる。グーグルでは、セクハラ隠蔽疑惑に対し世界各国から2万人を超える従業員が抗議集会に参加し、会社が秘密裏に問題を仲裁する制度を撤回させたことや、AIの軍事利用に反対する署名活動に3000人以上が参加し、経営陣に米国防総省へのAI提供を打ち切らせた実績がある。
今から10年以上前、まだ今日ほど巨大ITプラットフォーマーの存在感が大きくなかった頃、『ウェブ人間論』で著者の梅田望夫氏が「グーグル社員はスターウォーズ好き」と紹介していたことが思い出される。「フォースの力」を信じたいグーグル社員が、自分の働く会社がダークサイドに落ちていくことを看過できないと立ち上がり始めたのが今回の労組結成の動きと見ることもできる。ノンユニオン型を志向してきた米国IT企業が、グローバルに拡大しつつある社内労組結成の動きを受けて、どのような形で従業員の声に耳を傾けるのか。労働組合ができたことで、AI倫理のような経営方針にまで踏み込んで「物言う従業員」の意見がグーグルの経営に届くようになるのか、注目していきたい。
(執筆者:竹内 秀太郎)GLOBIS知見録はこちら