
企業の在り方が変わりつつある現代では、「ナレッジマネジメント」と呼ばれる経営手法が注目されている。経営力アップや業務効率化にもつながる手法なので、経営者はぜひ押さえておきたい。成功事例を交えて、特に重要なメリットやポイントを解説していこう。
目次
ナレッジマネジメントとは? 注目される理由や背景
ナレッジマネジメントとは、従業員が実務によって得た知識やスキル(ナレッジ)を社内全体で共有し、会社全体の生産力や経営力を高める手法のことだ。この経営手法を正しく理解するには、「暗黙知」と「形式知」の違いを押さえておく必要がある。
「暗黙知」と「形式知」の違い

実際のナレッジマネジメントは、上記の暗黙知を形式知に変換する流れで進められる。
例えば、ベテラン社員だけが知っている顧客とのコミュニケーションの取り方は、言うまでもなく暗黙知だ。これを具体的なケースを想定しながら、各ケースに最適な対応をひとつずつ文章化していくと(形式知化)、社内の有益なナレッジが蓄積されていく。
ナレッジマネジメントはなぜ必要? 現代企業にとっての重要性
ナレッジマネジメント(和訳:知識経営)は、日本の経済学者である野中郁次郎氏によって提唱されたものだ。もともと野中氏は、暗黙知が次世代に受け継がれていくことが日本企業の強みと考えていたが、時代とともに企業の文化や風土が変わってきた影響で、現代企業の在り方も変化しつつある。
例えば、雇用形態の多様化が進んだ現代では、終身雇用制度を採用する企業が減少してきている。その影響で、ベテラン社員の暗黙知を若い世代に託せる機会が著しく減ったため、特に対策をしていない企業は貴重な知的財産を失ってしまう恐れがあるだろう。
伝統的な自然継承に任せているだけでは、現代企業のナレッジは蓄積できない。そのため、会社が生産性や経営力を維持するための手段として、近年ではナレッジマネジメントが多方面で注目されているのだ。
ナレッジマネジメントの4つの手法
ナレッジマネジメントによって理想的な経営体制を整えたいのであれば、自社に最適な手法を選ばなくてはならない。細かく見るとさまざまな形があるものの、ナレッジマネジメントの手法は大きく以下の4つに分けられる。

上記の通り、ナレッジマネジメントは手法によって効果が変わるため、自社の課題に応じた手法をとり入れることが重要だ。また、いずれの手法を採用する場合であっても、ナレッジマネジメントを実行する前には「社内に蓄積させるべき知的財産」を明確にしておく必要がある。
SECIモデルとは? ナレッジマネジメントを成功に導く理論
ナレッジマネジメントの成功率を高めるには、「SECIモデル」と呼ばれる理論も身につけておかなくてはならない。SECIモデルでは、以下の4つのステップを繰り返すことで社内のナレッジを蓄積していく。

上記【1】~【4】を繰り返すと、従業員に蓄積された暗黙知がどんどん形式知に変換されるため、社内に有益なナレッジが蓄積していく。効率的に会社の知的財産を増やせるので、ナレッジマネジメントをとり入れる場合はSECIモデルの導入をぜひ検討しておきたい。
ナレッジマネジメントにはどんな効果がある? 押さえておきたい3つのメリット
では、実際にナレッジマネジメントをとり入れると、企業にはどのようなメリットが発生するのだろうか。理想的な経営体制を整えるには、発生するメリットを事前に把握した上で計画を立てることが重要になる。
そこで次からは、経営者が特に押さえておきたい3つのメリットをまとめた。
1.人材教育の効率がアップする
ナレッジマネジメントによって培った社内のノウハウは、人材育成の際に活用できる。例えば、顧客への対応をデータベース化しておけば、マニュアルなどを配布するだけで多くの知識・スキルを共有できるはずだ。
ほかにも、先輩社員の経験をもとにトラブル対策を伝えたり、優秀な社員の考え方を共有したりなど、ナレッジマネジメントはさまざまな人材育成に役立つ。ひとつのスキルだけではなく、営業力や対応力などあらゆるスキルを鍛えられるので、人材育成の効率は大幅にアップするだろう。
2.新たなナレッジの創造により、組織力が向上していく
SECIモデルによって創造された新たなナレッジは、会社にとって貴重な財産になる。例えば、部署間でナレッジを共有しておくと連携がスムーズになるので、会社全体の組織力は確実に向上していく。
仮に組織の肥大化によって連携・管理が難しくなっても、正しい形でSECIモデルが導入されていれば、時間を追うごとに組織力はアップしていく。したがって、ナレッジマネジメントは短期間での成長を目指す企業にとって、非常に効果的な経営戦略となり得る。
3.業務の効率化や見える化につながる
蓄積されたナレッジを社内全体で共有すれば、ひとつの作業を複数の部署で行えるようになるため、業務の効率化につながる可能性がある。また、暗黙知を形式知に変換する際には、業務内容や取り組み方を分析することになるので、「業務の見える化」にもつながるだろう。
働き方改革の重要性が叫ばれる現代において、業務の効率化・見える化を実現できる意味合いは大きい。単に会社の生産性がアップするだけではなく、従業員や社会からの評価も次第に高まっていくので、優秀な人材が集まりやすい環境を整えられる。
ナレッジマネジメントを導入するポイント
ナレッジマネジメントを導入する際には、ほかにも押さえておきたいポイントがある。特に以下で挙げるポイントは成功・失敗を大きく左右するため、導入前にしっかりと理解しておきたい。
少しでも成功率を高めたい経営者は、最後までチェックしていこう。
1.従業員のレベルに合ったITツールをうまく活用する
ナレッジマネジメントの導入時には、情報共有に便利なITツールを用いることが多い。例えば、データベース化したものを表計算ソフトなどに記録すれば、ファイルを送り合うだけでスムーズに知識を共有できる。
ほかにも、クラウド型のビジネスチャットツールやタスク管理ツールなど、ナレッジマネジメントに役立つITツールは数多く存在する。ただし、使いこなせないITツールの導入はコストの無駄につながるので、従業員のレベルに合ったものを慎重に選ぶことが重要だ。
2.従業員の悩みや不満を理解した上で計画を立てる
一人ひとりの従業員が形式知を理解できるような状況を作らないと、ナレッジマネジメントは成功しない。経営者の独りよがりで導入を進めると、ナレッジマネジメントを導入すること自体が目的になりがちなので注意が必要だ。
前述のようなメリットを発生させるには、従業員それぞれの悩みや不満を理解しておく必要がある。現場の悩み・不満をしっかりと解消できる仕組みを作らないと、かえって導入コストが無駄になる可能性すらあるだろう。
したがって、ナレッジマネジメントの導入前には従業員にヒアリングを行い、現場の悩み・不満を理解した上で計画を立てることが望ましい。
3.整理した知識・情報は、分かりやすい形で共有する
ナレッジマネジメントによって知識・情報を整理しても、共有の方法に問題があれば前述のメリットは得られない。より多くのメリットを発生させるには、できるだけ分かりやすい形で従業員などに共有をすることがポイントになる。
特に問い合わせのように迅速な対応が求められる現場では、マニュアルなどの情報をスピーディーに参照できる環境が求められる。現場によって最適な共有方法は変わってくるので、その点を意識しながらITツールやシステムの導入を進めていこう。
ナレッジマネジメントの成功事例
ナレッジマネジメントは近年になって注目されている経営手法だが、実はすでに導入している企業は国内にも存在する。そこで次からは、導入前にチェックしておきたい成功事例をまとめた。
いずれも参考になる事例なので、自社のケースと比較しながらしっかりと読み進めていこう。
【事例1】新たな情報共有システムとSECIモデルの導入/富士ゼロックス株式会社
日本の機械メーカーである『富士ゼロックス』は、国内でもいち早くナレッジマネジメントを採用した企業だ。同社は製品設計の変更による開発期間の延長を防ぐ目的で、現場にSECIモデルを導入した。
具体的には、「Z-EIS」と呼ばれる情報共有システムを使用することで、設計の初期段階ですべての関係者が情報共有できるような環境を整えた。また、同システムに蓄積された情報を各責任者が管理することで、必要なナレッジのみを残す(連結化)ことにも成功している。
この事例のように、情報共有システムをはじめとしたITツールはナレッジマネジメントの導入に役立つので、多少の費用をかけてでもITツールの開発・利用を検討することが重要だ。
【事例2】従業員を中心としたナレッジマネジメント/東京海上アシスタンス株式会社
東京海上ホールディングスのグループ会社である『東京海上アシスタンス』は、すべての業務をマニュアル化することで効率的な人材育成を実現した。
同社は単に業務を洗い出すだけではなく、すべての業務をカテゴリ分けしたり同じフォーマットでまとめたりなど、従業員に分かりやすい形で共有している。さらに、問い合わせに関する手順書やマニュアルなどを横断できるようなツールを導入し、顧客対応までスムーズ化させた。
ナレッジマネジメントを成功させるには、この事例のように従業員を中心として考える必要がある。独断でナレッジマネジメントを進めると、経営者や上層部だけが満足する結果になりかねないため注意しておきたい。
【事例3】FAQサイトの開設と共有/住友林業情報システム株式会社
情報システムのコンサルティングを主要事業とする『住友林業情報システム』は、4人のスタッフによる「ナレッジチーム」を結成することで、円滑にナレッジマネジメントを進めている。
具体的には、大量の質問集を掲載したFAQサイトを開設し、従業員が使用するパソコンにそのサイトのデスクトップアイコンを設置。さらに、問い合わせをしてきた顧客をFAQサイトに誘導することで、問い合わせ件数を半数以下に抑えることに成功している。
このように、ナレッジマネジメントによって培った情報を、分かりやすい形でまとめる方法は非常に効果的だ。従業員だけではなく、顧客に対して情報を公開する点もぜひ参考にしておきたい。
導入後に発生するメリットを意識しながら慎重に計画を
ナレッジマネジメントにはさまざまなメリットがあるものの、急ぎ足で導入すると深刻な失敗を招きかねない。業務の洗い出しや改善など、ひとつひとつの工程を丁寧に進める必要があるので、導入の前には綿密な計画を立てることが重要だ。
ナレッジマネジメントの導入が目的にならないように、その後に発生するメリットも意識しながら慎重に計画を立てていこう。
文・片山雄平(フリーライター・株式会社YOSCA編集者)