*マネジメント改革を実現する「上司力」の詳細をさらに詳しく知りたい方は、拙著『本物の上司力〜「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく 前川 孝雄』(大和出版、2020年10月発行)をご参照ください。
目次
コロナ禍の前から「オンライン飲み会」!?
今回は、まず私が衝撃を受けたエピソードから紹介しましょう。
今から5年前の2016年。私は企業誘致のための経営者向けセミナーに招待され、ある地方の風光明媚な海を見下ろす会場に出向きました。セミナーが始まると、何と最初の講演者のIT企業経営者は出張先のアメリカからオンラインで、リアルタイムのプレゼンテーションを行うとのこと。現在は私自身もオンラインでの講演をよく依頼されるものの、当時は仰天しました。
そして続いての衝撃は、同社の全社員がリモートワーク可能な環境にあり、全国津々浦々の自宅やワークプレイスで仕事をしているとのこと。全国どこでも働けることから、居住地を問わず優秀なエンジニアが採用できると話されていました。
さらに驚いたのが、全国のエンジニアがその日の仕事を終えた後、それぞれ自宅でビールやつまみを用意し、職場の仲間で「オンライン飲み会」を開くというのです。コロナ禍以降、リモートワークが急速に普及したこの1年、普通の光景になりましたが、当時は想像を超えていました。内心「何もそこまでしなくても…」と感じたのを覚えています。しかし、コロナ禍が長引く昨今、ずっと在宅勤務が続くことによる社員の孤立化、メンタル不調も問題視されるようになってきています。今思えば、リモートワーク先進企業は、コロナショックがあろうがなかろうが、リモート環境下での「仲間化」の大切さを、深く理解していたのです。
ネット・ファシリテーションでメンバーのタコツボ化を防ぐ
リモートワーク下では、互いの仕事の進捗や経過が共有されにくく、仕事がタコツボ化しがちです。任せた仕事の当事者は部下自身とはいえ、チームワークを低下させては会社としての成果は上がりません。そこで、上司には遠隔でチームの仲間意識を高め、情報交換や報告・連絡・相談を促すネット・ファシリテーションの力が求められます。
上司は、オンラインでの会議では参加者全員に発言を促し、参加意識の醸成と話し合いの活性化に気を配りましょう。上司が発信したメッセージに対し各部下がどう考えているか意識的に質問し、さらに部下間の意見交換に導くこともよいでしょう。また、一人で悩んでいそうな部下がいたり、チーム内や部署間で連携すべき課題が見えたなら、関係を取り結ぶなど、積極的に介入することも必要です。部下たちに持ち回りで会議の司会役を任せるのも効果的でしょう。上司だけが仕切るより、互いに発言や質問がしやすい雰囲気になり、司会役の当事者意識も高まります。
このように、上司はリモートワークのなかで部下の自律性の促進と同時に、仕事のタコツボ化を防ぎ、「仲間と共に善い目的実現に向けて働いているのだ」という組織エンゲージメントを高めることが大切になるのです。
インフォーマルコミュニケーションの活性化を促す
また、リモート環境でのやりとりは、どうしても必要最小限の業務のやりとりのみになりがちです。リアルのオフィスなら、仕事の合間や休憩中に冗談や雑談を交わし、公私に渡る相談も気楽にできます。しかし、リモートではその機会が持ちにくく、次第に疎遠になり、仲間意識が薄れ、各自が孤立感を深めるリスクがあるのです。
そこで留意したいのが、チームでのインフォーマルコミュニケーション活性化です。本連載の第5回「ITツールの習熟化」で紹介した、チーム・チャットでの気楽な連絡・相談の場づくりや、社内SNS上にテーマ別会議室や社内サークルを開けるなどの仕組みづくりもよいでしょう。また、冒頭で触れた「オンライン飲み会」も一考です。企業によっては、社員に一定の補助を出した上で、オンライン忘年会を開催した例もみられました。社員の環境や意向を確かめながら、トライするのもよいでしょう。
定期的なインフォーマルコミュニケーションの取り入れ方
職場のインフォーマルコミュニケーションなら、飲み会やランチ会かと考えがちですが、仕事時間の中にうまく組み込む方法もあります。私の会社での実際例を紹介しましょう。
「チェックイン」
ホテルや空港の窓口で行うチェックインに因んだ名称です。会議や研修の開始時に、参加者同士がリラックスして話せる関係へと導く方法です。具体的には、ミーティング冒頭の本題に入る前に、次のようなテーマで各メンバーに全員への自己紹介を促します。
【チェックインのテーマ例】
・「この週末の出来事は?」
・「最近、気になったり、印象に残ったことは?」
・「ニュースや報道で、共感したり、考えさせられたことは?」
・「マイブーム(最近、はまっていることや趣味など)」
・「最近、人に感謝したり、幸せを感じたエピソード」など
私の会社では、以前はこの「チェックイン」を年末年始やお盆休みなど長期休暇明けのタイミングで行っていました。しかし、リモートワークが常態化しコミュニケーションが希薄になりがちな今は、毎週月曜のスケジュール確認と相談のためのオンライン・ミーティングの冒頭で行っています。
部下一人ひとりの個性や人柄が現れ、趣味・趣向などから、意外な側面が発見でき、相互理解に役立ちます。また、共通の関心事がみつかれば、その後の親睦にもつながります。実際に、普段生真面目なメンバーが大好きなアイドルグループのコンサートの様子を熱弁し、微笑ましい素顔を垣間見られた例。また、仲間のペットの自慢話と動画に触発され、ペットを飼い始める者も現われ、その後共通の話題で話が盛り上がっている例など、お互いに楽しみな時間になっています。
「みんなの読書」(通称「みん読」)
各自が、最近読んだ本を皆に紹介するコーナーです。定例オンライン会議の一番最後に行っています。本のジャンルは何でもよく、仕事関係のビジネス書・学術書から、趣味の本、小説、雑誌、漫画でもOKです。これにも一人ひとりの個性が出ることと、互いに考え方や感じ方を知ることができる、とてもよい機会です。また、自分では普段関心が向かない多彩な分野の知識や情報が得られる点でも、とても有意義です。
実は、読んだ本の概要や感想を他者にわかりやすく簡潔に話すのは、意外と難しいものです。その本には何が書かれており、ポイントは何か。どこに納得し、どこに違和感を覚えたか。それはなぜか。これらを要領よく語るには、自分の頭の整理が必要ですし、批判的思考とプレゼンテーションの訓練にもなります。こうした、自己啓発促進にもなるのです。
しかし、そう難しく考えてしまうと窮屈ですから、取り上げた本の良し悪しや、発表の出来栄えを評価するのではなく、お互いが楽しめる雰囲気が大事です。「この小説の、ここがサイコーに良かった!」「自分も読んでみたい!」と、盛り上がることが第一。あくまで「仲間化」が第一義ですから。
リモートワークへの取り組みで「本物の上司力」を身につける
本連載の第1回では、リモートワーク下ではマネジメントの本質が改めて問われており、「支援型マネジメント」への転換が重要であることを述べました。そして、この変化は単にコロナ禍の下での特殊事情と捉えるのは早計であり、もともと求められていた変革が、5年から10年早く「待ったなし」で到来したものだ、とも述べました。
すなわち、これまでの終身雇用と年功序列が崩れつつある今、日本企業はもはや「ポスト」と「報酬」で同質のメンバーを動機づけるピラミッド組織では持続できません。ここから早々に脱し、「組織の目的」と「個々の尊重」で多様な(ダイバーシティ)メンバーを動機づけるサークル組織へと自己変革することが不可欠なのです(図参照)。
そのことによって、一人ひとりの部下が主体的に、働きがいを実感しながら、チームで援け合って成果を上げる働き方が実現します。リモートワークへの適切な対応は、各部下が遠隔でも自律的に仕事を進め自己成長できるチームへと生まれ変わるまたとないチャンスであり、試金石なのです。
コロナ禍のピンチをチャンスに変え、上司の皆さんが「本物の上司力」を身につけられることを心から願っています。
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ、バワハラ予防講座」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)等33冊。最新刊は『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)及び『本物の「上司力」』(大和出版)
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