リモートワークで問われるマネジメントの本質
(画像=NDABCREATIVITY/stock.adobe.com)

リモートワークとは、「remote=遠隔・遠い」と「work=働く」の合成語。在宅勤務や郊外のサテライトオフィスなどでの勤務を意味し、テレワーク(tele =離れた所)と同義です。新型コロナウイルスの蔓延を機に、感染防止のため一気に普及しました。

リモートワークを一度導入した企業は、感染症収束後も後戻りせず、今後のニューノーマル(新常態)下の働き方として定着させる可能性が高いでしょう。しかし、リモートワークでは、従来のリアルな職場での上司・部下コミュニケーションをそのまま行うのではうまくいきません。上司と部下が遠隔にあるなかで、いかに部下の自律的な働き方を引き出し促進できるか。マネジメントの根本的な改革が求められます。

本連載では、リモートワーク下で求められる上司の心得とスキルを詳しく述べることを通して、遠隔でもリアルでも普遍的に通用する「本物の上司力」を発揮する具体的な方法を解説していきます。

*マネジメント改革を実現する「上司力」の詳細をさらに詳しく知りたい方は、拙著『本物の上司力〜「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく 前川 孝雄』(大和出版、2020年10月発行)をご参照ください。

目次

  1. リモート環境下のマネジメントに悩む上司たち
    1. システム開発企業勤務 40代前半の管理職
    2. サービス企業勤務 50代前半の管理職
    3. 広告代理店勤務 50代前半の管理職
  2. 上司は寂しく部下は気楽なリモートワーク!? ~際立つ上司・部下の意識ギャップ
  3. 真面目な上司が陥るクイック・ウィン・パラドックスのリスク
  4. 管理職から支援職へ ~「支援型マネジメント」を進める心構えを持つ

リモート環境下のマネジメントに悩む上司たち

働き方改革の一環で、既にここ数年、在宅勤務をはじめとしたリモートワークの導入が勧奨されてきました。しかし、一昨年までは一部の先進的な企業で試行段階にあったのが実状でした。

それが2020年には、想定外のコロナ禍によって、密閉空間、密集場所、密接場面の「3密」回避が喫緊の課題となり、多くの企業が急きょリモートワークを取り入れました。しかし、十分な環境整備も心の準備もない中での導入に、マネジメントに悩む上司が急増しているのが現状です。企業セミナーやコンサルティングの場面で捉えた悩みを、いくつか紹介しましょう。

システム開発企業勤務 40代前半の管理職

「コロナ禍以降、会社は、リモートワークを導入し『生産性の向上とワークライフバランスの質の確保』を目指しています。密を避ける環境整備を進めていますが、従前より部下と直接対面する機会が減少していることを懸念しています。部下の仕事ぶりもよく見えないし、コミュニケーションをどのように取ればいいのかわかりません…。」

サービス企業勤務 50代前半の管理職

「コロナ禍の業績悪化で、パート・アルバイトスタッフは休業させ、感染対策をして、最低限の正社員のシフト勤務で営業を続けています。在宅勤務も一部認められ、部下とのやりとりはメールやテレビ会議の利用が推奨されています。非常事態なので致し方ないとはいえ、このままの働き方で十分理解が進むのか、少々乱暴な結果を生むのではと危惧しています。こう考えるのは古い人間だからでしょうか?」

広告代理店勤務 50代前半の管理職

「当然、今までの人事評価方法はテレワークに当てはまらず、完全な成果主義にならざるを得ないでしょう。そうなれば、部下自身に自ら動いてもらわないと困る。今まで通りの周りでのサポートは難しいからです。管理職のあり方も、今までとは違う形になるでしょう。本来なら、そこに自分も率先して加わっていくべきかもしれません。でも、『もういいかな』と。自分たちの出る幕じゃないのかなとも思います。」

上司は寂しく部下は気楽なリモートワーク!? ~際立つ上司・部下の意識ギャップ

「テレワークと人事評価に関する調査」(2020年4月・あしたのチーム)によると、「テレワークをしてみて感じたこと」で管理職の答えの1位は「通勤時間がない分、読書や勉強などスキルアップの時間が持てる」(37.8%)、2位は「人とのコミュニケーションがなくさみしい」(30.6%)です。これに対し部下にあたる一般社員は、1位が「人間関係のストレスがなく気楽」(36.7%)、2位が「仕事態度に緊張感がなくなった」(28.0%)です。上司は寂しく部下は気楽という、対称的な結果が表われています(【図1】)。

リモートワークで求められる『本物の「上司力」』

また、「テレワーク時に管理職が部下に関して不安に感じていること」では、1位が「生産性が下がっているのではないか」(48.0%)、同率2位が「報連相をすべき時にできないのではないか」、「仕事をサボっているのではないか」(32.7%)とのこと。上司は部下の様子が見えず疑心暗鬼になり、テレワーク時の部下の人事評価は「オフィス出社時と比べて難しい」(73.7%)と答えています。

また「テレワーク長期化に伴う組織課題に関する意識調査」(2020年4月・Unipos)では、「テレワーク前より部下の仕事ぶりが分かりづらい」と答えた管理職が56.1%だったのに対し、「上司や同僚の様子が分かりづらい」と答えた一般社員は48.4%で、上司側のほうが7.7%高くなっています。

こうしてリモートワークが広がるなかで浮かびあがったのは、部下の日々の働きぶりを把握できずに悩む上司の姿です。職責意識の高い上司ほど、責務を果たせないと焦りや不安を感じているかもしれません。こうした背景には、会社組織としても社員の働きぶりを管理しきれない危機感があるといえます。深刻な例では、ストレスが高じた上司がリモート・ハラスメントを起こすケースも出ているのです。

真面目な上司が陥るクイック・ウィン・パラドックスのリスク

では、この真面目な上司が陥りがちなリスクを、どのように理解すればよいでしょうか。ハーバード・ビジネススクールのリーダーシップを教えるリンダ・ヒル教授が、新任管理職にありがちな問題行動を調査分析して明らかにした「5つの落とし穴」が、そのヒントになります(【図2】)。

リモートワークで求められる『本物の「上司力」』

具体的には、①隘路(あいろ)に入り込む―狭い路地に迷い込んだように周囲が見えなくなり、自分で全てを解決しようとする、②批判を否定的に受け止める―部下の異なる意見を自分への批判と受け止め、聞き入れられなくなる、③威圧的である―管理職の自分に権限があるからと、一方的に命令や叱責を行う、④拙速に結論を出す―部下の意見や状況を顧みず早く解決しようと、決めつけて判断する、⑤マイクロ・マネジメントに走る―部下を自分の操り人形のように微に入り細に入り指示し、動かそうとする…という行動です。

こうなると、部下の心は余計に離れてしまい、やる気を失い、マネジメントは空回りし始めます。すなわち、早い成果を出そうとの焦りが、かえって成果を遠のかせるジレンマ―クイック・ウィン・パラドックスに陥ってしまうのです。

アメリカの政治学者でリスク分析の専門家であるイアン・ブレマーは、この世界的コロナ禍は私たちの一生で最大の危機であり、今まで認識はしつつも、きちんと対処してこなかった課題が一気に噴出すると指摘します。そして、これからの1年半ほどの間に、5年から10年分の変化に直面することになると予言しています。クイック・ウィン・パラドックスはコロナ禍以前に打ち出されていたコンセプトですが、部下の仕事ぶりが見えづらい焦りから、さらに起こりやすくなっているといえます。

つまり、リモートワークの急速な普及によって、本質的なマネジメントの変革が、正に待ったなしの急務になったといえるのです。これを機に、上司に求められる本来の役割を正しくとらえ直し、自己変革を果たし、リモートワーク下でも上司の本領を発揮することが望まれます。

管理職から支援職へ ~「支援型マネジメント」を進める心構えを持つ

変革すべき方向を先に述べれば、こらからの上司は管理職から支援職を目指すべきでしょう。リモート環境下でも、部下一人ひとりが自律的に仕事に向き合えるようにしていく、「支援型マネジメント」が求められているのです。そのためには、部下の「やる気」の構造を理解することが大切です。

人の動機づけには「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」があります。「外発的動機づけ」は、いわば外側から働きかける動機づけです。例えば、職場の上司が業務目標を部下に一方的に押し付け説得すれば、部下は物事を強制されるだけの自分に無能感を募らせます。そして、上司の統制と管理のもとに行う仕事には「やらされ感」が蔓延していきます。

これに対し「内発的動機づけ」は、自分の内面から湧き上がる動機づけです。まさに「やる気」の源泉といえます。これにはまず、部下に自分の仕事の目的を共有し納得させることから始めます。そして、仕事の目標と計画を自ら立てさせ上司が承認することで、有能感が得られます。決めた目標は部下の自己統制(セルフ・マネジメント)に任せ、上司は要所要所で支援します。こうして部下は任された仕事の当事者となり、「やる気」が醸成されていくのです(【図3】)。

この「支援型マネジメント」は、部下のキャリア自律を後押しすることになり、自律型人材として育て上げることにつながります。自律型人材とは、他者から管理・支配されるのではなく、自分の立てた規律や規範に則って働き続けられる人材です。とりわけウィズコロナの厳しい時代には、あらゆるビジネスパーソンが会社依存から脱却し、自らのキャリアを探求しながら、社会に貢献できる仕事を創出しやり遂げることが必要なのです。

リモートワークで求められる『本物の「上司力」』

以上の「支援型マネジメント」の心構えを踏まえた上で、次回からは、リモートワーク下で求められる上司力として、次の5つの「コミュニケーションのポイント」を順番に解説していきます。

リモートワークで求められる『本物の「上司力」』
本物の「上司力」
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師/情報経営イノベーション専門職大学客員教授

人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ、バワハラ予防講座」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)等33冊。最新刊は『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)及び『本物の「上司力」』(大和出版)

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