ポストコロナの健康経営
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(本記事は、西城 由之氏の著書『ポストコロナの健康経営』=東峰書房、2020年10月28日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

一.メンタルヘルス不調――メンタルヘルス不調とは

厚生労働省の「労働者の心の健康保持増進のための指針」は、メンタルヘルス不調を「精神および行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレスや強い悩み、不安など、労働者の心身の健康、社会生活および生活の質に影響を与える可能性のある精神的および行動上の問題を幅広く含むもの」と定義しています。つまり、精神疾患の有無にかかわらず心の健康が不安定な状態をメンタルヘルス不調と呼んでいます。

メンタルヘルス不調の原因

メンタルヘルス不調の原因は、「外因性」と「内因性」に大別され、さらにそれらは各々「職場要因」と「私的要因」に分けられます。

≪外因性≫
外的な環境要因が引き金となって発生するもので、本人の能力を超える業務負荷や職場の人間関係における緊張感やトラブルなどが原因となります。

≪内因性≫
個人的な不安や悩みから発生するもので、職場でミスをした時の無力感や達成感が得られないといった心理的な要因が引き金となります。

≪職場要因≫
職場の人間関係や業務環境など、職場での問題に起因とするもので、自分だけではコントロールできない要素があるため、ストレスが大きくなり重症化しやすい傾向があります。

≪私的要因≫
転職、離婚、病気、近隣トラブルなど、プライベートでの問題に起因するもので、本人の解決しようとする意志が重要になります。

メンタルヘルス不調の対策を講じる際には、外因性⇆内因性と、職場要因⇆私的要因という二つの軸で原因の分析を行なう必要がありますが、これらの要因は複雑に絡み合っていることも多く、またそういった場合には互いに悪影響を与えてますますメンタルヘルス不調が悪化する可能性があります。

メンタルヘルス不調の症状

メンタルヘルスが不調になると、早期から身体的にも精神的にも様々な兆候が現れます。身体的には、食欲不振、吐き気、過食、不眠、肩こり、頭痛、飲酒量の増加などが、精神的には、イライラする、物事に集中できない、やる気が出ないといった兆候がみられるようになります。

職場においては、業務上の兆候として以下のようなものがあります。

◆遅刻・早退が増える
◆無断欠勤をする
◆突然有給休暇を取るようになる
◆業務の能率が低下する・ミスが増える
◆報告・連絡・相談がなくなる
◆周囲との交流を避ける
◆挨拶をしなくなる

こういった不調が改善されずに病状が進行すると、やがてうつ病、適応障害、不安障害、アルコール依存症などの精神疾患に至ることもあります。

二.メンタルヘルス不調による精神疾患

うつ病

うつ病とは、気分が強く落ち込み憂鬱になる、やる気が出ないといった症状が長い間持続し、日常生活に支障をきたすようになった状態を指します。

うつ病の原因は単一ではなく、脳内の神経伝達物質の不適切な分泌、慢性的な疲労のような身体的要因、過度のストレスのような精神的要因、人間関係のトラブルのような環境要因などが複雑に重なることによって発症すると考えられています。

症状としては、気分の落ち込み、意欲の低下、物事への無関心、不安や焦りなどの精神症状、動悸、耳鳴り、めまい、食欲低下、肩こりなどの身体症状を認めます。

うつ病の診断には、DSM (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)- 5の診断基準(表12)が一般的に用いられています。

うつ病の治療としては「うつの原因を取り除く」ことが重要であるため、もしうつの主原因が職場にあるようであれば、場合によっては休職も必要になります。そのため、もし従業員のうつ病が疑われた場合には、速やかに医療機関を受診させ、適切な診断をしてもらうことが重要になります。

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(画像=『ポストコロナの健康経営』より)

適応障害

適応障害とは、ストレスにうまく対応することができないことによって抑うつ、不安、不眠などの症状が現れ、日常生活に支障をきたすようになった状態を指します。

原因としては、人間関係のトラブルのような精神的ストレスや環境の変化といった外的な要因と、ストレス耐性の低さなどの内的な要因があり、この両者が組み合わさることによって適応障害を発症します。

症状は様々で、抑うつ気分、不安、怒り、焦り、緊張といった情緒面の症状や、アルコールの過剰摂取、暴食、無断欠勤、赤ちゃん返りといった行動面の症状がみられます。適応障害の診断基準を表13に示します。

治療として最も重要なのは、原因となるストレスからの解放です。うつ病の場合と同じく、もしストレスの原因が職場にあるようであれば休職も検討しなければいけないため、医療機関の受診とそれによる診断の確定が重要になります。

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(画像=『ポストコロナの健康経営』より)

不安症群/不安障害群

不安症群というのは、精神疾患の中で、不安を主症状とする疾患群をまとめた総称です。突然訪れる恐怖や強い不安によって、動悸やめまい、呼吸困難などが現れるパニック障害や、毎日の生活の中で漠然とした不安や心配を慢性的に持ち続ける全般性不安障害はこの中に含まれます(図23)。なお、強い精神的衝撃を受けることが原因でフラッシュバックや悪夢などの様々な症状が長期にわたり出現するようになる心的外傷後ストレス障害(PTSD)なども以前は不安障害に分類されていましたが、DSM - 5では独立した疾患群として再定義されました。

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(画像=『ポストコロナの健康経営』より)

不安症群の原因はまだ十分に解明されていませんが、脳内神経伝達物質の不適切な分泌と精神的ストレスのような心理的要因が重なることによって発症すると考えられています。

症状は文字通り「不安」で、はっきりした理由がないのに、あるいは理由があってもそれと不釣り合いに強く、または繰り返し起きたり、いつまでも続いたりする病的な不安を認めます。

治療としては、選択的セロトニン再取り込み阻害薬やベンゾジアゼピン系抗不安薬などによる薬物療法や、認知行動療法などの心理療法が行なわれます。

アルコール依存症

アルコール依存症は薬物依存症の一種で、長期間多量に飲酒した結果、アルコールに対し精神依存や身体依存をきたす病気です。以前は、アルコール依存症は本人の意思の弱さや道徳観念の欠如が原因とされていましたが、現在ではアルコール=エタノールという薬物の長期間摂取が原因であり、誰でも罹患しうる病気であると認識されるようになりました。

慢性的に大量のアルコールを摂取することにより、アルコール耐性が形成され飲酒量が増加し、飲酒の欲求が抑えられなくなったり摂取量をコントロールできなくなる精神依存の症状や、アルコールが体から切れてくると手指のふるえや発汗などの離脱症状が出現する身体依存の症状が出現するようになります。大量飲酒のきっかけとしては、精神的ストレスや不眠などが引き金になることがあります。

治療は当然断酒になります。しかし、まずは外来通院で断酒を試みることもありますが、多くの場合入院治療が選択され、離脱症状や合併症の治療も合わせて行ないます。

早期発見の重要性

これまで挙げた疾患以外にも、統合失調症や人格障害など、ありとあらゆる精神疾患がメンタルヘルス不調をきっかけとして発症する可能性があります。これを防ぐためにはできる限り早期にメンタルヘルス不調の兆候をとらえ、それに対処していくことが必要であり、特に職場での早期発見には「社員同士の気付き」が重要です。また、メンタルヘルス不調の兆候が認められれば、早期に産業医面談など産業保健スタッフの介入を行ない、治療が必要であると判断されれば精神科・心療内科へ紹介するなどの対応も必要になります。

ポストコロナの健康経営
西城 由之
医学博士。こまごめ内科・循環器内科クリニック院長。1978年、岩手県生まれ。2004年、日本医科大学卒業。初期研修の後、2006年に日本医科大学付属病院第一内科(現循環器内科)入局。主に心臓カテーテル治療を中心とした循環器診療に従事する傍ら、産業医、公衆衛生研究員としての活動も行なう。2019年に「こまごめ内科・循環器内科クリニック」開業。医学博士、日本医科大学非常勤講師、日本内科学会認定内科医・総合内科専門医、日本循環器学会専門医、日本心血管インターベンション治療学会認定医、日本高血圧学会専門医、日本糖尿病協会療養指導医、日本医師会認定産業医、日本循環器病予防学会評議員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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