ポストコロナの健康経営
(画像=MonsterZtudio/stock.adobe.com)

(本記事は、西城 由之氏の著書『ポストコロナの健康経営』=東峰書房、2020年10月28日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

国による健康経営の推進

日本では近年、国が企業に働きかけて健康経営を推進しています。

健康経営の推進は経済産業省が主体で行なっており、同省は2014年、健康経営のポイントをまとめた「企業の「健康経営」ガイドブック~連携・協働による健康づくりのススメ~」を策定しました。

このガイドブックの中で、健康経営とは「従業員の健康保持・増進の取組が、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」であると述べられています。これをよりかみ砕いて言えば、企業が従業員の健康管理に投資を行なって彼らの健康が増進・活力が増大すれば、企業組織は活性化し生産性も向上するので、結果として企業の業績アップが見込める、ということです。また、従業員が健康になることによって医療費負担の軽減も期待できます。さらに、業績アップによって得られた利益を従業員の健康管理に再投資できれば、さらに生産性が向上するという好循環サイクルを作ることができます(図1)。これにより一時的な業績回復にとどまらず、中・長期的な企業成長も期待できるようになります。

これから健康経営について考えていくわけですが、その前に、まず日本の医療の基本となる医療保険制度がどのようなものかについて見ていきます。

ポストコロナの健康経営
(画像=『ポストコロナの健康経営』より)

一.日本の保険医療制度について

国民皆保険制度

日本はすべての人が公的医療保険に加入する国民皆保険制度をとっており、図で表すと図2のようになります。日本国民は何らかの医療保険に加入し、その医療保険の運営主体である保険者に保険料を支払うことによって保険証の交付を受けて被保険者となります。被保険者は病気や怪我の際に医療機関を受診して診療報酬を支払いますが、その金額は診療報酬全体の一部でよく、残りは保険者から医療機関に対して支払われます。

医療保険の種類

医療保険の種類は大きく分けると、社会保険、国民健康保険、後期高齢者医療制度の三種類に分けられます。これらのうち、企業の従業員が加入するのが社会保険であり、その中で大企業やその傘下にある企業、グループ企業などの従業員を対象とする健康保険組合が組合管掌健康保険(組合健保)、中小企業の従業員を対象とする健康保険組合が全国健康保険協会管掌健康保険(協会けんぽ)になります。これら健康保険組合の財源は、事業主(企業)が拠出する保険料によって賄われています。

組合健保は、協会けんぽと比較して保険料が安いことが多く、また1か月間の医療費の自己負担限度額を決めておき、限度額を超えた費用は払い戻す「付加給付」という制度があるため、被保険者にとっては保険料の負担が少なくてすむようになっています。

ポストコロナの健康経営
(画像=『ポストコロナの健康経営』より)

二.健康経営が推進される背景

健康経営が推進されるようになった背景としては、以下のようなものが挙げられます。

①医療費の増大

日本の国民医療費は年々増加しており、2017年度には43兆710億円にのぼっています。これは同年度の国内総生産(GDP)の7・87%、国民所得(NI)の10・66%に相当します(図3)。

医療費増大の原因は様々ですが、主なものとして人口の高齢化や医療の高度・複雑化が挙げられます。若年者と比較すると、高齢者は当然病気にかかりやすく、医療機関を受診したり多数の薬を飲んだりすることが多くなるため、どうしても一人当たりにかかる医療費は高額になります。また、近年では医療の進歩により高額な機材や薬が開発され、使用されるようになったことも大きな理由です。

医療費の増大は、保険料の上昇という形で企業にも従業員にも負担となります。逆に言えば、医療費が軽減できれば企業・従業員ともに保険料の負担が減ることになります。そういう点で、国が医療費の軽減を目的として推進する健康経営は、企業・従業員にとっても保険料負担の軽減という形での経済的メリットがあるということになります。

ポストコロナの健康経営
(画像=『ポストコロナの健康経営』より)

②若年労働人口の減少

日本では、労働人口そのものは増加しているものの、少子高齢化に伴い若年の労働人口は減少しており、それを高齢労働者で補っているという状態が続いています。企業が生産力を維持するにあたって、高齢の従業員も大切な労働力ですが、高齢になれば様々な病気に罹患するリスクが上がります。①とも関連しますが、2017年度の医療費の内訳をみると、各年齢層が医療費全体に占める割合は0~14歳が5.9%、15~44歳が12・2%であるのに対し、45~64歳は21・6%、65歳以上は60・3%となっており、年齢が上がるほど医療費がかかる=病気が増えるということがわかります(表1)。

従業員の健康状態の悪化は医療費の負担を増大させるのみならず、企業の生産性を低下させ、さらには早期退職による人材の定着率の悪化など、有能な人材の確保にも悪影響を与える可能性があるため、これらの予防を目的として健康経営が重要になってきます。

ポストコロナの健康経営
(画像=『ポストコロナの健康経営』より)

③過重労働

②で述べた通り、近年では若年労働人口が減少し、高齢労働者がそれを補っています。高齢労働者は若年労働者と比較すると、どうしても体力面などで劣ることが多く、その分若年労働者に負荷がかかることになります。その結果として、特定の従業員の仕事量が増えて長時間労働に至ることも多くなってきました。労働が長時間になれば休息や睡眠に充てる時間が削られ、強いストレス下での労働を強いられることになります。このような状態では労働効率も下がり、さらに労働時間が長くなるという悪循環に陥ります。こういった労働環境の悪化が、従業員への健康配慮の必要性を高め、健康経営が推進されるようになった側面もあります。

ポストコロナの健康経営
西城 由之
医学博士。こまごめ内科・循環器内科クリニック院長。1978年、岩手県生まれ。2004年、日本医科大学卒業。初期研修の後、2006年に日本医科大学付属病院第一内科(現循環器内科)入局。主に心臓カテーテル治療を中心とした循環器診療に従事する傍ら、産業医、公衆衛生研究員としての活動も行なう。2019年に「こまごめ内科・循環器内科クリニック」開業。医学博士、日本医科大学非常勤講師、日本内科学会認定内科医・総合内科専門医、日本循環器学会専門医、日本心血管インターベンション治療学会認定医、日本高血圧学会専門医、日本糖尿病協会療養指導医、日本医師会認定産業医、日本循環器病予防学会評議員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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