ポストコロナの健康経営
(画像=DOCRABEMedia/stock.adobe.com)

(本記事は、西城 由之氏の著書『ポストコロナの健康経営』=東峰書房、2020年10月28日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

六.不健康経営が企業に与える影響

不健康経営とは

健康経営の対極にあるのが、企業を負のスパイラルへ追い込む「不健康経営」です。

従業員の不健康状態を放置すれば、企業の生産性の低下や従業員の休職・退職の増加につながり、保険費を含む各種コストの増大も相まって企業の収益は低下し、健康投資ができなくなるという悪循環に陥ります(図8)。具体的には、ヒューマンエラーが多発する、退職が多く慢性的に人材が不足している、残業や休日出勤が多い、体調不良による遅刻・早退・欠勤が多い、有給取得率が低いといった特徴がみられる場合、その企業は不健康経営に陥っている可能性が高いといえます。また、現代ではインターネットの発達により、企業の評判はSNSや口コミサイトなどを通じてすぐに広がるため、右記のような職場環境についての評判が広がることにより企業イメージが悪化します。

こういった負のサイクルを断ち切り健康経営に転換させるために、健康投資が必要になるのです。

ポストコロナの健康経営
(画像=『ポストコロナの健康経営』より)

七.健康経営を始めるには

PDCAサイクルによる健康経営の実践

では、健康経営はどのように始めればよいのでしょうか。

経済産業省は、前出の「企業の「健康経営」ガイドブック」の中で、健康経営を実践するためのステップを図9のように提唱していますが、その基本は「PDCAサイクル」に則ったものといえます。

PDCAサイクルとは、Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)を繰り返すことによって、継続的に業務を推進・改善していく方法のことであり(図10)、様々なビジネスの分野で用いられている考え方ですが、健康経営を推進するためのPDCAの具体的な流れは次のようになります。

ポストコロナの健康経営
(画像=『ポストコロナの健康経営』より)

①健康経営を経営理念・方針へ位置付ける(P)

従業員の健康を経営課題としてとらえ、実行力を伴って健康経営に取り組むためには、まず経営者がその意義や重要性を認識・理解し、その理念・方針を社内外へしっかりと発信することが重要です。具体的には、健康経営を経営理念の中に明文化することで、企業として健康経営に取り組む姿勢を従業員や投資家などへメッセージとして発信します。

②組織体制を作る(P)

次に必要なのは、従業員の健康保持・増進に向けた実行力ある組織体制を構築することです。

組織の構築にあたっては、健康経営を推進する専門部署を設置するのが理想的ですが、それが難しければ人事部など既存の部署に専任職員・兼任職員を置くという方法もあります。また、取り組みの効果を高めるため、専門資格を持つ職員の配置や、担当する職員に対しての研修の実施なども重要になります。

また、このような全社的取り組みを実効的なものとするためには、経営トップ及び経営層全体において、その取り組みの必要性などが共有されることが重要です。そのため、従業員の健康保持・増進に関する取り組みについては、企画立案の段階から役員会での討議事項とするなど、組織体制を整備する必要があります。

③制度・施策を実行する(D)

健康経営を実践する上では、自社の従業員の健康状態や健康上の課題を把握することが必要となります。そのためには、まず企業と健康保険組合が保有している従業員の健康状態に関するデータを掛け合わせ分析することが有効です。具体的には、企業が保有している定期健康診断の結果や長時間労働の状況等に関する情報と、健康保険組合が保有している特定保健指導に関するデータや治療・処方箋に関するレセプト情報などを掛け合わせて分析することにより、部署・業態別の健康課題の把握や、医療費を下げる、メンタルヘルス不調者を減らすといった具体的目標に向けた施策を検討する際に基礎となるデータを作成することができます。このデータをもとに、社内における具体的な健康課題を明らかにした上で、その解決に向けての具体的な計画を策定し、それに沿って施策を実行します。

④取り組みを評価する(C、A)

取り組みを実施したら、その効果を検証・評価し、次の取り組みに生かせるようフィードバックすることが必要です。評価にあたっては、ストラクチャー(構造)・プロセス(過程)・アウトカム(成果)の三つの視点にて健康経営を評価することが重要になります。この三つの視点という評価の枠組みは、医療の質を評価するために米国のAvedis Donabedian博士が提唱したもので、様々な医療の場面で用いられていますが、健康経営に関する評価の対象は以下のような内容になります。

(ⅰ)ストラクチャー(構造)

健康経営を実践するために、経営層のコミットメントや人材・組織体制などが整っているか(評価項目:経営理念としての健康経営の位置付け、産業医、コメディカル等との連携体制、健保組合等保険者との連携の有無など)

(ⅱ)プロセス(過程)

健康経営を実践するにあたっての様々な施策が機能しているか(評価項目:健診受診率、保健指導実施率など)

(ⅲ)アウトカム(成果)

適切なストラクチャーにおいて、提供されるプロセスが、従業員の健康状態や企業利益に結びついているか(評価項目:企業の生産性、従業員の健診結果・ストレスの有無など)

この一連の流れをPDCAサイクルに則って繰り返すことにより、さらなる改善施策を検討し続けることが重要になります。

ポストコロナの健康経営
西城 由之
医学博士。こまごめ内科・循環器内科クリニック院長。1978年、岩手県生まれ。2004年、日本医科大学卒業。初期研修の後、2006年に日本医科大学付属病院第一内科(現循環器内科)入局。主に心臓カテーテル治療を中心とした循環器診療に従事する傍ら、産業医、公衆衛生研究員としての活動も行なう。2019年に「こまごめ内科・循環器内科クリニック」開業。医学博士、日本医科大学非常勤講師、日本内科学会認定内科医・総合内科専門医、日本循環器学会専門医、日本心血管インターベンション治療学会認定医、日本高血圧学会専門医、日本糖尿病協会療養指導医、日本医師会認定産業医、日本循環器病予防学会評議員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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