会社を経営するにあたって決めるべき項目の一つが組織形態だ。組織形態には「機能別組織」「事業部制」「カンパニー制」などがあり、どの形態を導入するかによって得られるメリットやデメリットは異なる。今回の記事では、事業部制にフォーカスしてメリットとデメリットを解説していく。機能別組織やカンパニー制との違いを知りたい人はぜひ参考にしてほしい。
事業部制とは
まずは、事業部制に関して最低限知っておくべきポイント(意味や種類、他の組織形態との違い)を解説する。
事業部制の特徴
事業部制とは、事業ごとに分けられた部署を本社部門の下に配置する組織形態で、この形態により構成された組織は「事業部制組織」と呼ばれている。
事業部制が持つ最大の特徴は、事業部ごとに「生産」「購買」「営業」「マーケティング」といった事業の遂行に必要な機能を有している点だ。日々のビジネスにおいて他の事業部や本社部門との連携は不要だ。
各事業部が自己完結的に事業活動を行い、プロフィットセンターとして事業単位での利益獲得に対して責任を負うことになる。また、事業運営に必要な権限が各事業部門に移譲されている点も事業部制が持つ大きな特徴の一つだ。
事業部制の歴史:松下電器産業が日本初の導入
事業部制の仕組みは、1920年代のアメリカにおいてデュポンやGMといった大手企業が導入したのがはじまりと言われている。
一方で日本では、1930年代に松下電器産業がはじめて国内企業で事業部制を取り入れた。事業部制を開始した狙いは、「自主責任経営の徹底」と「経営者の育成」であった。
これにより、個々の事業部がそれぞれの責任を果たした結果、今日につながる大企業へと成長している。機能別組織制へと移行した期間もあったが、事業部制へと回帰している。
現在は、持株会社であるパナソニック・ホールディングス株式会社に加えて、8つの事業会社および国内外の関係会社で構成されており、各事業会社の中にさらに事業部が存在している。パナソニックでは、この組織形態を「事業会社制」と呼んでおり、それぞれの事業の強みを最大限生かして、製品を通した社会への貢献を目指す。
カンパニー制との違い
事業部制とカンパニー制は、権限を各部署に移譲する点で非常に類似している組織形態だ。その違いは「各部署の独立性の度合い」にある。
カンパニー制は各部門を1つの会社として社内分社化した組織形態で、大企業のように事業の多角化が進んでいる企業で導入されることが多い。人事や経営戦略なども含めてほぼすべての決定権が移譲されるうえに、売り上げや費用の計上もおのおので行うことが必要だ。そのため、事業部制と比べると独立性が高い組織形態といえる。
カンパニー制では、各社がインベストメントセンターとして、利益はもちろん投資に対する責任も持つ。設備投資などの決定権は、本社ではなく各カンパニーのトップであるプレジデントが持つことになり、損益計算書はもちろん貸借対照表も作成する。
カンパニー制は、事業部制に比べて経営責任が明確であり、事業の意思決定がさらに早くなる。また、プレジデントは経営者という立ち位置なので、経営者育成ができる。ただし、事業部制よりも横の連携が取りにくいというデメリットがある。
職能別組織との違い
職能別組織は、機能別組織と同じ意味で使用される企業の組織形態であり、業務の内容ごとに部門を分けて組織を編成したものである。
自社製品の開発を行う開発部、販促活動を行う営業部、人材採用や人材育成の計画を立てて実行する人事部、主に税務会計や経費処理を行う経理部など、担当する業務ごとに部門を分けて専門的に業務を行う。
職能別組織ならば、それぞれの部門の業務分担が明確に定められているため、業務効率化を図ることができる。
事業部制の種類3つ
事業部制は、分け方によって以下の3つの種類に大別される。
1.製品別事業部制
取り扱う商品やサービスによって各事業部を構成する仕組みを指す。例えば、「カフェ事業」「居酒屋事業」「レストラン事業」といった形で分けるのが製品別事業部制に該当する。各製品について熟知したプロを育成できるため、事業部制の中では最もポピュラーな形態だ。
自社がこれまでの事業と異なる製品を開発して市場に参入したい場合には、製品別事業部制が取られることが多い。
2.地域別事業部制
地域によって各事業部を切り分ける仕組み。例えば「関東地方」「関西地方」「九州地方」といった形で分けるのが地域別事業部制に該当する。全国展開や海外進出を図っている企業にとっては、製品別よりもスムーズかつ迅速に事業を行いやすい。
3.顧客別事業部制
顧客の特性によって各事業部を構成する仕組み。例えば「収入が低い若者をターゲットとする事業部」「収入が多い中年層をターゲットとする事業部」に分けるケースが該当する。他にもライフスタイルや性別などによって分けることが可能だ。
自社がこれまでターゲットとしていた顧客層やチャネルと異なる領域に進出したい場合には、この顧客別事業部制を取られることが多い。
事業部制のメリット4つ
機能別組織やカンパニー制と比較すると、事業部制には4つのメリットがある。
1.迅速な意思決定や行動の実現
事業部制を導入する最大のメリットは、迅速な意思決定や行動を実現できる点だ。事業部制組織では、各部署に権限が付与されているため、事業に関する決定に際して上層部に逐一確認をとる必要がない。
本部に権限が集中している機能別組織と比較すると、迅速に意思決定や行動ができる。迅速な意思決定により、市場の急速な変化にも対応できるようになり、事業が衰退するリスク軽減にもつながるだろう。
2.本部は全社的な経営に集中可能
2つ目のメリットは、本社部門が全社的な経営に集中できる点である。機能別組織の場合、本部が各部署に関する権限を担うため、経営陣の負担は重くなる傾向だ。一方で事業部制では、各事業部に権限の大半が移譲されているため、経営陣の負担は相対的に軽い。
各事業部の業務に対する負担が軽くなることで、本社部門では全社的な意思決定(全社戦略の策定、新規事業や撤退企業の選定など)に集中できる。
つまり、細かな部分を現場に任せて経営陣は本来やるべき業務のみを行えるわけだ。経営陣が全社的な意思決定に集中すれば、市場の変化や競合の戦略にも対応しやすくなるだろう。
3.責任の所在を明確化できる
責任の所在を明らかにできる点も事業部制を導入するメリットの一つである。
機能別に部門が分かれている組織では、各部門で自分たちの業務にしか責任を負わないため、ある事業で業績が悪化しても問題箇所を判断しにくい。一方で事業部制では、事業部ごとに業績(収支)が数字で出てくるため、責任の所在が明らかとなる。
業績が悪い事業部には、主体的な改善を期待できる一方で、業績が良い事業部には昇進や報酬の付与といったインセンティブを付与できる。言い換えると、責任が明らかにされることで各事業部の競争を促進できるわけだ。各事業部が競争を繰り広げることで、結果的に会社全体の業績底上げ効果も期待できる。
4.利益が見込める事業が可視化できる
事業部制組織では、各事業部が損益計算書を作成するため、事業単位での収益が確認できる。そのため、市場からの需要が高い事業が可視化でき、経営資源の選択と集中が進めやすいというメリットがある。もちろん、関連事業との連携によってシナジー効果を高める経営戦略を練れば、さらに収益を増やすこともできる。
事業部制のデメリット3つ
事業部制は一見すると万能な組織形態に見えるものの、3つのデメリットもある。事業部制の導入にあたっては十分注意したい。
1.各事業部において経営資源の無駄が生じやすい
事業部制が持つ最大のデメリットは、事業部間で経営資源の無駄が生じやすい点である。
事業部制では、事業の遂行に必要な機能(営業や人事、生産など)を各事業部が持つ。言い換えると、事業部の間で機能の重複が発生するわけだ。
例えば生産機能は、小規模であれば一つの工場を保有し、複数の事業部で共有するのがコスト面でベストな選択肢となる。
しかし、事業部制ではそれぞれが小規模な生産を行う場合でも別々に工場を保有するため、工場の建設費用や毎月の運用コストに無駄ができてしまう。
2.各事業部の間で壁が生まれる
各事業部の間に壁が生じて弊害が生まれる点も、事業部制で注意すべきデメリットだ。
事業部制では、各事業部で業務が完結するため、他の事業部との間に物理的、心理的な壁が生まれやすい。交流や連携を図る動機や必要性が低くなるため、新製品開発や新規事業の立ち上げといった全社一丸のプロジェクトは達成しにくくなる。
また、予算配分の際に業績の好不調によって事業部間に格差が生じ、対立に発展するリスクもあるだろう。事業部間で対立が生じた結果、社員のモチベーション低下や離職にもつながりかねないので注意が必要だ。
3.各事業部で独断専行が進む恐れがある
事業部の乱立によって分権化が進みすぎると、本社や他事業部に対して、排他的になり、それぞれの事業部が利益を優先して独断で経営を進めることになりかねない。
また、各事業部が毎年の予算配分などを意識した短期的な利益を追求し、長期目線での戦略策定や時間がかかる人材育成などを軽視しやすくなる恐れもある。
事業部長同士の連携はもちろん、定期的な人事異動などにより、各事業部が個々に影響力を持ち過ぎてしまわないような配慮が欠かせないだろう。
事業部制組織を導入している企業の事例
日本企業では、特に大企業で事業部制組織が導入されている。ここでは、事業部制組織を導入している企業を紹介する。
ソニー株式会社
ソニーは1983年5月に、当時としては目新しい事業本部制を日本国内だけでなく海外販売にまで導入した。各事業本部の本部長に、事業経営に必要な製造から販売までの「責任」と「権限」を委譲し、自己完結的な経営を促した。
市場の変化にいち早く対応するため、1994年には事業部制からカンパニー制へと移行し、1997年に当時の最高益を達成した。しかし、2005年にはカンパニー制を廃止し、特定の製品分野に直結した組織を持つ事業部制へと移行した。
現在では、エレクトロニクス部門だけでなく、音楽や映画などのエンタメ部門、保険や銀行などの金融部門といった事業を展開している。
大日本印刷(DNP)株式会社
印刷業界大手の大日本印刷は、1963年に事業部制を導入した。印刷技術を紙だけでなく包装材や建築部材、精密電子部品など、さまざまな分野に応用する「拡印刷」を実現し、事業の多角化に成功している。オイルショックなどによる日本経済の低迷期にも、営業、技術、企画の3部門を柱とした組織強化を図った。
現在では、電子、ネットワークメディアなどを扱う出版イノベーション事業部を持つ「情報コミュニケーション部門」、建材や包装材を扱う「生活・産業部門」、ディスプレイ関連部品や光学フィルムなどを取り扱うファインオプトロニクス事業部を持つ「エレクトロニクス部門」など、各部門別に複数の事業部がある。
また、製造部門や技術開発部門を個別に保有するグループ会社と連携することで、印刷技術を核として市場の変化に対応している。
事業部制の導入は慎重に
事業部制は、「現場における迅速な意思決定」と「経営陣による全社的な経営への集中」を両立できる点で優れた組織形態である。ただし、部門間の対立リスクや経営資源の無駄が生じやすいなどのデメリットもあるため、他の組織形態も含めて慎重に事業部制を導入するかどうかを検討するのが好ましい。
事業部制に関するQ&A
Q1.事業部制の代表例は?
事業部制を日本で初めて導入した企業事例として、パナソニックHD(旧松下電器産業)がある。各事業部が独立して損益計算を行い、迅速な意思決定と市場の変化への柔軟な対応を可能にしている。
1933年、松下電器産業はラジオ、ランプ・乾電池、配線器具・合成樹脂・電熱器の3事業部に分割し、各事業部に研究開発から生産販売までの一貫した責任を与えた。これにより、本社の経営負担を軽減し、事業部長に経営者としての経験を積ませることができた。
Q2.事業部制と本部制の違いは何?
事業部制は各事業部が独立した利益責任を持ち、製品開発から販売まで一貫して担当する事業形態だ。これにより、経営者の負担を減らすだけでなく、迅速な意思決定と市場ニーズの変化に柔軟な対応ができる。
対して、本部制では本社が全体の戦略を統括し、各部署はその指示に従って業務を遂行する。本部制は統一された戦略を推進しやすいが、市場の変化に対する柔軟性は事業部制に劣る場合がある。また、予算未達になった際など、責任の所在が明確になりにくいというデメリットがある。
Q3.事業部制には何種類あるのか?
事業部制には、「製品別事業部制」「地域別事業部制」「顧客別事業部制」の3つがある。
製品別事業部制では、異なる製品ラインごとに事業部が形成され、各製品の開発から販売までを一貫管理し、製品専門性と市場適応性を高めることができる。
地域別事業部制は、特定の地理的エリアに焦点を当て、その地域内で事業活動を行う。これにより地域特有のニーズに対応し、地域内での統制を強化する。顧客別事業部制は、特定の顧客群や市場セグメントにサービスを提供し、顧客密着型のマーケティング戦略を展開する。これにより顧客満足度を高めることができる。
Q4.事業部化とはどういう意味か?
事業部化は、企業内に複数の独立した事業部を設ける組織戦略だ。各事業部が自身の製品やサービスの開発や生産、販売まで一括して責任を持ち、利益や損失についても自己責任を負う。これにより、経営の柔軟性と迅速性が向上し、市場の変化に対応しやすくなる。
また、事業部ごとに特化した戦略を採用できるため、効率的な運営と競争力の向上が期待できる。しかし、組織内で競争意識が生まれて連携が阻害されたり、資源の重複使用によるコストアップしたりするなど、経営上の問題も生じる可能性がある。
Q5.事業部の役割は?
事業部制で設立された各事業部は、企業内で独立した運営単位として機能する。自身の事業部内で製品やサービスの開発、生産、マーケティング、販売、顧客サービスなどを一手に担い、それぞれの市場や顧客のニーズに応じた戦略を立案・実行する。
事業部は自らの利益と損失に対して責任を持ち、独自の予算管理や投資決定を行うため、より柔軟な意思決定、迅速な市場対応、イノベーションの促進を可能にし、各事業部が特定の市場セグメントに特化しやすくなる。しかし、企業全体の戦略との整合性の確保や、事業部間の経営資源の配分に注意が必要だ。