
健全な経営状態を作るには、パワハラ対策を万全にしておく必要がある。パワハラはいまや社会問題のひとつであり、会社の評価に直結する現象になりつつある。これまでパワハラ対策を進めてこなかった経営者は、これを機に防止の手段やポイントを学んでいこう。
目次
パワーハラスメントの定義とは?経営者が理解しておくべき実情
パワーハラスメントのない職場を目指すには、経営者が言葉の意味を正しく理解しておくことが必須だ。そこでまずは、パワーハラスメントの定義と実情から紹介していこう。
一般的にパワーハラスメントとは、ある人物が組織内での地位などを利用して、他者に苦痛を与える行為を指す。現代では小さな嫌がらせも含めて「パワハラ」と認識されているが、実は職場におけるパワーハラスメントの定義については厚生労働省が以下のように定めている。
○厚生労働省が定めるパワーハラスメントの定義
パワーハラスメントの3つの要素 | 該当するケースや行為 |
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【1】優位的な関係に基づいて行われる | 当該行為を受ける者が抵抗、または拒絶できないような関係性で行われるもの。 |
【2】業務の適正な範囲を超えて行われる | 社会通念上、業務として明らかに必要ではないもの。また、業務の遂行手段としてふさわしくないもの。 |
【3】身体的・精神的な苦痛を与える | 当該行為を受けた者が、身体的・精神的な苦痛を感じるもの。また、就業環境を害された場合も該当する。 |
(※上記【1】~【3】のすべてを満たす行為がパワーハラスメントの定義)
厚生労働省は上記の定義を2012年に設けたが、それ以降もパワーハラスメントの相談件数は急増している。例えば、都道府県労働局等の総合労働相談コーナーには毎年多くの「いじめ・嫌がらせに関する相談」が届いており、その相談件数は右肩上がりの状態。2017年度の相談件数は、なんと全国で7万人を超えている。
さらに、厚生労働省が2016年に実施した調査(職場のパワーハラスメントに関する実態調査)では、労働者の3人に1人が「過去3年間にパワーハラスメントを受けたことがある」と答えた。パワーハラスメントは加害者側が気づきにくい行為なので、どのような職場にもパワハラ案件が潜んでいる恐れがある。
パワーハラスメントのダメージは広範囲に及ぶ
では、仮に会社内でパワーハラスメントが発覚すると、被害者や企業にはどのような影響が生じるのだろうか。
被害者への影響 | 企業への影響 |
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・モチベーションが低下する ・退職や休職に追い込まれる ・精神的な疾患を抱える | ・生産性が低下する ・人的損失(退職や休職)の発生 ・損害賠償責任のリスクがある ・労災保険率が高くなる ・社会的評価が低下する |
上記のように、パワハラ案件によってダメージを受けるのは被害者本人だけではない。案件が裁判沙汰になれば、会社の社会的評価が急落することで倒産に追い込まれるリスクもある。
また、取引先や顧客との関係性も悪化する恐れがあるので、現代の企業にとってパワハラ案件は早急に取り組むべき課題と言えるだろう。
パワーハラスメントの種類6つと具体例
厚生労働省は職場でのパワーハラスメントを、その内容によって6つの種類に分けている。どのような種類があるのか、そして具体的にどのようなケースが該当するのかを理解しておけば、社内のパワハラ案件をいち早く察知できるはずだ。
以下では、パワーハラスメントの6つの種類と具体例をまとめたので、自信のない経営者はしっかりとチェックしていこう。
1.身体的な攻撃
身体的な攻撃を含む人材教育は、言うまでもなくパワーハラスメントに該当する。上司が部下に怪我をさせた場合だけではなく、怪我を伴わない攻撃もパワハラ案件として扱われる可能性があるため注意が必要だ。
パワハラに該当するケース | パワハラに該当しないケース |
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・殴打や足蹴りをした ・人材教育の場で、頭を小突いたり胸倉をつかんだりした ・物を投げて怪我をさせた | ・業務上関係のない同僚同士が、プライベートな事情で喧嘩をした |
なお、被害者側が身体的なダメージを負わなくても、暴行・傷害にあたる行為はすべてパワーハラスメントの範囲内となる。
2.精神的な攻撃
人格を否定したり自尊心を傷つけたりするような行為も、パワーハラスメントに該当する。仮に部下の性格に原因があったとしても、行き過ぎた注意はパワハラ案件として扱われる恐れがある。
パワハラに該当するケース | パワハラに該当しないケース |
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・人格を否定するような発言をした ・周囲に聞こえるような大声で注意し、自尊心を傷つけた ・ミスをした場合に、現金で補償させることを強制した | ・一般的なルールを守れない部下に対して注意をした ・ルールを破る部下に対して、やや強めに注意をした |
なお、すべての部下に同じ言葉で注意をしたとしても、言葉の受け取り方(=精神的なダメージ)は人によって大きく変わるため、上司にあたる人物はその点も強く意識しておきたい。
3.人間関係からの切り離し
部下の人間関係を切り離すことを目的として職場環境を大きく変えると、パワハラ案件とみなされる恐れがある。
パワハラに該当するケース | パワハラに該当しないケース |
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・意に沿わない部下に対して、自宅研修を強制した ・今まで参加していた会議から、気に入らない部下を外した ・会社全体で開催される飲み会に、特定の部下を誘わなかった | ・スキル習得などを目的として、短期集中的に部下を別室で教育した ・部下のスケジュールが埋まっていたため、負担をかけないように飲み会に誘わなかった |
上記のほか、特定の部下が誰とも話せなくなるような環境を作る行為もパワーハラスメントにあたる。
4.過大な要求
過大な要求とは、業務上明らかに不要な作業や、明らかに遂行できない業務を強制させることだ。また、部下の業務を妨害するような行為も、パワハラ案件としてよく見受けられる。
パワハラに該当するケース | パワハラに該当しないケース |
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・明らかに本人の能力を超える業務を任せた ・勤務に直接関係のない業務を命じた ・「管理職になりたいならやるべき」と、昇進をちらつかせて無理な業務を命じた | ・人材育成のために、現状よりややレベルの高い業務を命じた |
特に繁忙期などは、どのような企業でも過大な要求をしがちになるため、経営者や上司は各従業員の能力やキャパシティをしっかりと把握しておかなくてはならない。
5.過小な要求
一方で、退職させることなどを目的として「過小な要求」をするケースも、パワハラ案件とみなされる恐れがある。
パワハラに該当するケース | パワハラに該当しないケース |
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・故意に簡単な作業のみを命じた ・退職させるために、本業とは関係のない業務のみ(清掃など)を命じた | ・経営上の都合で、各従業員の業務量を減らした |
なお、部下の業務を大幅に減らした場合であっても、その原因が受注減少など経営面にある場合はパワハラ案件には該当しない。
6.個の侵害
コミュニケーションの一環であっても、私的なことに立ち入り過ぎると「個の侵害」としてパワーハラスメントになる恐れがある。
パワハラに該当するケース | パワハラに該当しないケース |
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・出身校や家庭の事情をしつこく聞いた ・部下の行動を制限するために、私物となる写真を撮影した ・思想や信条を理由として、部下を正当に評価しなかった | ・社員への配慮を目的に、家庭環境などをヒアリングした |
なお、社員のケアを目的にしていたとしても、無理に個人情報を聞きだす行為はNGとなる可能性があるので注意しておきたい。
経営者が知っておきたいパワーハラスメントの裁判事例2つ
ここまでパワーハラスメントの定義を解説してきたが、言動の受け取り方は個人によって変わるため、意外な行動がパワハラ案件として扱われるケースもある。では、具体的にどのような行為に注意すべきなのか、実際の裁判事例を見ながらチェックしていこう。
1.事故に対する過度なペナルティ/神奈川中央交通事件(横浜地裁)
あるバス会社に勤める運転士Aは、自分が運転するバスを駐車車両にぶつけてしまった。そのペナルティとして、運転士Aは以下の業務を会社から命じられた。
・約1ヶ月間にわたる営業所構内の除草作業
・常務復帰後、1ヶ月以上の添乗指導
上記のうち、営業所構内の除草作業は「下車勤務の範囲内」にあたる。ただし、炎天下での作業が続き、安全運転の対策としては不十分とみなされたため、除草作業を命じたことについては違法性が認められた。
なお、1ヶ月以上の添乗指導に関しては、妥当な命令として違法性が否定されている。
2.労働組合員に対する懲戒目的行為/本荘保線区事件(仙台高裁秋田支部)
ある鉄道会社に勤める従業員Aは、国労マーク(労働組合のマーク)が入ったベルトを身につけて業務にあたっていた。その行為が反感を買い、会社から就業規則全文の書き写しや、本来業務からの降格などを命じられた。
後に開かれた裁判では、これらの行為は「見せしめを兼ねた懲戒目的からなされたもの」とみなされている。最終的に当該会社には25万円の損害賠償が命じられ、会社からの上告も棄却された。
会社側がパワーハラスメントを徹底的に防ぐポイント3つ
最後に、会社側がパワーハラスメントを防ぐ手段やポイントを紹介していこう。パワハラ防止策としてはさまざまな手段が考えられるが、以下では効果を期待しやすい施策を中心に紹介していく。
1.経営陣や上層部が、パワハラ防止に関するメッセージを発信する
パワーハラスメントは、基本的には目上にあたる人物が原因となって発生するものだ。そのため、会社の経営陣や上層部が「パワハラをなくすべき」と唱えるだけでも、防止策になる可能性が高い。
ただし、パワハラ防止の考え方を社内に浸透させるには、「どのような行為がパワハラに該当するのか?」という基準を明確にしておく必要がある。なかには線引きが難しいものもあるが、本記事で解説した内容を従業員に周知するだけでも一定の効果が期待できるので、パワハラ防止に関するメッセージは積極的に発信しよう。
2.実態を把握し、適切な改善策に取り組む
すでに潜んでいるパワハラ案件を察知・改善することも、早急に取り組んでおきたい対策だ。例えば、全従業員に対してアンケートを実施したり、相談窓口を設置したりすれば、これまで拾いきれなかったパワハラ案件を察知できる可能性がある。
もしこれらの施策によってパワハラ案件が見つかった場合には、理想の職場環境を目指してすぐさま改善に取り組まなくてはならない。経営者が気づかないところで発生しているパワーハラスメントも多いため、従業員の声にしっかりと耳を傾けられる環境を整えておこう。
3.適切なルールを設けて、就業規則へ盛り込む
パワハラ案件が発生するリスクを下げるには、適切なルールを設けることも必要になる。特に、従業員がミスをした場合の対処はパワーハラスメントにつながりやすいため、就業規則のなかで明確にルール化しておきたい。
また、パワーハラスメントの予防策・解決策についても、ガイドラインなどを作成しておくと安心だ。なお、適切なルールは状況次第で変わってくるため、作成したルールを定期的に見直すことも重要になる。
経営陣や上層部が強く意識することが重要に
パワーハラスメントは社会問題として認識されており、深刻なパワハラ案件が発覚すると、社会的に厳しい批判を受ける恐れがある。そのため、日頃から経営陣や上層部が目を光らせ、徹底的にパワーハラスメントを防ぐことが重要だ。
これまで特にパワハラ対策を進めてこなかった経営者は、本記事を参考にしながら今後の方針を考えてみよう。
文・片山雄平(フリーライター・株式会社YOSCA編集者)