印刷業界は、出版不況や社会のペーパレス化に伴う紙媒体の需要縮小から、典型的な“斜陽産業”となっている。また、新型コロナウイルスの感染拡大も追い討ちとなっているが、コロナ禍が印刷ビジネスにおけるDX(デジタルトランスフォーメーション)や業界再編を促す可能性もあるという。
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印刷業界は新型コロナ感染拡大前から斜陽だった
近頃、電車の中でコミック雑誌を読んでいる人をめっきり見かけなくなった。とはいえ、漫画離れが進んでいるわけではなく、紙媒体からデジタル媒体へとシフトが進んだだけにすぎない。
コミック誌の凋落
それを象徴するのが「少年ジャンプ」の発行部数の減少である。依然としてコミック誌ではトップを独走中ではあるものの、2017年1~3月期に初めて200万部を割り込み、以後はこの大台割れが常態化している。最盛期の1994年末に発売された1995年3−4合併号は、653万部に達していただけに、凋落ぶりが顕著だ。
もともと、印刷業界では市場の縮小傾向が続いていた。しかも、凸版印刷と大日本印刷の二強が圧倒的な強さを誇っており、残りのシェアも他の大手が分け合う一方、その下層では数多の中小・零細がひしめき合っているという構図になっている。
印刷業界の収益源は紙媒体への印刷のみではない
大手企業にしても、もはや紙媒体の印刷のみを収益源としているわけではない。売上高でトップの凸版印刷は、印刷技術を活用したキャッシュレス決済のセキュリティサービスや、主婦向けのオンラインチラシ配信(Shufoo!)などといった新規ビジネスを積極的に展開している。
僅差で2番手の大日本印刷も、やはり印刷技術を応用したICカード関連事業や、ディスプレイ用光学フィルムをはじめとする新規事業を手掛けている。デジタルカメラの普及を踏まえて、富士フイルムホールディングスが主力事業の軸足を大きく移したように、印刷業界でも紙媒体の衰退を見据えた戦略が打たれているわけだ。
もっとも、凋落傾向が続くとはいえ、依然として紙媒体に対する需要は根強いことも確かだろう。特に中小・零細企業においては紙媒体の印刷に対する依存度が高い。
コロナ感染拡大に伴って経済活動が一時マヒ状態に陥ったことは、紙媒体の印刷にも少なからず影響を及ぼしている模様だ。そこで、次項ではその点について検証してみたい。
印刷業界はコロナ禍で19業種中最大のダメージを受けた
一般社団法人「日本印刷産業連合会」の市場動向調査部会市場調査部がまとめた「印刷産業 Monthly Report 2020年07月」においても、コロナ禍における同業界の落ち込みは深刻化している様子がうかがえる。同調査は、内閣府や経済産業省、財務省、総務省、厚生労働省、観光庁、日本銀行など公表している各種統計をもとに、日本印刷産業連合会の独自の基準で編集したものだ。
統計ではリーマンショック超え
統計によれば、2020年5月の印刷業の生産金額は244億6,200万円で、前年同月比で15.5%の減少となった。前年同月比2桁以上の大幅減はリーマンショックの翌年(2009年)以降で初めてのことだ。
セグメント別に見ると、商業印刷が同23.3%減、事務用印刷が同17.0%減である。これに対し、逆に証券印刷は9.9%増となっている。
コロナ禍の緊急事態宣言下で、デパートをはじめとする商業施設が休業を余儀なくされ、宣言解除後も“3密”を助長しかねないセールや催事などの集客イベント自粛が続き、チラシ印刷の需要が激減したことは誰もが容易に想像できよう。
リモートワークの推進も大きな要因に
また、否応なくリモートワークが推進されるとともに、会議や商談もオンライン上で行われるケースが増え、名刺交換の機会がめっきり減って、印刷された事務手続き書類のやりとりも割愛され始めた。
2020年5月の「中小企業月次景況調査」では、「印刷」の景況DIは−93.6、売上高DIは−88.7、収益DIは−91.9、資金繰りDIは−75.8もの落ち込みを示していた。いずれにおいても、製造業・非製造業を合わせた調査対象全19業種の中で最低水準だ。
ただし、新型コロナの感染拡大が印刷業界に新たな需要をもたらしたという側面もある。例えば、店舗での営業に著しい制限を強いられた飲食業界は、こぞってテイクアウトに舵を切った。
テイクアウトメニューの印刷というニーズが急速に高まり、こうした流れに対応して急場を凌いだケースも見られたようだが、それだけではカバーしきれず、業界全体としては前述したような不振に見舞われた模様である。
印刷業界におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)とは?
新型コロナによる影響でさらに苦境に追い込まれている印刷業界だが、今回の災禍を機に、業界内ではDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいく可能性も考えられる。
1990年に入ってから日本でもDTP(デスクトップパブリッシング)が急速に普及し、印刷業界ではオンライン上での作業へのシフトは進んできた。その結果、もともとテレワークが馴染みやすい分野ともなっていたわけだ。しかも、ラクスルが立ち上げた革新的なサービスは、中小・零細の印刷会社に新たな商機をもたらしている。
ラクスルの事例
2009年9月創業のラクスルは、全国の印刷会社をネットワーク化し、各社の非稼働時間を活用することで、高品質な印刷物を低価格で顧客に提供するという「印刷ECサービス」を2013年3月からスタートさせて、好評を博している。
同社が構築したプラットフォームが需要と供給をマッチングさせることで、全国各地の中小・零細企業、は自社の印刷設備が非稼働だった時間帯に収益を生み出せるようになったのだ。
また、ラクスルは、限定されたエリア内で集客・販促活動を行っている中小企業や個人商店向けに、より効果的なチラシのデザイン・印刷・配布をワンストップで担う集客支援サービスも提供している。
従来、こうした集客・販促活動は、馴染みの印刷会社で刷ったチラシを配り続けるというアクションになりがちだったが、発注側はもっと大きな効果が期待できるデザインに巡り会える可能性も高まるし、印刷会社にとっても新たな顧客獲得のチャンスとなるだろう。
こうしたプラットフォームの活用を進めながら、自らも積極的に新たなテクノロジーの導入を図っていけば、業界の縮小が続いて限られたパイの奪い合いとなっている紙媒体の印刷においても、勝ち残っていける可能性が高い。
印刷業界がウィズコロナ時代に生き残るためのビジネスモデルとは?
大手企業が新規ビジネスの開拓に意欲的であることについて序盤で触れたが、従来からのビジネスである紙媒体の印刷の延長線上に広く視野を広げることで、競争優位性を獲得するという戦略も考えられよう。その一手として挙げられるのが、MSP(マーケティングサービスプロバイダー)への飛躍だ。
当然ながら、顧客がチラシやパンフレットなどの印刷を発注するのは、自社製品・サービスの販売を促進したいからだ。これまでは、顧客の意向通りに印刷を仕上げて納品するというパターンだったが、MSPは大きく踏み込んで、マーケティングの段階から積極的に顧客をサポートする。
多種多様な印刷物を取り扱ってきた知見をもとに、より訴求力のあるチラシやパンフレットの提案を行うわけだ。マーケティングという付加価値をつけることで競争優位性は高まり、単なる印刷請負事業と比べて、ビジネスの収益性も自ずと向上することになろう。
MSPだけでなくBPOにも進出の可能性
一方、BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)へ領域を拡大する展開も考えられる。見積書や納品書、請求書など、今まで受注してきた印刷物の納品だけにとどまらず、それらの事務処理まで請け負うサービスを提供するのだ。
大手企業でも、共同印刷がBPOへの取り組みを本格化させている。長きにわたってノウハウを蓄積してきたデータプリント業務を中核としながらも、顧客のニーズに応じて、各種通知書発送に関連するバックオフィス機能やデータ処理機能、コールセンター機能、システムソリューション機能といったリソースを組み合わせたサービスを提供している。
中小・零細の印刷会社が大手企業と同じような展開を図ることは難しいかもしれないが、これまで築いてきた顧客との関係性をもとに、さらに一歩踏み込んだサービスを創出していくことは十分に可能だろう。
印刷物の製作を通じて顧客の重要データを預かってきただけに、その信頼関係を糸口として、新たなサービスを付加する試みに取り組むことが重要である。
印刷業界の業界再編は今後も進んでいくのか?
前述したような新たなチャレンジの可能性が広がる一方で、印刷業界内ではさらなる淘汰が進んでいくことも覚悟すべきだろう。大手企業でも事業再編が進んでおり、中小・零細企業では廃業や経営統合の動きが加速することが考えられる。
実際に再編が進む可能性は高い
大手企業では、2019年6月に開催された図書印刷の株主総会で、同社が凸版印刷の完全子会社となることが承認された。すでに両社は1970年に業務提携を結んでおり、図書印刷が凸版印刷からの出資を受け入れて関係性は強まっていた。
2007年10月には、第三者割当増資によって、図書印刷が凸版印刷の連結子会社となり、2009年2月には株式の追加取得も実施されていた。完全子会社化は既定路線だったわけだが、今後もこうした再編が繰り広げられても不思議ではない。
印刷業界で経営に悩んだらM&Aも検討しよう
コロナ禍によって、紙媒体の印刷に対する需要がさらに右肩下がりを描く中、印刷業界では新たな取り組みが繰り広げられ、淘汰や事業再編も進んでいる。大手企業による中小企業のM&Aや、中小・零細同士の合従連衡といった動きも活発化する可能性がある。
もしも、あなたが印刷業界で企業経営に取り組んでいて、先行きになかなか希望を抱けないようなら、M&Aを通じた事業譲渡も検討の余地があるだろう。
文・大西洋平(ジャーナリスト)