米中対立
(画像=ink drop/stock.adobe.com)

中国の人気短編動画アプリTikTok と米ソフトウェア大手オラクルの提携案に、世界中が注目する中、米国で設立する新会社の所有権を巡り、混乱が生じた。米政府の中国企業に対する圧力が増している時期だけに、両社の提携の行方は、米中対立の緩和剤とも起爆剤ともなる要素を含んでいる。

Microsoftを差し置き、オラクルが勝利した理由

そもそも、TikTokの親会社であるバイトダンス(字節跳動)はなぜ、Microsoftという競合を差し置いてオラクルを選んだのだろうか?

トランプ大統領の中国包囲網の一つ

売却騒動の事の発端は、トランプ大統領がバイトダンスに対する「国家安全保障上の懸念」を理由に、TikTokの米国事業撤退、あるいは米企業への売却を迫ったところにさかのぼる。これにより、バイトダンスは「限られた選択肢」に追い込まれた。

当初、最有力候補としてMicrosoftが交渉をリードしていたが、合意目前かと思われた矢先、突如オラクルが勝者として名乗りを上げた。あくまで憶測や関係者筋の情報に留まるものの、逆転劇の背後にある理由はいくつか考えられる。そのうちの一つは、「Microsoftの買収提案がバイトダンスの期待にそぐわなかった」という説だ。

Microsoft は、米国を含む合計4カ国の事業権利について、完全買収を計画していた。しかし、バイトダンスの2大株主であるセコイア・キャピタルとゼネラル・アトランティックが、評価額を下回る価格で売却されることに懸念を示し、オラクルへの一部売却案を後押ししたという。それを立証するかのように、Microsoftのサティア・ナデラCEOは後日、自社とオラクルが提示した買収提案を比較し、「内容がまったく異なる」とコメントしている。

もう一つの説は、オラクルの創設者であるラリー・エリソン氏が、トランプ大統領の熱烈な支持者であるというものだ。両者の関係上、何らかの優遇措置を期待した上での決断という可能性も考えられる。

暗雲立ち込める取引の行方

しかし、最終的な合意を前に、取引内容が二転、三転した。論争の焦点は、米国事業の所有権だ。

トランプ大統領の承認取得後、オラクルと米大手ディスカウントチェーンのウォルマート、バイトダンスの3社は、米国でTikTok Globalという会社を設立する意向を発表した。オラクルと米大手ディスカウントチェーン、ウォルマートが新会社の株の20%、および米国を含む複数の国におけるTikTokの運営権を取得する。

あくまでも「提携」の形で収まるも、不穏な様子

TikTok Globalの理事会メンバーの5人中4人、バイトダンスの創設者である張一鳴氏以外は、すべて米国人だ。しかし、80%の株をバイトダンスが保有するということは、実質的の経営権はバイトダンスの手中に留まることに他ならない。つまり今回の取引はトランプ大統領が望んでいる「完全買収」ではなく、あくまで「提携」なのだ。

当然ながら、トランプ大統領はこの取引内容が気に入らない。そこで一度は承認したにも関わらず、「全所有権が米国側に委ねられない限り、承認を取り下げる」と異論を唱え始めた。そのうえ、トランプ大統領の「取引の一環として、バイトダンスは米教育基金に50億ドルを寄付する」という発言に関して、バイトダンスが「初耳だ」とコメントするなど、ぎこちない空気が流れ始めた。

賛否両論の三社提携 各社のメリットは?

三社提携のメリットとデメリットについても、賛否が分かれている。

まず、各社にとってのメリットは何か。取引が無事完了した場合、バイトダンスは、実質上TikTokの大株主としての地位を維持しつつ、米国での事業も維持できる。

近年、データだけではなく、マーケティングソフトやデータに注力しているオラクルは、コロナによる需要の増加を受け、2020年4月にWEB会議サービス、ZOOMとの提携を発表した。クラウド市場でのシェア拡大を狙った動きだが、TikTokの主要ユーザーである若年層の獲得は、マーケティングや広告分野での存在感を高めるチャンスにもなる。

ウォルマートも同様、顧客層が拡大することにより、近年注力しているEコマースやオムニチャネルに恩恵がもたらされると期待している。さらに新事業の設立は、米国で2.5万件の新規雇用が創出されるなど、経済効果も高い。

「畑違い」の提携 オラクルには切り札がない?

一方、今回の提携関係を失敗と見なす、ネガティブな意見もある。オラクルは消費者に焦点を当てたビジネスを運営した経験がないため、「まったくの畑違い」ではないかというものだ。確かにTikTokのようなソーシャルメディア・プラットフォームを運営するためには、絶え間なく変化する主要ユーザー層の関心を敏速に察知し、効果的な戦略をもってアピールし続ける必要がある。長年にわたり企業を主要顧客としてきたオラクルに、そのような手腕があるかどうか、現時点では明確でない。

オラクルに切り札なし

またマーケティング市場においても、オラクルの事業規模は限られている。MicrosoftがBingや LinkedIn、Microsoft Azureなどを介して、検索機能や機械学習といった分野に積極的に投資を行っているのに対し、オラクルには今のところ、TikTokの向上に活用できるような切り札はない。

中国側の反応 要請却下求める声

一連の騒動を、中国側はどのように捉えているのだろう。

中国国内では厳しい批判が相次ぐ

中国政府はバイトダンスから正式に承認要請を受けた旨を明らかにしたが、詳細については沈黙を守ったままだ。同国のメディアからは米国政府に対する猛烈な批判と共に、中国政府に要請を却下するよう求める声もある。

チャイナデイリー紙は、「米国が海外の企業を買収あるいは破滅させる目的で、汚いトリックを用いたのは今回が初めてではない」「バイトダンスとの取引に成功すれば、いずれまた同じことを他の海外企業にするだろう」と、米国の圧力に屈しない強硬な姿勢を維持するように、中国政府に呼びかけている。

米中対立の緩和剤となるか?起爆剤となるか?

このような背景から、今回の取引が米中対立にどのような影響を与えるかは、中国政府の対応にかかっていると見ても良いだろう。米国の技術を使う半導体の入手ルートを遮断されたファーウェイ(華為技術)のように、交渉の余地がない強制的な排除ではないものの、米国の圧力が強いという印象は否めない。

いずれにせよ取引が成功した場合は、両国間の緊張をある程度和らげる効果が期待できるかも知れない。しかし、チャイナデイリー紙が指摘しているように、米国側に有利な条件下で、海外企業の買収や提携、あるいは排除が加速する可能性もある。売却強制については中国だけではなく、ビル・ゲイツ氏など米国内からも警告や批判が挙がっている。今後の米国の対外国企業戦略や両国の関係を予測する上でも、今回の取引の行方からは目が離せない。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)

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