

自社株買いには、上場企業と非上場企業のそれぞれにメリットがある。
今回は、中小企業の経営者に向けて、自社株の概要をはじめ、自社株買いのメリット、課税に関する注意点などを主に解説する。自社株買いを検討している方はぜひ参考にしてほしい。
目次
自社株買いとは?
自社株買いとは、自社で発行した株式を株主から買い戻すことをいう。会社の債権者保護の観点から自社株買いは禁止されていたが、現在は一定の要件を満たせば認められている。
買い戻した自社株は会社による保管や消却、譲渡も認められる。ちなみに、保管中の自社株を金庫株と呼ぶ。
自社株買いが認められる要件
自社株買いが認められる要件は、会社法第155条において、1号から13号まで列挙されている。上場企業と非上場企業に共通する一般的な要件は、株主との合意による有償取得だ。
この場合は、会社法第156条にもとづき、株主総会で下記の事項を決議しなければならない。
- 取得する株式の数
- 交付する金銭等
- 株式を取得できる期間(1年以内)
自社株買いが会社に与える影響
自社株買いの具体的なメリットを説明する前に、まず自社株買いが会社に与える影響をイメージしてみよう。自社株買いをしたときの仕訳は下記の通りだ。
自己株式 〇〇 / 現金預金 〇〇
「自己株式」は純資産の部の勘定科目、「現金預金」は資産の部の勘定科目だ。仮に自己株式100万円分を会社が株主から買い戻した場合、会社の貸借対照表には次の影響を及ぼす。
貸借対照表(B/S) | |
資産の部 ↓ マイナス100万円 | 負債の部 |
純資産の部 ↓ マイナス100万円 |
つまり、自社株買いには貸借対照表の圧縮効果がある。必然的に負債の割合が上がることから、かつては債権者への影響が懸念されていたが、現行法では、上記の要件のもと自社株買いを行える。
ちなみに、貸借対照表上の自己株式は、純資産の部の株主資本においてマイナス(△)表示となる。
自社株買いのメリット(上場企業)
上場企業が行う自社株買いのメリットを見ていこう。
メリット1.株価の上昇
上場企業が自社株買いを行うと、一般的に株価の上昇が期待できる。株式投資をしている方には、おなじみの知識かも知れない。
まず、自社株買いによって貸借対照表が圧縮されると、企業の「稼ぐ力」を表す指標であるROE(当期純利益/自己資本×100)やEPS(当期純利益/発行済株式数)などが改善される。
また、自社株買いは企業が自社の株価を割安だと考えているサインとも判断できる。これらの点が投資の好材料となって、株価が上昇しやすくなるのだ
メリット2.株主への利益還元
自社株買いは、既存株主への利益還元になり得る。自社株買いによって株価が上昇すれば、既存の株主は上昇分だけ含み益を得られるからだ。
事業のために資金を提供してくれた株主への間接的な報酬といえる。
メリット3.敵対的買収の防止
株価を上げることで敵対する企業からの買収防止対策にもなる。
メリット4.労働環境の改善
自社株買いは、労働環境の改善にも役立つ。社員にストックオプションとして会社の金庫株を購入する権利を与え、勤労意欲を引き出すという使い方だ。
自社株買いを行うメリット(非上場企業)
企業のほとんどは非上場企業であり、中小企業となる。中小企業の株式は、経営陣などの限られた人物だけが保有するケースが多い。
また、上場株式のように開かれた市場がないため、株主は保有する株式を簡単に売れない。
仮に買い手が見つかったとしても、相手は資金を準備しなければならない。相続で取得した株式に多額の税金がかかるケースもあり、相続人にとって悩ましい。
自社株買いには、こうした問題点を解決できるメリットがある。
メリット1.複雑な株主関係の解消
会社の株式を複数の人間が保有していると、会社の意思決定がスムーズにいかないことがある。
相続によって、経営に無頓着な相続人が株式を保有することもあるだろう。放っておくと、次の相続で関係の薄い人物に株式が分散する。
事前に個人で買い戻そうと考えても、資金面で身動きがとれないこともある。対策として、会社の資金で株主から自社株を買い取る方法がある。
自社株買いによって株主を少人数にすれば、必要な人物に経営権を集め、経営を安定させやすくなる。
メリット2.相続税の納税資金の調達
相続で非上場株式を取得した場合、税金の支払いに困ることがある。
非上場株式にかかる相続税は、取引相場のない株式の評価額から計算され、株価の計算方法は、会社の規模や持ち株の状況などに応じて分かれる。
適用される計算方法が定まらなければ一概にいえないが、長年にわたって黒字を重ねてきた中小企業の場合、計算した株価は思いのほか高額になりやすい。
相続税が高額であったときは、納税資金の調達方法として自社株買いが有効だ。相続人の立場に分けて資金調達方法についても解説しよう。
・相続人が後継者でない
相続人が経営に興味がなく、株式を保有する必要がなければ、会社に自社株買いを求めるとよい。それにより、売却資金を納税資金にできる。
なお、生前に相続対策として自社株買いを行うケースと、相続後に相続人から自社株買いを行うケースとでは、株主個人の税金に違いが生じるので注意したい。
・相続人が後継者である
納税を控えた相続人が後継者の場合も、自社株買いによる資金調達は有効といえる。
ただし、現在は事業承継税制の特例措置を検討することが先決だ。要件を満たせば相続税の納税を猶予でき、最終的に免除となるケースもある。
ただし、都道府県知事に「特例承認計画」を提出するなど、要件が多い。まずは適用を検討し、難しいときに自社株買いや延納を検討するとよい。
なお、後継者から自社株買いを行うときは、議決権の変化によって経営に支障をきたさないよう注意が必要だ。
自社株買いの税務
株主との合意で自社株買いを計画する場合、株主個人の課税関係について理解しておく必要がある。
株主個人が受け取る売却代金には、所得税や住民税が課税されるが、中でも「みなし配当」という特殊な考え方に注意したい。
みなし配当とは
所得税法第25条によると、自社株買いによって受け取った代金のうち、実質的に剰余金の配当とみなされる金額は「配当所得」として課税される。
みなし配当の計算は、受け取った代金から、その株式に対応する資本金などの額を差し引いた額となる。
みなし配当の額=交付金銭等の額-(資本金等の額×譲渡株式数/発行済株式数)
その株式数に対応する資本金の額を超える代金については、利益の分配とみなす計算だ。注意したいのは10万円を超える非上場株式の自社株だ。
配当所得は、上場株式・非上場株式で課税方法に違いがある。上場株式は金額にかかわらず、総合課税・分離課税・申告不要制度を選択できるため、持ち株割合3%以上の株主を除いて問題点はない。
これに対して、非上場株式の場合、10万円を超える配当については必ず総合課税となってしまう。
配当控除によって税額は軽減されるものの、高所得者の場合、総合課税の所得税率は最大45%にも上る。そのため、納税すると思ったほど金銭が残らない場合がある。
なお、課税方法にかかわらず、配当所得は次の割合で源泉徴収の対象になる。
上場株式
→15.315%(他に地方税5%)
非上場株式
→20.42%(地方税なし)
みなし株式分離課税
自社株買いによって受け取った代金のうち、みなし配当を控除した残りは、株式の取得費を差し引き、みなし株式分離課税の対象となる。
所得の区分は「譲渡所得(分離課税)」となり、一律で20.315%(うち住民税5%)の税金が課される。
相続税の特例を使った場合
相続人が、相続で得た非上場株式を自社株買いによって買い戻した場合、代金からみなし配当が生じたとしても、それを含む全額を譲渡所得にできる特例がある。
みなし配当を株式の譲渡所得とすれば、税率は一律20.315%となる。納税者の所得にもよるが、みなし配当よりも譲渡所得の方が税負担を少なくできるケースもあるだろう。
しかも、支払った相続税があれば、譲渡所得から控除する方法もある。複雑な株主関係の解消に向けて、自社株買いをスムーズに進めるための材料にもなるだろう。
ただし、適用には事前の届出が必要となることや、相続税の申告期限翌日から3年以内に自社株買いを行うことなど、いくつか要件があるため注意したい。
自社株買いの注意点
自社株買いのメリットをお伝えしたが、下記のような注意点も知っておきたい。
- 分配可能額の範囲内でなければならない(会社法第461条)
- 会社の資金が減る
- 自己株式が議決権数に含まれない
- 相手(特定* 不特定)によって手続きが変わる
特に、自社株買いに充てる金銭などは、会社の分配可能額を超えてはならないという財源規制に注意したい。
したがって、自社株買いを計画するときは、法律上認められる額を前提に話を進めなければならない。こうした点も踏まえ、自社株買いのメリットを有効活用してほしい。
文・中村太郎(税理士・税理士事務所所長)